13 種明かし

 千恵理の白刃が翻る。

 

 人工妖怪たちにそれがなだれ落ちようとした時。

 

「光明真言!! アボキャベエロ・シャノナカモ・ダラマニ・ハンドモ・ジンバラハラハリタヤ!!」

 

「えっ……」

 

 千恵理が思わずたたらを踏む。

 

 いきなり、目の前の光景が変わったのだ。

 

「うわあああああ!! ちょっと待ったぁあーーーーー!!」

 

 目の前から転げるように飛び跳ねて逃げていく人影。

 千恵理はもちろん、誠也も元喜もその姿を見ていたのだが。

 

「ぶ、部長!?」

 

 誠也が叫ぶ。

 そこで転がっていくその姿は、よく見知った、あの残念イケメン。

 オカルト研究部部長、黒猫礼司のものである。

 何か動きが猫っぽいところから見て間違いない。

 

「ちょっ、とっ、え、ええええええ!?」

 

 千恵理は体勢を立て直すや、あわてて太刀を引く。

 これはどう見ても、千恵理自身が危うく礼司を真っ二つにしかけたのだ。

 

「あ、あれ!? あのお化けと死骸!?」

 

 誠也は思わずきょろきょろ周囲を見回す。

 うっすら日が差し込む、廃墟の埃っぽい部屋。

 かつては子供部屋だったのだろうか、学習机らしきものが片隅に置かれたままだ。

 すっかり変色した絨毯の上に、あの無残な死骸などどこにもない。

 そもそも、あの奇怪な怪物の姿もきれいさっぱり消えている。

 代わりにそこにいたのは。

 

「部長に副部長!?」

 

 千恵理が再度叫ぶ。

 

「尾澤さんに大道くんに、元喜くんも一緒だったのですね。三人ともご無事で何よりです」

 

 あの変わらぬ副部長、紗羅が足元に転がって来た猫ならぬ礼司をナデナデしながらそんな風に口にする。

 オカ研部員に加え、元喜までも、その部屋に全員集合している形だ。

 千恵理は手に太刀を携えたまま、元喜はいましも撃とうとしていた大筒を構えたまま、呆然としている。

 

「……要するに、あの死体と化け物は、双炎坊の幻覚だったって訳だな」

 

 元喜が忌々し気に唸り、大筒を下げる。

 

「だが、全員一か所に集まることができたんだ。これでどうにかなる」

 

 紗羅はその言葉にうなずき、視線を元喜に据える。

 

「元喜くん、心配しましたよ。いくらあなたでも、単独で敵のアジトに突っ込むなんて無茶です。これから、私たちと行動を共にしてください」

 

 元喜は、盛大にため息を落として、すすけた天井を仰ぐ。

 

「それしかねえだろ。おめえの光明真言がねえと、あの双炎坊の幻術に対抗できねえ」

 

 ようやく落ち着きを取り戻し、千恵理がきょろきょろ周囲を見回す。

 

「ねえ。ところでさ。その肝心の双炎坊ってどこにいるんだろ?」

 

 全員が顔を見合わせる。

 

「そのことなんだがね」

 

 今の今まで紗羅にしがみついていた礼司が、急に気取ってしゃらんと立ち上がる。

 

「一階は一通り見て回ったのだよ。そこにはいなかったんだ」

 

 紗羅が後を引き受ける。

 

「二階も見て回り、この部屋の前に来た時に物音がして内部に入ったのですよ。人造妖怪がいたので倒したら、そのすぐ後にあなた方が」

 

 千恵理が眉をひそめる。

 

「一階にも二階にも双炎坊はいないってことよねそれ? この家って確か」

 

「……三階建てだったはず、だな」

 

 元喜がちらと唇を舐める。

 

「突入する前に確認したんだ、間違いねえ」

 

 誠也は、ごくりと生唾を飲み込む。

 

「やっぱり、三階に……」

 

 紗羅はうなずく。

 

「それしかないでしょう。準備すれば相手の幻術は封じられます。この面子で接敵すれば、双炎坊にも……」

 

「そのことだが」

 

 元喜が言葉尻を奪う。

 

「こいつ、大道。こいつは特に念入りに準備させた方がいい。双炎坊の奴、目当てはそもそもこいつだったみてえだからな」

 

 紗羅も礼司も顔を見合わせる。

 

「いや待ちたまえ。それはどういうことなんだ?」

 

 礼司が身を乗り出すと、千恵理がふっと顔を曇らせる。

 

「双炎坊、大道くんの前に一回出てきたのよ。適当な嘘を言って、体を乗っ取ろうとしていた」

 

 礼司がぎょっとしたように誠也を見る。

 紗羅が眼鏡を直しつつ、誠也を覗き込む。

 

「双炎坊はなんと言って来たんですか、大道くん?」

 

 誠也は今目の前にあの不気味な姿が見えるように顔を引きつらせる。

 

「……僕、大道誠也としてこの体で生まれてくるはずだったのは、本当は双炎坊だって……」

 

 紗羅は思わず苦笑する。

 

「たかがカルトの教祖風情に、そんな転生の理を操るようなことはできませんよ」

 

「そうよ。おじいちゃんも言ってた」

 

 千恵理が更に付け加える。

 

「あいつは転生して五万年くらい前から生きているみたいなことを教義として吹聴してたけど、そんなことかなりの修業を積んだ人間でも無理なんだって。神様の水準でないとそういうことはいじれないんだってさ!!」

 

 礼司がふうむと、顎をひねる。

 

「双炎坊がデタラメを言うのはまあ、当たり前としても、奴が大道くんの体を乗っ取るのが目当てだったというのは盲点だったな。すると、大道くんが首かじりに襲われた事件も、君の霊感がたまたま目についたからだという訳ではなく……」

 

「……最初から大道くんを連れ去るのが目的だったということですね」

 

 紗羅は唸る。

 

「大道くんを厳重にガードしなくては。そう簡単にあきらめないでしょうからね」

 

 ふと。

 誠也が瞳を揺らせる。

 

「あの……殺された人」

 

「ん?」

 

 礼司が首をかしげる。

 

「……あの人も、結局は僕のせいで殺されたんでしょうか……? 羽倉くんを陥れるのも、最終的には僕の体を乗っ取って野望を実現するための計画の一環だったってこと……」

 

 誠也の顔は、薄暗い室内でもわかるほど青ざめている。

 

「ちょっと!!」

 

 千恵理が、大きな音を立てて誠也の背中を叩く。

 

「そんな風に思いこんじゃダメ!! それこそあのインチキ教祖の思う壷よ!! あんな奴を有利にしてやってどうするの!!」

 

 元喜も、うなずいて同意する。

 

「あいつは、悪質な教祖として他人の心を操る術を研究し尽くしている。そんな風にお前さんが思い込むのも恐らく織り込み済みだろう。そんな精神状態であいつの前に行ってみろ、本当に乗っ取られるぞ」

 

 誠也はぎくりとする。

 言われてみれば、何だか周到に追い込まれているような感がある。

 

「……大道くんには、何としても双炎坊の前まで辿り着いてもらわないと。あなたの力が、奴を抑えるために必要なんですよ」

 

 だから。

 気をしっかり持って。

 

 紗羅に強い目と口調で要請され、誠也はもはや逃げ道はないと、密かに覚悟を決めたのだった。