「食生活は基本よ」
窓際から少しだけ奥まった、フェニックスの鉢植えの脇の席で、ムーンベルが滔々と解説を始めた。
D9と彼女の間にある、モスグリーンのテーブルクロスのかかったテーブルの上では、たった今運ばれてきた料理がうっすら湯気を立てている。
D9は、いわゆるクラブケーキとサラダ。
そしてムーンベルは、ファーストフードでない方の、作りこんだベーコンチーズバーガーと春野菜スープ。
気取った店ではないので、神魔女子二人はカジュアルないでたちである。
「いい? あなたは今後、米軍特務部隊Oracleの主砲の一人になれる可能性の極めて高い人なの。それに加えて、例の脱皮後の『素材』の話。どっちも肉体が基本、そして肉体を作るのは食物。くれぐれも、日々の食べ物には気を付けて」
そう上手くいく日ばっかりではないでしょうけど、なるべくバランスを心がけてね。
特に、あなたの場合は、ややタンパク質多めにして。
本体である九頭龍の肉体を、なるべく大きくしてもらいたいの。
熱心に諭すムーンベルに、大人しく相槌を打ちながら、それでも基本的にこの注意は、自分というより、自宅で雇っているメイドのラナに必要になるものだなあと判断する。
Oracleのつてで、D9の生活の世話を見てくれるべく住み込みで働くことになったラナは、出自を遡れば、イギリスの家事妖精のブラウニーだ。
くりくりした大きな青い目が可愛らしい、人間に化ければまだ二十代に見える女性である。
Oracleメンバーたちのように、周囲一帯を焦土に変えかねない神魔と渡り合う訳にはいかないが、そのバックヤードを支える家事仕事には超人的な能力を見せる。
はっきり言って、ムーンベルに言われるまでもなく、ラナが供してくれる食事は、バランスが取れており、しかも文句なく美味しい。
「ラナに、タンパク質多めに心がけてくれるように頼んでおくよ」
「そうしてちょうだい。あ、さっきも言ったみたいに、一応メールに有機食品を多く扱っている食料品店のリスト、送っておいたわ」
なんというか、アスリートの体調管理って、こんな感じだろうか。
D9はそんな感想を抱きながら、とりあえずクラブケーキにナイフを入れた。
一番大事なのは動物性タンパク質。
蛇だから。
【神魔の掟1】食べ物は命