5 詰問とその結果

「友麻ちゃん。ちょっといい?」

 

 サークルに割り当てられたサークル室で、璃南と机を挟んで反対側に小柳友麻が戸惑った表情。

 春の日差しは柔らかい色を室内に与えているが、空気はやや冷えている。

 明かに、友麻はその話をしたくなさそうだ。

 

「もう一回訊く。あの合コン、受諾してくれた向こう側の代表者は誰?」

 

 璃南が大きな目をすがめて鋭い視線を飛ばすと、まるでそこに何か有害な成分でも含まれているように、友麻は顔をしかめる。

 璃南は今そんな術を使っていないが。

 

「急に帰っちゃったあの人たち。失礼だよね? あの後、連絡はついた?」

 

 そうなってはいないのを確信しつつ、璃南はあえて友麻にそう尋ねる。

 案の定、友麻は何度か口ごもって、つっかえながら言葉を吐き出す。

 

「ごめん。詳しいことは言えないの。ただ、あのあと詫びがあったし、帰ったのは私たちが気に入らないからじゃなくて急な案件が入ったからだって聞いたよ」

 

 向こう側の幹事は、璃南が始末したあの怪物になった男。

 だが、友麻が今朝になってサークルメンバーに回したメッセージには、向こうからお詫びのメッセージがあった旨記されていた。

 もちろん、それが本当か嘘か、璃南はじめサークルメンバーには確認しようがない。

 

 相変わらずのサークル室には、コミュニケーション関連の書物を詰め込んだ本棚が鎮座しているだけ、璃南と友麻以外のメンバーの姿はない。

 変わったことと言えば、相変らずあの奇妙な餓鬼がぽつぽついること。

 

 璃南は、軽く身を乗り出す。

 

「ねえ、そのメッセージ、今確認できる? 悪いけど、端末見せて」

 

 そう突き付けるや否や、友麻の体がビシリと音がしそうな勢いで固まる。

 愛らしい華やかな顔から血の気が引いているのを確認した璃南は、間違いなく「お詫びのメッセージ」など来ていないのだ、と確信する。

 ……少なくとも、自分に見せていい内容のメッセージは。

 

 璃南はこの尋問の効果を増すために、殊更低い声を出す。

 さらさらと窓の外で若葉が揺れるのすら、皮肉に聞こえてくる。

 

「あの人たち、合コンの時に見ていておかしいと思った。妙な話の内容。不自然。ねえ、本当にあの人らってデザイナー?」

 

 璃南が詰問すると、友麻が弾かれたように顔を上げる。

 

「なんで……そんなこと……」

 

「話す内容。おかしいよ。全然デザイナーぽくない。専門用語もあんまり出てこないんだよね。あの業界、他の業種に比べても専門用語だらけなのが普通。なのに、全然それっぽくないんだよね、あの人らの話し方」

 

 璃南はそう切り出して反応を窺うが、友麻はぎこちなく笑って首を振るだけだ。

 

「ちょっとそれは素人考えかなって、璃南ちゃん。普通の人相手にそういう内容話さないでしょ」

 

「……わたし、親父のコネでデザイン業界の人に会ったことある。話が専門的で面白かったよ。翻って、あの人らの話。誰一人としてああいう感じじゃないのおかしいよ?」

 

 首をかしげたまま友麻を覗き見ると、ますます顔が青ざめている。

 女の子をいじめているみたいでやや気が引けて来るものの、事態は深刻だったのだ。

 そして、恐らく深刻さの元は放置されたまま。

 なら、その根を断つまで努めねばなるまい。

 下手すると友人知己の命がかかっている。

 

 璃南は続ける。

 

「あの話し方、どっかで聞いたことあるなって思った。コミュニケーションとか人生で損得するとかそういう話でやけにノリノリで話す……なんか、コーヒーショップの隣に座ったマルチらしき人が勧誘しているのに似てるね」

 

 友麻の体がびくりと震える。

 畏れるように、璃南を見上げて来る。

 

「もう一度訊くけど。【あの人たち、本当にデザイナーだったの?】」

 

 いきなり。

 サークル室の扉ががたがた鳴りだす。

 

 璃南は気付く。

 室内の餓鬼たちが、入口近くに移動している。

 

「あ、はい」

 

 友麻が立ち上がり、入口にとりつく。

 ひりひり。

 背中がざらついた氷で引っかかれるような妙な感覚。

 璃南も立ち上がる。

 その時。

 

 扉が、開く。

 

 その隙間から、濁流が災害のように流れ込んでくる。

 

 さしもの璃南も不意を突かれる。

 思わず腕で自らを庇うものの、一気に濁流に押し潰される。

 

 小型の鉄砲水のように見えたもの。

 それは、無数の赤茶けた生き物が群れ集まった集合体だ。

 大きさは猫ほど。

 ヒレのような触手のような翼のようなものが放射線状に生えた胴体。

 顔があるべき部分には、肉食古生物の口のような、ぞろりと同心円状に並ぶ牙。

 それが弾丸のように一気に璃南に殺到したのだ。

 どれだけの数があったのか。

 璃南の姿はすでに見えない。

 

「璃南ちゃん……璃南ちゃ……ごめん……ごめん……」

 

 滂沱と涙を流す友麻は、その場にへたりこむ。

 奇怪な生き物たちは、巨大な珠となって璃南がいた場所を取り囲んでいる。

 むごむご蠢いているのは、璃南が今まさに食われているからか。

 

 春の陽。

 柔らかく爽やかな室内の色。

 その一角に、汚泥色の地獄。

 

「まあ、ね、こんなこったろうとは思った」

 

 毛だまりの中から、璃南の声。

 

 一瞬。

 汚い毛玉がはじけ飛ぶ。

 

 その中から、あの、ライラック色の人外が傷も汚れもなく出現していた。

 化け物どもを葬ったのは、彼女の体の周囲を旋回する、鉱物質のナイフ。

 

 友麻は、それを見る。

 認識する。

 絶叫。

 

 悲鳴の尾を引きながら、友麻は物凄い勢いで床を蹴り、サークル棟から逃げ去っていく。

 何事か叫んでいるようだが、言葉になっていない。

 

「やれやれ。舐められたもんだねえ」

 

 気だるそうに首を左右に揺らし、正体を現わした璃南は、もはや人気のなくなったサークル室を眺め回したのだった。