D9、ダイモン、そしてムーンベルも空中に浮かび上がり、その巨体を現したリヴァイアサンへと向かった。
その能力上、メフィストフェレスだけは甲板に残ったが。
駆逐艦の兵器が残らずリヴァイアサンを向いているものの、実はそれら、人間が人間同士の戦闘に使うような兵器の大部分は、例えどんなに強力であったとしても、実際には神魔には無意味である。
どういう機構なのか、神魔たちの肉体に、人間の使うような武器の大部分は役に立たない。
ごく一部、特に神に捧げられた神聖な武器――日本で神社に奉納されているような神刀のような――なら例外であるが、元々対神魔戦を想定していない武器や兵器は、神魔の肉体に有効な打撃を与えられない。
だからこそ――同じ神魔たちの力が必要だ。
神魔は神魔にしか、倒せないのだ。
その海魔、リヴァイアサンの外観は不気味だった。
確かにD9が何となく想像していたようなウミヘビに似ているが、それはせいぜい鱗があって胴体が長大であるというくらい。
えらの一部なのか、けばけばしい色合いの突起が流線形の頭の両脇から突き出しており、その上には角らしきものもある。
ぎろりとした金色の目は巨大で、鱗は、あふれ出た膿のような、なんとも汚らしい色合いだ。
その海面から伸びあがった首は、マクキャンベルの甲板を覗き込むくらいにまで伸びあがっている。
全長は、恐らく60mを下らないだろう。
リヴァイアサンが吼えた。
何かで海水を攪拌する音を、数十倍にもしたような、奇怪な響き。
同時に、そいつが浸かっている海面が別の生き物のようにぐわりとうねった。
事前に聞かされていた、大渦を起こす力だろうと、D9は踏んだ。
これと、自分自身の巨体を叩きつけることによって、リヴァイアサンは多くの船を沈めてきた。
しかし、やらせる訳にはいかない。
D9は、その18ある目に力を込めた。
古伝に言う。
蛇は、その視線に幻惑の力がある。
神なる龍蛇であるD9の幻惑の力は、目覚めたばかりの今でも強力だった。
ほぼ、精神支配だ。
泡立った海面がにわかに収まり、なだらかに流れ始める。
親と違って大した知恵を持たないこの小リヴァイアサンは、D9の幻惑の視線によって、大渦を起こす力を封じられたのだ。
甲板で青い顔をしていた人間の兵士たちが落ち着きを取り戻す。
同じく甲板で指揮を執る立場であるメフィストフェレスが、ニヤリと笑った。
「さあ、逃げてはだめだ。先祖のように、堂々と戦いたまえ」
リズミカルの山羊の蹄を鳴らす彼は、ふざけているのではない。
これもまた、彼の神魔としての力の一つ。
「誘惑」だ。
意味もわからせず、相手の注意を釘付けにして、意識を反らせないようにする。
今のリヴァイアサンは、何が何でも「Oracle」の面々を相手どらなければいけないような気になり、「逃亡する」という選択肢を封じられたのだ。
ムーンベルがそのきらきらした光の粒を振りまきながら、リヴァイアサンの頭上を旋回した。
その光の粒に包まれたとたん、棒でも呑んだように、リヴァアイサンが硬直した。
その美しい光の輪舞には、肉体の自由を奪う魔力が秘められていたのだ。
千年を経た由緒正しき妖精であるムーンベルの力は見た目によらず強大だった。
精神的にも肉体的にも自由を奪われ、リヴァイアサンは無抵抗になるしかない。
ダイモンが、暴風を操り、しもべのように突っ込ませた。
かつて、神々の戦いにも使われたというその力は並ではない。
風というより、ほとんど衝撃波といったその威力のせいで、リヴァイアサンの鱗と肉が吹っ飛び血が噴き上がった。
絶叫が上がる。
「さて。本番はここからだぜ、坊や?」
ダイモンが禍々しい悪魔の顔でニンマリと笑い。
空の一角が輝いた。
実際に輝いたのは宙空に浮かび上がる輝く九頭の龍神。
正確には、その九つの口だ。
天界から差し下されたかのような、虹色の光が降り注いだ。
一種のレーザーというべきその光は九頭龍の全てを消し飛ばす神の吐息だった。
瞬時に、リヴァイアサンの頭部が消失した。
おそらくその自覚もないまま命を失った海魔の肉体は、そのままずるずると、海中に没していった。