一行を乗せた護送車は、何の妨害もなく陽の傾いたルフィーニルの都を走り、その中心部である王宮に辿り着いた。
王宮の裏手から、護送車は敷地に入っていく。
恐らく、この出入り口は、あまり表沙汰にできないような存在――裏の事情で王宮に招き入れざるを得ない類の人物、あるいは罪人など――を出入りさせるためのものであろうと、別の国の王宮育ちのオディラギアスは感付いた。
鬱蒼として半ば森のようになった敷地の一角、外から見れば完全に死角になった辺りの車寄せで、一行は護送車から降ろされた。
「……他国の王族と知っていながら、手錠をかけたまま王宮に招くとは……随分だな」
オディラギアスは薄暗い出入り口から王宮に入るよう促され、その無礼さに異を唱えた。
「黙れ密入国者め!! 殺されないだけでも有り難いと思え!!」
銃口を突きつける兵士にそう怒鳴りつけられ、オディラギアスは溜息を漏らす。それがニレッティア帝国の公式見解、という訳なのだろう。
海を挟んだ隣国の王族でこれなのだから……と嫌な予感がしたオディラギアスの耳に。
「さっさと歩け、化け物!!」
鋭い罵声が飛び込んできた。
見れば、レルシェントが銃口の先でつつかれ、追い立てられている。
「おい!! やめろ、何をしている!!」
思わずオディラギアスは叫んだ。
「こちらは霊宝族の高貴な家系の姫君だ!! そのような方に対し、これがニレッティアの礼儀なのか!! 恥を知るがいい!!」
しかし、それに返って来たのは、護送責任者らしき兵士の投げやりな一言だった。
「化け物に礼儀も何もあるか。あんな馬鹿みたいな遺跡を地上に残して、えらい迷惑だぜ。そら、どいつもさっさと歩け!!!」
せめて、不安にならないように。
オディラギアスはレルシェントの隣に、護るように並んで歩いた。
「……ありがとうございます」
「……いや。ニレッティアは文化程度が高く、野蛮とは程遠いと聞いていたのだが、私の買い被りだったようだ。事前に予測できなかった私の不手際だ、許せ」
わざとらしく周りに聞こえるようにそう告げると、兵士たちが一斉にぎろりと睨んだり舌打ちしたりした。
このニレッティア帝国の女帝アンネリーゼは、文化的なことにも造詣が深く、人としても程度の高い人物だとオディラギアスは聞いていた。が、末端までそうした傾向が行き渡るとは限らないらしい。
後ろにジーニックとイティキラ、それにゼーベルとマイリーヤがそれぞれ並んで歩かされている。
彼らは薄暗い秘密の入口をくぐり、内部に案内された。
ニレッティア帝国の心臓部、ルフィーニル宮のその部分は、オディラギアスが噂に聞き及んだものと違ってどこか薄暗く、隠微な雰囲気を漂わせていた。
分かっている。
要人が詰めるような「表側」の王宮内部は、昼夜分かたず絢爛と輝いているのだろう。
この部分がこういう雰囲気なのは、まさに「表沙汰にできないこと」を処理するための諸々が詰め込まれているためだ。
部署にせよ、人にせよ。
「お前らはこっち。残りは地下だ」
手短に指示され、オディラギアス、そしてレルシェントと、他の四人が切り離された。
二人は廊下を挟んで反対側の登り階段に向かわされ、残りの四人は、地下に続くであろう簡素で狭い階段に向かわされようとしている。
「うっひょお。もしかして、地下牢でやすかねえ」
殊更軽い口調で口にしたジーニックだが、緊張の色は隠せない。
「いや、あたいらが地下牢ってのはまだ分かるけど、レルシェと太守さんはどこに連れて行くんだよ!?」
イティキラが二つの階段を見比べて、怪訝な顔を見せた。
「大丈夫。あなた方も、そしてあたくしたちも、殺される訳ではないでしょう。少なくとも、今すぐにはね」
レルシェントが、ふうと溜息をついた。
なんて野蛮だ、信じられないと言うのが内心の声かも知れないが、地上種族出身の仲間を傷つけたくない故に、口をつぐんでいるのだろう。
「あたくしたちには、あなた方とは別のことを聞きたいのでしょう……立場上、色々とね」
マイリーヤが不安な顔で何か言いかけたが、兵士に無理やり階段の方に引きずられる。
オディラギアスは従者であるゼーベルに、安心しろと目顔で伝えた。
「とにもかくにも、こちらの方々があたくしどもに何を要求なさるのか知らない限りは動けないわ。それを確かめるためにも、しばらく待ちましょう――じゃあね」
まるで家の前で友人と別れるように微笑んで、レルシェントはオディラギアスと共に、階段を上がっていった。
◇ ◆ ◇
通されたのは、緋色の絨毯を引かれた、今までの陰気さを幾分和らげるような、整えられた部屋だった。
オディラギアスは、何かの会見室だろうと見当を付ける。
無論「公式な」会見ではない方の「会見」に使われるのだろうが、拷問室のような場所に通されなかったのは、今までの扱いを振り返るに幸運と言えたかも知れない。
人間族向けの形の椅子が二つ並べて用意されており、オディラギアスは尻尾と翼のせいで、やや苦労してそれに座らなければならなかった。
レルシェントとオディラギアスのそれぞれ隣には、銃を構えたままの兵士がびくともせずに控えていた。多分、逃げ出すなり抵抗するなりしたら、迷わず発砲しろと命令されているだろうことは、その醸し出す空気から伝わってきた。
やがて、カツカツと床を上等の革靴で叩く音と共に、誰かがドアの前に立ったのが分かった。
軽い音と共に扉が押し開けられる。
浅黒い肌、鈍い色合いの銀髪。
沈鬱な表情の、責任ある役職に就くにはまだ若すぎると言えるような年頃の、人間族の男性。
情報局長官、シエノン・ゼダル・ミーカルが、レルシェントとオディラギアスの前に姿を現した。