10 鍵を閉める

「ごめん、待ったか?」

 

 玻琉が、光彩の目の前に滑り込んで来た車の助手席から降りてくる。

 光彩のアパートの前の静かな路地。

 運転しているのは、今回は央のようだ。

 

「ううん、今降りて来たところ。先方の人のこと、調べは付いた?」

 

 光彩は心配そうに玻琉の顔を覗き込む。

 季節は初夏に差し掛かり、梅雨の晴れ間の日差しを防ぐため、光彩はベージュのキャップを被っている。

 少し伸びた髪が、さらさらこぼれる。

 

「おおよそな。ま、今回も、光彩の『鍵』で何とかしてもらうことになりそうだ。また『門』が絡んでいるかも知れない」

 

 玻琉が後部座席を開けてやり、光彩を座らせて自分も隣に座る。

 グレーのサマースーツの玻琉が隣に座ると、ふわりとかすかに爽やかな香りがする。

 

「元気だった、光彩ちゃん? 先輩と二人がいいだろうけど、今回はまあ許してな」

 

 ニヤニヤ笑う央に、光彩は苦笑しつつ、仕事ではいてくれないと困るよ、と口にする。

 央の運転する車が、奥の駐車場の入口で方向転換し、表の通りに向かう。

 既に時刻は熱気が迫るころ、日差しも眩しい。

 

「ああ、そうだ」

 

 動き出した車の中で、光彩が玻琉と央の二人に向かって思い出したように。

 

「何か、手紙が来てたの。ほら、最初に会った事件の時に……中江さんの妹さんの……」

 

 玻琉の目が底光る。

 

「何か書いてあったか?」

 

 光彩はふるふると首を横に振る。

 

「変なことが書いてあったわけじゃないの。お詫びの手紙。警察の捜査が終わったぽくて、城戸って人の遺体が山で見つかって、被疑者死亡のまま書類送検になったって。一果さんに宗助さんの偽の遺品を押し付けたのも、あの人が宗助さんを殺害したことをごまかすためだったんじゃないかって警察の人に言われたみたい」

 

 光彩は、あの感情の起伏の激しい一果が、必死で自分を抑えた形跡のある手紙の文面を思い返し、気の毒になる。

 その手紙は、簡素な時候の挨拶の他は、とにかく人殺し呼ばわりした光彩へ、平謝りするような詫びの言葉が並んでいた。

 なにせ、一果は兄を殺害した殺人犯に騙されて、全く無辜の人間を殺人者呼ばわりしてしまったのだ。

 自分を落ち着かせるためにも、光彩に詫びねばなるまい。

 

「ああ、向こうの状況は伝わってきている。殺人教唆した医師が行方不明、病院の理事の一人が犯人隠避の疑い……だったか」

 

 玻琉は珍しく苦笑する。

 

「地方の総合病院が、『教団』の巣窟だったと。患者たちはいい面の皮だ」

 

 光彩が、車の屋根を見上げてふうっと溜息。

 

「……世間的には、『教団』のやったことって、こういう風に処理されるんだね。一般人にはちょっと猟奇的な事件くらいで終わるんだ」

 

 玻琉は、軽く光彩の腕を叩く。

 

「あの『教団』のことは、知らせない方がいいんだ。あれと関わる人間が少なければ少ないほどいい。奴らは、何せ広範囲に影響を与えて勢力拡大するのが目的だからな。一般には無視され、反面俺たちみたいなのが確実に叩き潰していくのが一番いい」

 

 光彩はうなずく。

 

「私も、叩き潰す側かあ。まー、きっとしっかり、向こうに面は割れてたみたいだしなー」

 

 と、央がちらっとルームミラー越しに笑いかける。

 

「休みの日も潰れたりするしさあ。今日みたいに。ごめんなー。でも、光彩ちゃんくらいの鍵体質の人ってあんまりいないから、協力してもらわないと、何かと困るんだよなー」

 

 光彩はかすかに笑う。

 

「ううん。玻琉くんに沢山会えるから嬉しいよ。央くんも働きすぎみたいで心配だし」

 

 玻琉はふっと笑い。

 光彩の手を、そっと握ったのだった。

 

 

楽園の大いなる魔

第二章「秘められた家路」【完】