3 やって来た二人組

 やってきた二人は、思いの外若い年齢である。

 光彩とあまり変わらないくらい。

 

 職員通用門の外で待ち受け、すぐ側にはメタリックブルーの車。

 ぴしりとしたスーツ姿で、一見普通のサラリーマン風だが、妙に緊張感のある雰囲気が奇妙といえば奇妙である。

 光彩は遭遇したことはないが、SPなんかがこんな風なんだろうか、と見当をつける。

 

「塩野谷光彩さんですね?」

 

 黒髪を長めに整えた方が、手に名刺を持って近付いてくる。

 

「わたくしは、常世田製薬から派遣されてきました。村雲玻琉(むらくもはる)と申します。以後、事案が解決するまであなたの保護に当たりますので、何卒よろしくお願いいたします」

 

 折り目正しく一礼し、名刺を手渡してくる。

 名刺には確かに「常世田製薬 諸事対応室 村雲玻琉」と記されている。

 くっきりした整った顔立ちは俳優レベルで、正直、光彩はどぎまぎする。

 目の光が強く、見据えられると動けなくなりそうな気迫がある。

 

「あ、続きまして。ドモドモ。石飛央(いしとびひろ)デス。よろしくぅー!! 大変だったッスね!!」

 

 その隣の、淡い髪色に染めたもう一人は、やけに気安い。

 こちらも比較的整った目鼻だが、それ以上に表情が豊かで、美形というより雰囲気の陽気さが先に目につく。

 もらった名刺には、玻琉と同じく「常世田製薬 諸事対応室 石飛央」と記されている。

 

「あ、はい、あの、塩野谷光彩です。保護、と仰いますと」

 

 光彩は思わずそう問いかける。

 玻琉が口を開く。

 

「要するに、あなたを狙っている『怪しいモノ』からの警護をさせていただきます。あれは、相当にタチが悪い。そして、はっきり申し上げるなら、普通のやり方では離れないと思います」

 

 光彩はひゅっと息を吸い込む。

 普通のやり方では離れない?

 この人たちは、何だろう?

 どうしてそんなことを言うのだろう?

 それが本当なら、どうやってそんなことを知ったのか。

 

「やー、この人、珍しいくらいに『鍵体質』ッスねえ、先輩」

 

 央がへらへら笑いながら光彩を覗き込み、次いで玻琉を振り返る。

 

「鍵……体質?」

 

 先ほどの疑問も解消されないまま、急に変な用語らしきものが飛び出し、光彩は目を白黒させるばかりだ。

 

「うむ。多分、奴らは塩野谷さんのそれ利用しようというのだろう。あいつらにしては分かりやすいかも知れないな。……失礼、塩野谷さん」

 

 玻琉に向き直られ、光彩はぎくりとする。

 

「子供の頃からおかしなものが見えた、つきまとわれることもあった……そういう、お話でしたね?」

 

 光彩はうなずく。

 

「打ち明けた友達からは、霊感体質ってやつだろうって。そういうのではないんですか?」

 

 玻琉は、ちらと央と顔を見合せてうなずき合う。

 

「『鍵体質』は、単なる霊感体質とは違います。『霊的な感覚が人より鋭くて、様々なものを受け止めてしまう』という単純なものではないのです……この続きは、車でしましょう。お家にお送りします」

 

 人が出てきたのを見た玻琉は、光彩を車の後部座席に案内する。

 玻琉が運転、央が後部座席で光彩に並ぶ。

 

 車が動き出すと、央が口を開く。

 

「鍵体質って、でしたっけ? 俺から説明するッスね。これでもこういうこと詳しいんスよ、俺!!」

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 鍵体質っていうのはねえ、なんつうんでしょうねえ。

 文字通りちゅううか、そのまんまの意味なんですよ。

 

 本当は、閉じてある世界の扉を開いてしまう……ちゅうんでしょうかね。

 開かない、固く閉ざしてあるものを開けちゃうんですよ。

 

 え?

 世界ってどういうことだって?

 閉じてあるものがひとりでに開くとか、意味わかんない?

 

 はは、そうでしょうね。

 でも、数は少ないけど、こういう人はいるんスよね。

 

 まず、鍵がかかった扉が、世界のあちこちにいあるようなもんだって思って下さいッス。

 その扉を開けることができる、まさに鍵みたいな性質を持った人間がたまたまその近くに来ると、鍵が外れて扉が開いて、向こう側が見えるんスよ。

 場合によっては、向こう側からなんか来ることがあるッス。

 最大の問題はソレッスね。

 

 んで、塩野谷さんはこの「鍵」なんスよ。

「鍵」みたいな役割をする体質を持って生まれたから、「鍵体質」。

 ここまではいいッスか?

 

 ……で、今の問題はッスね。

 塩野谷さんは「鍵体質」だけど、金属の塊とかカードとかじゃない訳ッス。

 生きてる人間な訳ッスよね?

 

 で、その生きてる人間をモノみたいに扱おうとするのは、悪いことだし、無理な訳ッス。

 でも、強引にそれをしようとしている奴がいるんス。

 塩野谷さんを怖い目に遭わせてるのは、その連中の手先ッスね。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「手先? あれって、誰かが操ってたりするんですか!?」

 

 光彩が声を跳ね上げる。

 その時、不意に車が止まる。

 

「塩野谷さん」

 

 運転席の玻琉が静かに問う。

 

「は、はい?」

 

「塩野谷さんを怖がらせてて付け狙っていたのは、アレですね?」

 

 玻琉の視線を辿る。

 いつの間にか、そこは、あの光彩のアパートの手前、いつもあの怪物が出るテナントの空いたビルの並ぶ通り。

 

 そこに――いる。

 

 あの灯火のないビルの壁面に、いつものように手足の長さのおかしい奇怪な怪物が……

 

「塩野谷さん、動かないでいてくださいね。央、ガードを」

 

「了解!!」

 

 央の声に押されるように、運転席の玻琉の姿が、光に包まれる。

 

 一瞬。

 

 輝く金属のような虹色の影。

 それは、獣、だろうか。

 見たこともない。

 ステンドグラスのような四枚の翅と、棘の生えそろった尻尾を持つ「獣」なんて、見たこともない。

 

 それが、いつの間にか開いていた窓をすり抜けて、表に駆けだす。

 

 宙を踏んだ。

 同時に――まるで銃声のような破砕音。

 

 光彩が瞬き一つする間に、何かで撃ち落されたらしいあの怪物が、ビルの壁面に沿って転げ落ちていくところだった。