エピローグ

「さあ、みんなで遊んできなさい。仲良くな?」

 

 この国の国王であり、子供たちの間でリーダー格であるアイウェンジェルスとローベルセインの兄弟の父であるオディラギアスが促すと、総勢九人の子供たちは、元気よく王宮の庭へと駆け出していった。

 オディラギアスとレルシェントの間の寿龍族兄妹四人、ゼーベルとマイリーヤの間の妖蛇族の三姉妹、そしてジーニックとイティキラの間の獣人族姉弟二人。

 こどもたち一人ひとりに付いている、護衛兼教師役の従僕が、それぞれ一礼して子供たちを追う。

 

「はあ、あれから十年でやすか。あっしも、歳を取る訳でやす」

 

 薫り高い紅茶を口に運びながら、ジーニックはそんなことを呟いた。

 彼自身は、自分は年を取ったと思っているようだが、元から童顔で幼く見える彼のこと、三十代ではせいぜい「大人に見える」くらいである。

 

 王宮の国王の私室から繋がるテラスでは、かつての六英雄たちが集まっていた。

 忙しい時間の合間を繕って、旧交を温めるためだ。

 単に、それぞれが親になり、気の持ちようも変わった今、改めて向き合いたくなったのかも知れない。

 

「十年どころか、百年の昔に思えるわ」

 

 夫と共に、席に戻ったレルシェントは、ふっと穏やかな顔でほほ笑んだ。

 

「あの頃は、ルゼロスには美味しいものなんか何もなくて、治安が悪くて、龍震族しかいなくて……でも、今は全部がひっくり返った。たった十年で、ね」

 

 去年五人目の子供の母になったレルシェントは、霊宝族らしく、相変わらず若く美しい。

 メイダルの基準からすると、あまりに短期間のうちに数多い子供を産む娘を、彼女の両親は心配したが、これには訳があった。

 とにもかくにも、ルゼロス国内にある「偏見」を、彼女とオディラギアスは取り去る必要があった。

 

 まず、「白い龍震族には繁殖力がない」という偏見。

 無論、そんなことは全くないのだが、これは根強い偏見だった。

 そしてもう一つの偏見が、「霊宝族は長命と引き換えに繁殖力に乏しい」というもの。

 これは、単に霊宝族が老化によって繁殖の期限を切られることがないので、そんなに短期間に集中して子供を作る必要がないだけである。トータルの出生率は、他の種族とさほど変わらない。

 

 しかし、こういうことは理論で示しただけでは理解されない。

 かくして、ルゼロス国王夫妻は、子作りに励むことになった。

 お陰で今では、二つの偏見は「昔の暗愚」になっている。

 

「会った頃は、こんなこと思いもしなかったよねえ。まして、ボクらが神の名代として世界を修復するだなんてさぁ」

 

 目の前に並べられた、王宮シェフの新作サンドイッチをもぐもぐしながら、マイリーヤがぽつりとこぼす。

 

「んんん、今になってみると、俺らって遊びに使われたのか? って気が、しねえでもないけどなあ」

 

 マイリーヤとの間に、妖精の翅のある種族、妖蛇族の三姉妹を設けた父親であるゼーベルが、ぽりぽり頬をかく。

 

「遊びは遊びでも大真面目だろ、コレ? そもそも、この世界って神様連中が遊びを続けるために、作ったんじゃん??」

 

 イティキラが同じくもぐもぐする。

 彼女とジーニックの間の子、獣人族の子供は三人だが、一番下はまだ赤ん坊なので、連れてきている子供は二人だ。

 

「そうだな、あの子らの存在も含めて、神々はこうなることを望んでおられたのだろうな」

 

 あの時は自らの神にでも手厳しい苦言を呈したオディラギアスだが、今は穏やかな表情だ。

 

「結局、ああいう子らが平和に暮らしていける、黄金時代の再来を、神々は我らに託したということだろう」

 

 黄金時代とまではいかないかも知れぬが、我が治世は今のところ悪くはないと思う、と、密かな誇りと共に、オディラギアスは微笑んだ。

 

「毎日美味しいものが食べられて、病気やケガが致命傷になりにくい。戦争らしい戦争もない。何かしら面白い、心が浮き立つことが日常に溢れている。何と言っても、誰かとの絆を種族で限定する必要がない。そんな、日々よね」

 

 ふっと、レルシェントが笑った。

 

「あたくしたちの冒険。それは全て、このためにあったのだと思うわ。神々だけでなく、誰もが何かしらの『遊び』を楽しめる世界よ」

 

 ここは「神々の遊戯場」。

 遊ぶための、世界。

 誰もが遊んで暮らせる世界。

 一人の|遊び手《プレイヤー》として、誰もが平等である世界だ。

 

 龍震族は、手に入れた強力な武器で魔物と戦う。

 霊宝族は新しい魔導理論を追求する。

 蛇魅族は何かしら新しいものを造り出し。

 妖精族は天地と語らい、それを歌や踊りにする。

 人間族は、毎日違う明日を迎えて。

 獣佳族は生命の秘密に関わる許可を得る。

 

 そして、種族関わらず誰もが、それらの、そしてそれらから派生したあらゆる楽しみを追求する許可を得られるのが、この「神々の遊戯場」なのだ。

 

 無限の楽しみに溢れた世界を、追求するのがこの世界に生きる知恵と意思ある者たちの、唯一の責務なのだろう。

 

「かつて聖なる遊びは損なわれた。遊び仲間の絆が切れたのだ。世界は分かたれた。だが」

 

 オディラギアスは、優雅に紅茶を口にした。

 

「それを再び結び合わせたのが、我らだ。そのことは――子孫らに、誇っても良かろうとも」

 

 彼が静かな充足と共に口にした言葉は、仲間たちの耳から心に染み渡り、風に舞い上げられて、鮮やかな空に昇っていった。

 

 

 世界は骰子と遊戯盤 【完】