それは野放図な「破壊」そのものである。
アマネが最高出力の衝撃波で、情容赦なくビルそのものを破壊していく。
現代の建築技術の粋を集めた建造物も、最高位の天狗の破壊の力の前には、砂を積んだ塔でしかない。
鉄筋も肉たるコンクリートも外皮であるはずの強化ガラスも、枯れ枝を折るようにあっさり破壊される。
粉々になったビルがいくつもの塊となって周囲の低い建造物を押しつぶす。
生き残った人間がいたら悲惨なことになっていただろうが、どうせ今や死骸しか存在しない。
「そらそら!! 因業妖術使いが、後がないぞ!!!」
気分よく破壊を楽しむアマネの哄笑は、さながら悪魔のそれ。
かんしゃくを起こした子供が積み木の家を吹きとばす気安さで、彼女はビルを上から破壊していく。
すでに超高層ビルは原型を留めず、下側の五分の二程度が残るばかり。
「ちょ、ちょっと!? マズイわよ!! マリー=アンジュごとあの変な人が埋まったら……!!」
思わず我に返ってアマネの袖を引いて止めるエヴリーヌに、アマネは不敵な笑みで応じる。
「案ずるな。奴はこの程度で死んではおらん。すぐに出てくるとも」
「さよう。こうするしかあるまいて」
その低い耳障りな声は、アマネとエヴリーヌのすぐ背後から聞こえた。
振り向いた二人はぎょっとする他にない。
異様な生き物が、そこにはいたのだ。
何の支えもなく宙に浮いているからには、妖術使いに違いあるまい。
ただし、ぼろ同然となって引っ掛かっている被衣から覗く顔は、どう見ても人のそれではない。
黒ずんだ緑色の顔らしき部分には、恐らく目であろう器官が、合計六つほども並んでいる。
四角を描く四つの瞳の上部に、ほぼ縦方向二列に並んだもう二つの瞳。
それぞれ、赤と金色に輝き、じっとアマネとエヴリーヌを見詰めているのだ。
だが、二人が注目したのは、そこではない。
その、大きな蜘蛛のようないやに指の長い不気味な右手に、何かが握られている。
わずかに漏れる青い輝き……
「お前が恒果羅刹か」
アマネが尋ねる。
確認というよりは、威嚇に近い。
「さよう、天狗の姫君。並びに高貴なヴィーヴルの姫君。そなたらを葬らねばならぬとは、因果なもの」
妙に大きな口から、吐息が漏れるような不気味な笑い。
「涼が、『世話をしてくれている親戚』と思い込んでいたのは、貴様だということだな? 何故、涼をあんな風にした? そもそも、何が目的で貴様は『マリー=アンジュ』を強奪したのだ?」
詰め寄られ、恒果羅刹はぎざぎざの肉食魚のような歯を剥いて笑う。
「目的、とな? まあ、そうよな、最初は単なるカネが目当てよ」
その言葉に、困惑の極みであったらしいエヴリーヌが、ちらとアマネに視線を飛ばす。
ますます不気味に思えているはずだ。
「……あの、吸血鬼の同族でな。奴を葬ってほしいという奴がの。奴が『マリー=アンジュ』の噂を聞きつけたのよ。これがあれば、昔煮え湯を飲ませてくれた奴に勝てると」
なるほど、そういうことかとアマネとエヴリーヌは得心する。
まずいことには、恒果羅刹の凶暴さが、その表ざたにできぬ依頼を寄越した吸血鬼の予想を超えていたということであろう。
「しかしな、実際『マリー=アンジュ』を手にしてから、それがしの考えは変わったのよ。これは天下を取れるわい、とな? まあ、これの力を試すために、依頼主は葬り、あの小僧を使い立てはしたがの?」
涼は実験台にされ、邪魔になりかねない闇路は、エヴリーヌと噛み合わされた。
だが、アマネの介入は予想外であったはずだ。
「あなたは、思い違いをしているわ」
エヴリーヌがいつになく冷ややかに断言する。
「あなたが思っているほど、『マリー=アンジュ』はやわではないわ。入手して一か月以上も経っているというのに、あなたは『マリー=アンジュ』を使いこなせてはいない。もし本当に使いこなせていたら、こんな回りくどいことをする必要はないものね?」
エヴリーヌの言葉の意味は、アマネにも理解できる。
もし、本当に恒果羅刹が「マリー=アンジュ」を完全に使いこなしているのなら、これほどの巨大な災害を引き起こして、首都に人間が住めなくなる状態を作り出すのは不合理だ。
人間の主要な指導者をまるっと洗脳でもして、自分の都合のいい体制を作り上げ、のうのうと下僕が捧げる王座に収まれば良い。
そうしないのは何故か?
答えは単純、「できないから」である。
「たまたま手にしたコマは強力だが、それだけだ。貴様はどうにか『マリー=アンジュ』から魔力を絞り出すことはできても、『自在に使いこなす』など夢のまた夢、と」
露骨なアマネの嘲りに、恒果羅刹の六つの目がぎらりと光る。
「いい加減になさい。そろそろ手放さないと、あなたの身の破滅よ」
エヴリーヌがそう言うや、恒果羅刹の右腕が、びくりと震える。
見る間に、その腕はぼろぼろの衣装ごと、石になり行こうとしている。
恒果羅刹が獣のように吼え。
荒れ狂う巨大な何かが、アマネとエヴリーヌを呑み込んだ。