1-3 襲撃と魔導武器

「お断りいたします」

 

 体を固くしたレルシェが、手首をオディラギアスに囚われたままで、そう返してきた。

 まあ推測通りの人物ならそう言うだろうなと思いつつ、オディラギアスは指に力を込める。皮膚を通して、華麗な腕輪の見事な細工の感触が分かる。

 

「ほう? 私がこのルゼロス王国第八王子、スフェイバ太守、オディラギアス・ネインジェル・セローブルハと申しても、それが言えるか?」

 

 我ながら嫌な権力の振るい方だと内心苦笑いしながら、オディラギアスはそれでもその言葉を紡いだ。自分が一番忌み嫌っている、しかしそいつのお陰で自分の権力があるのも事実である、不快この上ない男に、今の自分は似ている。しかし、これをしなければ、自分の野望は進まない。

 夜伽となれば、当然一糸まとわぬ裸にならねばならない。

 レルシェというこの女も当然。

 そして、脱ぐのは衣服だけでなく、魅惑的な肢体を飾る宝飾品――額飾りも同様。

 すると、その時に、額に輝く星層石が単なる宝飾品に付属したものか、それとも、本当に肉体から生えた一部であるのかが分かるはずだ。

 それさえ確認できれば、伽の方はどうでもいい。嫌がるなら手出しせずにおくべきだろう。

 

 オディラギアスの言葉が聞こえたのか、周囲の客がざわついている。

 やはりあの……という囁き声が聞こえる。

 ゼーベルが周囲を睥睨して威圧し、そしてジーニックが何も言えないままあわあわしているのも、視界の端に捉えられていた。

 

「おい、こら!! 王子だか太守だか知らないけど、ふざっけんな!!」

 

 たまりかねたように、レルシェの背後にいた獣佳族の少女が噛みついてきた。鮮やかな金髪と、同じくらい鮮やかな金色の豹の毛皮がまばゆい少女。

 

「レルシェはそういうんじゃない!! 権力があると思って勝手なこと言いやがると、ぶっ殺すぞこの野郎!!」

 

 姿勢を低めて、今にも飛びかからんとする、豹の下半身を持った少女に、オディラギアスはちらと視線を向けた。

 

「……まだ若いからピンと来ないかも知れんが、権力というのはこう使うのだ」

 

 我ながら嫌な言いぐさだと思いながらも、オディラギアスは傲然とした表情を崩さない。

 

「ついでに、権力の前で、どう振る舞うべきなのかも、この辺りで学習するのだな、娘よ。服従だ」

 

「こいつ……!! サ、サイテーだ……!!」

 

 叫んだのは、獣佳族の娘ではなく、隣にいた妖精族の少女だった。煌く翠色の蝶の翅が、興奮で小刻みに震えている。翅と同じ色の妖精族特有の美しい瞳が、怒りに煌いていた。

 

「このスフェイバにいる以上、私に従ってもらうぞ。あのような踊りを披露していたのだ、こういう声がかけられるのを予想していなかった訳ではなかろう」

 

 妖精族の娘の非難は無視して、オディラギアスは更に指に力を込めた。

 

「お言葉ですが、太守様」

 

 ひんやりした声で、レルシェが反論した。

 

「龍震族の方々は、純血を重んじると伺っております。例え遊びでも、高貴なご身分の方が人間族の女に公然と手出ししたりすれば、外聞が……」

 

「人間族、か。人間族、な。ほう」

 

 オディラギアスはにやりと笑った。

 ぐいっと見事な力加減で、レルシェの手を引く。

 彼女はつんのめり、前かがみになった。艶麗な顔と星宿す髪が、オディラギアスの目の前だ。ふわりといい匂い。

 

「本当に、人間族なのか? そなたは?」

 

 ぴくりとそのほっそりした肩が震えるのを、オディラギアスは見逃さなかった。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 その時、往来から津波のように不穏な叫びが押し寄せてきた。

 誰かが何か叫んでいる。

 

 一瞬、注意が逸れたその隙だった。

 オディラギアスの、レルシェを掴んでいるその手に、雷に打たれたような衝撃が走った。

 目の前が白くなる。

 全ての音が遠のいた。

 

「おい、まずいぞ、機獣だ!! 古魔獣もいる!! 奴ら、街に侵入してきやがった!!!」

 

 次にオディラギアスが気付いたのは、その誰とも知れぬ叫び声に、だった。

 一瞬の間を置いて、酒場の扉を突き破るように飛び込んできた龍震族の男がそう内部に向けて怒鳴り散らしたのだということを、オディラギアスは認識する。

 

「戦える奴は来い!! すげえ数だ!!」

 

 空気が変わった。

 酔っ払いたちの酔いも醒めたのだろう。

 酒場の中に詰め込まれていた護衛士たちが、武器を取って立ち上がった。

 雪崩のように、護衛士たちが酒場を出て行った。本日の勘定は、全部ツケになるだろう。

 

「行きましょう、私たちの出番だわ。それなりの数がまとまっているなら、普通の武器しか持っていない彼らはきついでしょうね」

 

 いつの間にかオディラギアスを放り出していたレルシェが、そう言うのが聞こえた。

 努めて意識を引き戻す。

 まるで何か見たことのない種類の魔法のように、レルシェがその両手の中に、それぞれ華麗な煌きを宿した、見たことのない様式の双刀を出現させているのが見えた。彼女自身にも似て、さながら宇宙を切り取り、討ち固めて魔法的な細工を施したかのような、一対の双刀。

 

「がってん承知ー!! よーし、行くぞぉ!!」

 

 妖精族の少女が、いつの間にか手の中に奇妙な武器を出現させていた。

 それは、最近世間を席捲している「銃」というものに似ている。

 いや、銃なのだろう。

 ただし、見たことのない様式の銃だ。

 銃身に、ちょうどシリンダーに当たる部分に、七色の不思議な宝石らしきものがセットされている。

 それ以外は燃えるように煌く、見たことのない金属でできていて、華奢な少女の手には不似合いなほどの大きさではあった。が、妖精族の少女はそれを危なげなく構えている。

 

「ようっし!! やるかぁ!!」

 

 ふと見ると、獣佳族の少女は、その上半身の腕に格闘用の籠手、その下半身の四肢に同じく脚甲を着けていた。

 金属なのか鉱石なのか、判然としない不思議な質感の、霧に映った虹のようにゆらめく虹色の何かでできており、ビリビリ来るような魔力を感じさせた。

 獣の爪を誇張したような、美しくも凶暴な外観のそれは、実際拳を交えなくとも高い攻撃力をうかがわせた。

 

 三人の女たちは、もはやオディラギアスたちには目もくれず、夕闇の街中に飛び出していった。

 

「オディラギアス様……!? どうなさいます?」

 

 困惑の滲む口調で、ゼーベルがオディラギアスを覗き込んだ。

 

「……私の槍を。太守として戦わぬ訳にはいかぬ……それに」

 

「それに?」

 

「……あの者たちの戦いを見たいのだ。あの武器が霊宝族の武器なら、どれほどのものか確認せねばならぬ」

 

 ぶるりと頭を一振りすると、オディラギアスは立ち上がった。

 ゼーベルが、無言で、携えていたオディラギアスの槍を差し出した。穂先を特に大きく作らせた、特注の槍だ。

 ゼーベル自身の武器は、その背中に括り付けている、長大な蛇魅族様式の太刀だ。

 

「さて、そなたはここで」

 

「いえ、あっしも行かせていただきやす」

 

 安全が確認されえるまで、ここを動かないように。

 そうジーニックに言い渡そうとしたオディラギアスだが、当のジーニックにより拒否された。

 

「あっしも、冒険商人の端くれでさ。多少、召喚術の心得がありやす」

 

 腰に括り付けていた、ハガネシダ繊維の鞭を、ジーニックはピシリと鳴らした。

 ふいっとその横に、垂れた耳と肢の先に雲を纏いつかせた、淡い青い犬のような魔物が現れる。

 

「ネムリイヌでさぁ。機械すら眠らせやすぜ。お役に立つかと」

 

 眠りの神プルモーンの神使であるその魔物は、眠りの雲を纏いつかせて、あらゆるものを一時的に「活動停止」に陥らせる。この場合、極めて有効なサポーターであろう。

 

「……行くぞ」

 

 それ以上の言葉は不要。

 オディラギアスは、二人を率いて修羅の巷に飛び出した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「散らばっちゃえー!!」

 

 陽気な声と共に、マイリーヤの銃が火を噴いた。

 火を、というより、魔術原素エネルギーを、だ。

 金色の輝く雷属性のエネルギー弾は、機獣に直撃した途端に爆発した。

 周囲の機獣を巻き込み、無数の多頭龍がうねくるように炸裂しながら、その機獣は爆散した。無数の破片が飛び散る。

 

 スフェイバ遺跡近くの同名の街では、その外周近くの市街に機獣の侵入を許していた。

 煉瓦と漆喰で固められた簡素な家屋の中には、外壁が大幅に破壊されたものや焼け焦げたものが混じっている。

 人的被害が比較的少なかったのは、護衛士たちの対応が早かったのと、外周部自体に空き家が多かったためだ。

 

 一応、この街にも城壁はあるが、機獣や古魔獣は平気でそれらを飛び越えて侵入してくる。

 鋼でできた虎や狼に似た、体長4mあまりにもなる機獣は、いわば生きた対人兵器だ。

 獣のような戦い方の他、背中に搭載したエネルギー機銃による射撃も脅威となる。

 

「消えちまえ!!」

 

 青く輝く、ゲル状の塊が、飛来した幻の拳に撃ち抜かれた。

 空中で、巨大なアメーバのようにと勢いよく触腕を伸ばしていたそれは、一瞬で粉みじんになり沈黙する。薄汚れた地面に、青い細片が飛び散り、見る間に蒸発したかと思ったら、後には虹色の結晶のようなものが残った。

 周囲には、同じような原生動物めいた青い魔法生物――古魔獣が、龍震族の空中編隊もかくやと思われるほど統制された動きを見せている。

 しかし、飛来した幻の拳や蹴りが、それらをほぼ一撃で粉砕していく。

 その攻撃の元は、不思議な格闘具を帯びたイティキラだ。

 彼女が手足を振るうたび、その格闘術が空間を飛び越えて増幅され、古魔獣を撃墜していく。

 古魔獣は底面から魔法を撃ち出そうとするが、飛来する拳に蹴りに粉砕される。

 獣佳族であるイティキラの手足は合計六本。

 見る間に、青い燐光は減って行った。

 

 さて、これで、と思いかけ、レルシェントははっとする。

 一群の荒れた空き家が立ち並ぶ一角を挟んだ、向こうの街路。

 そこに、巨大な影が伸びあがっていた。

 

 

「くっ、このぉ!!」

 

 ゼーベルが折れた太刀を手に後退した。

 目の前に立ちはだかるのは、下手な家より大きいのではと思わせる巨大な機獣だ。

 全体的な形で言えば、立ち上がったヒグマにも、熱帯にいるという巨大な猿にも似ている。

 

 そいつは手強かった。

 でかいだけあって装甲も硬く、まともに攻撃が通らない。

 機獣や古魔獣はただでさえ星暦時代の摩訶不思議な技術による緩衝障壁に包まれているものだが、そいつの障壁はとんでもなかった。

 そのくせ、あちらの攻撃は一方的に通る。

 

「これまで……か」

 

 先の取れた槍の柄だけで体を支えるオディラギアスは、全身血まみれだ。

 もう、何度もまともに巨大機獣の攻撃を浴びた。

 巨大な腕は山崩れのように落ちて来たし、口からのエネルギー弾は世界の終わりかと思われた。

 種族特有の魔力で、機獣や古魔獣ほどでなくとも緩衝障壁をその身に展開する龍震族とはいえ、もう限界だ。

 さきほど吹っ飛ばされたジーニックは、背後に転がっている。

 かすかに意識はあるが、動けないようだ。

 召喚獣のネムリイヌが、心配そうにまといついているが、彼は早晩主人を亡くすことになろう。

 

 自分が死んだらどうなるだろうか、と、ちらとオディラギアスは考えて――不愉快な思いに行き当たる。

 どうもならない。

 自分を疎ましがっている親兄弟が喜ぶだけだ。

 生母だけは悲しんでくれるだろうが、彼女以外の身内が、彼女の悲しみに配慮するとは思えなかった。

 

「この世の歯車、時の螺旋よ」

 

 朗々とした女の声が、清冽に耳を洗った。

 はっとする。

 

「我が敵の存在を許さず、消し去りたまえ!!」

 

 ぎゅうん!! と目の前で何かが歪んだ。

 色彩が炸裂したかのような幻惑。

 はたと気付くと、そこには何もなかった。

 目の前に広がっているのは、踏み荒らされた廃屋と煤けた道路の跡。

 それに、なにやらきらきら光る結晶の山だ。

 

 星霊石《せいれいせき》。

 

 二瞬ほど遅れて、オディラギアスはその状況の意味を理解した。

 ふわりと、いい匂いの影が舞い降りる。

 

「しっかりなさって下さいな、太守様」

 

 その声に、オディラギアスはたまらない安堵を覚えた。