9-5 新王朝樹立

 政権の崩壊は急速で、しかし、同時に新政権の樹立も急速だった。

 

 ナルセジャスルールの呪詛から始まる、一連の政変のせいで、まともに次の王政を担える人材は、残っていなかった。

 

 オディラギアスはその機に乗じ、自分が王となる新政権の樹立を宣言。

 新王朝名を「バイドレルファーザン朝」とし、自らもオディラギアス・ネインジェル・バイドレルファーザンと改名した。

 

 この王朝名となったバイドレルファーザンは、メイダルでレルシェントの母である大司祭ミスラトネルシェラから告げられた家名である。

 メイダル語で「バイドレル神の魂」を意味する言葉であり、これは神託を告げたオルストゥーラ女神が、バイドレル神と相談の上決めたものということらしい。

 

 メイダル語と言っても、意外にも龍震族の者たちの間にも、採り立てて違和感がない。

 と、いうのも、宗教分野や地名、学問などの分野に関して、ルゼロスの言葉は多く霊宝族の言葉であるメイダル語を吸収しているからだ。

 バイドレルファーザン、という家名及び王朝名せよ、一般の龍震族には「由緒ありげな名前だな」くらいの感慨だ。

 元の世界で見られたような、息詰まる言葉狩りをする呑気な者など、日々の暮らしに困るルゼロス国民の間にはいなかった。

 

 そんなことより求められたのは「まともな王」だったのである。

 オディラギアスは、その条件に完全に合致していた。

 政治的思考力・判断力に優れている上に、化け物と化した前王を葬ったあの神々しい姿は、目撃した国民に、強烈な印象を残した。

 それこそ、「白い鱗は不吉」という堅固な迷信が、少なくとも目撃した者、伝え聞いた者からは、ほぼ一掃されるほど。

 

 そして、何より。

 オディラギアスは約束したのだ。

「遺跡の脅威からの完全解放」を。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「やぁ、こんにちは。良いお店ですね」

 

 スフェイバの酒場に入って来た、額と角の半ばに、鮮やかなペリドットを掲げた快活そうな龍震族に似た存在――寿龍族の若者に、その店の陰鬱なマスターである暗紫色の龍震族と、周囲の客は怪訝な顔をした。

 

 新王が即位してからこっち、色々なことがあるので、今更異種族くらいで驚くのも何だが、それにしても魔法王国メイダルからの客人たちには驚く。

 額から本当に宝石が生えている霊宝族だけでもぎょっとするというのに、その血が入った寿龍族、そして、同じく獣佳族と霊宝族の混血の、宙に浮き花を踏む霊獣族が、一緒だったりする。

 

「天空に浮かぶ尊いお方なんかも、臭い地上の酒なんか飲むのかい?」

 

 ちょっと意地悪な気分になったのか、マスターはカウンターに腰を下ろす三人組に、そんな風に問いかけた。

 

「んむむ!! お兄さん、ちょっと意地悪であるな!! いい男が、台無しであるぞよっ!!」

 

 額にブラックジェード、足下に黒蓮を咲かす、黒豹の下半身の若い霊獣族の女性が、カウンターの上にちょこんと華奢な腕を乗せた。

 黒髪をぴんぴんと跳ねさせ、瞳は銀色だ。

 威圧的に見えるはずなのに、悪戯っぽい無邪気な雰囲気が、棘を感じさせない。

 

「私どもは、地上のことを知りたいのですよ、店主様」

 

 その二つ隣、寿龍族の男性を挟んで反対に座った、真珠色の豊かな髪と、額に淡い輝きのオパールを持つ霊宝族の女性は、穏やかに微笑んだ。

 

「私どもの故郷メイダルと、ルゼロス王国が国交を正式に樹立したのはご存知でしょう? 我々はすでに隣人です。お互いを知らなくてはなりません」

 

 人に何かを教えることに慣れた口調で、その真珠色の霊宝族の女は口にした。

 

「はっ!! やっぱり天空にお住まいの方々は違うぜ。食うや食わずの俺らと違って、仰ることが高尚だぁ!!」

 

 背後のテーブルに座っていた琥珀色の鱗の龍震族が、ふいっと安酒をあおりながら叫んだ。

 

「だがな、俺らはそうもいかねえんだよ。なにせ、あんたらの仲良しごっこに付き合ってるほど、暇も余裕もねえ。それこそ、あんたらの御先祖の遺した遺跡のお陰でな!!」

 

 この場にいる龍震族全員の声を代表するかのように、龍震族の男が叫んだ。

 そうだという空気が醸成される。剣呑さ、刺々しさ。

 

「俺たちは、それを正しに来たんです。先祖たちの過ちを」

 

 声を張り上げたのは、明るいペリドットの龍。

 

「アルクリーナ。掲示板に、例の告知を」

 

「うぃ」

 

 アルクリーナと呼ばれた黒豹娘は、ふわふわとカウンター横、様々なお触れや告知が張り出される掲示板に向けて、見慣れぬ材質の紙を持って近づいた。

 

「なに……? 遺跡を解放する者、募集?」

 

 覗き込んだ灰色の龍震族の男が、驚きの声を上げた。

 

「……志願者の中で望む者、要件を満たす者には、霊宝族の武器『魔導武器』を与える……マジか!!」

 

 ひゅうっと口笛が吹かれた。

 

「はい。すでに王妃様であらせられるレルシェント様が、国王オディラギアス陛下を始め六英雄の方々に、魔導武器をお与えになったというお話はご存知でしょう? その魔導武器で、六英雄の方々はスフェイバ遺跡を解放なさった」

 

 歌うように、その真珠色の女が言葉を発した。

 

「私、ムシェイルファータは、レルシェント陛下と同じ術が使えます。すなわち、星霊石と引き換えに、皆様に魔導武器をお譲りする術を」

 

 むむっ、と、店内の熱気が上がった。

 

「その魔導武器を使って、俺たちの遺跡解放の探索を手伝ってほしいんだ。このゼルンディースの遺跡の、コアルームに辿り着けば、遺跡を解放できる!! スフェイバでやったのと同じように、遺跡を無害化し、広大な農地を手に入れられるんだ!!」

 

 ペリドットの若者が大いに吼えた。

 

「このお触れは正式に、ゼルンディースを任された彼、イルジェウルズに下された国王陛下の厳命です。今頃、他の各地の遺跡でも、同じお触れが出されているはず。さあ、一番乗りして下さる方はどなたですか?」

 

 ムシェイルファータが微笑むと、途端にがたがたと椅子が何脚も鳴った。

 

「ねえ、星霊石って、どのくらいありゃいいの!?」

 

 赤紫色の鱗の龍震族の女が詰め寄った。

 

「そうですね、最初から実用に足る魔導武器となると、この辺りでは、野菜を入れるくらいの大きさの木箱いっぱいくらいあれば、と言われていま……」

 

「そのくらいなら、納屋にあった!! 取って来る!!」

 

 鮮やかな鱗も瞳もきらめかせて、女が駆けだす。

 風を伴って、彼女は家路をまっしぐらに飛び帰っていく。

 

「お、俺んちにも多分……壺のなかに放り込んだり、物置の木箱に突っ込んだりしてたものを全部かき集めればそのくらいに……!!」

 

 朱色の鱗の龍震族がまた駆けだす。

 

「俺も……!!」

 

「あたしも……」

 

 見る間に、酒場の人数が減った。

 

「くそっ、あんなもんと思ってすぐに使っちまってたからな、足りねえ……!!」

 

 呻く声が方々から聞こえたが。

 

「まあ、落ち着け、若者よ。まだ期限までちょっとある」

 

 アルクリーナがちちちと指を振った。

 

「今から、一狩り、してこぉい!! 周りに誰かメイダル系の人がいたら、頼んで手伝ってもらってもいいと思うよ!!」

 

 はっと。

 思い当たる節があったのか、その龍震族青年の目が揺れた。

 

「……ちょっと、行ってくる!! 期日って……」

 

「出発は五日後だー!! それまでに木箱一杯、貯められるかな?」

 

「なっ、なんとか……あいつ、強いし……!!」

 

 言うなり、決意を固めたらしい青年は飛び出していった。

 

 寿龍族イルジェウルズ、霊宝族ムシェイルファータ、霊獣族アルクリーナの三人は、すっかり人気の失せた店内を見回して顔を見合わせた。快い笑いが洩れる。

 

「大成功!!」

 

「ふふ、やはり龍震族系の方には、武器は正義ですね」

 

「戦い方も教えないといけないかも……」

 

 笑い合う三人の背中に、尖った咳払いが叩き付けられた。

 

「おい。営業を妨害してもらっちゃ、困るんだがな!!」

 

 背後で、暗紫色のマスターが渋い顔をしていた。

 

「あっ……すんません」

 

 イルジェウルズがぺこりと頭を下げた。素直な人士である。

 

「申し訳ございません、もちろん、不利益の方は保証させていただきま……」

 

 ムシェイルファータの謝罪を、マスターは手を振って退けた。

 

「そんなものはいらん。その代わり……」

 

「そ、その代わり……?」

 

 どんな無理難題を突き付けられるのかと緊張したアルクリーナの前に。

 

 どん!!

 と、大きな音と共に、大き目の木箱が落とされた。

 

 思わず覗き込む三人の目に入ったのは……

 

 一体、どこから持って来たやらな、大量の星霊石。

 

「金はいらん。その代わりに、俺をこの地の魔導武器一番乗りにしてくれ」

 

 普段のむっつり顔からは想像できないほど快活に、太陽のように破顔したマスターに。

 

 三人は、どっと力がぬけると同時に、つられて笑ったのだった。