8-20 遺跡の謎かけ

「ボーダコーダの倒し方はなあ!!」

 

 薄めの青い鱗の龍震族の若い男性が、高らかに言い放った。

 

「まず、牙の根本をぶっ叩く。そうすると、一時的に牙が麻痺して魔法が使えなくなる。そこを集中攻撃よ!!」

 

 どうだ、というその顔に応じたのは、灰色の磨き上げた石のような輝きの、巨大な獅子じみた魔物だった。

 顔が九つも付いており、何事か話すたびに、碧い火がぼうっと周囲を照らす。

 

 遺跡にこんなものがいる、ということは、クジャバリの民には初耳でも、レルシェントは事前に承知していたことだった。

 オディラギアスには、事前に伝えてあったが。

 

『正解だ』

 

 並の龍震族の十倍くらいはありそうなその古魔獣の一種は、ぼうぼうと口から火を噴きながら人の言葉を口にした。

 長年にわたり、人の手の入っていない遺跡の石造りの通路が、妖しい光に照らされる。

 

『しかし、それは「牙を諦める場合の倒し方」だ。牙を完全な形で採取する場合は、どうする?』

 

 唐突にそんなことを尋ねられ、その若者は思わず口ごもった。

 確かに仲間と数人がかりで、ボーダコーダを倒したことはある。

 しかし、牙を完璧な形で取る、などということはやったことがない。

 完璧な牙は、高品位の魔法炉に使用されるそうだが、この辺りではそんな高級なものは見かけないからだ。

 

「ええと、それは……」

 

 口ごもり、ちらちらと背後の仲間たちに救いを求める視線を送り込む彼に、助け舟を出したのは。

 

「それは、また別の質問と見なしていいな? 私が答えよう」

 

 自信たっぷりに、オディラギアスが通路を塞ぐ巨獣の前に進み出た。

 

『答えられるなら、よかろう。お前は答えを持っているのか?』

 

「ああ、無論だ。正解は、ボーダコーダの額の上にある、小さな突起を先に潰すことだろう? そうすると、ボーダコーダ自身には、牙の魔力をコントロールできなくなる。牙が魔力を溜めて、暴走し始める前に、倒せばいい」

 

 さらりと、オディラギアスは答えて、まっすぐその「謎かけ巨獣」を見詰めた。

 自分が元いた世界のスフィンクスみたいだなあ、と思いながら。

 

『正解だ』

 

 あっさり認められたその言葉に、どよめきと、尊敬の視線が、オディラギアスに集まった。

 

 オディラギアスにとっては、学問の勝利と言いたいところだ。

 教育熱心だった母に、万が一辺境で出くわした時に困るから、こういう情報は覚えておきなさいと、辺境の魔物事典を手渡されたものだ。

 人生は何があるか分からない。

 幼くしてそれを悟っていたオディラギアスは、龍震族の好戦的な血が「敵」の情報を求めるままに、その書物の情報を汲み取り。

 それが今、こういう形で役に立ったのだ。

 

『約束だ。お前らに道を開けよう。お前らは、第一の関門を突破した』

 

 まるで水面に映る影がぼやけるように、巨獣の姿が消えた。

 後には、外の光と混じり合った遺跡特有の光源不明の光に照らされた長い通路が広がっているのみ。

 

 ――凄い。流石、王族の方となると、田舎者のあたしらとは違うね……

 ――第八王子は鱗は白いが切れ者だぞって聞いてたが……

 ――誰だよ、白い鱗の龍震族は生まれながらの廃人だなんてデマ飛ばした奴は……

 

 背後で湧き上がる感嘆のざわめきは不快ではなかったが、オディラギアスは努めて平静に流す。

 ここで図に乗ってはいけない。

 この先、何があるかわからないのだから。

 

「いや、凄いでやすね、太守様!! よく、そんな専門的な倒し方までご存知で!!」

 

 背後に付いているジーニックが、舌を巻いたように声を洩らした。

 

「なに、いつ辺境に出向くか分からぬからな。人の上に立つ龍震族たるもの、魔物の倒し方くらいは、一通り押さえておかねば」

 

 さらりと、オディラギアスはそう応じた。

 

「兄弟たちには、宮廷にいるのに、魔物の倒し方なぞ、と馬鹿にされたものだが、敵を倒すには、まず敵を知らねばならぬ。龍震族の基本となることを忘れた兄弟たちの挑発など、真に受けないで良かったと安心している」

 

 実際にこうして役に立ったし、多分この先に、実戦として役に立とう。

 オディラギアスの言葉に、また別な意味のざわめきが起こった。

 

 ――バウリの王族の方々が頼りにならないって噂は、やっぱり……

 ――噂じゃないだろ、本当のことじゃねえか。

 ――しっ!!

 

 あまり好みのやり方ではないものの、それとなくバウリの王宮の堕落をここの者たちに警告できたのは良かった、と、オディラギアスは安堵を覚えた。

 この先、こうした情報は、万が一王宮からの無理が発せられた時に、彼らを守る盾になろう。

 最大の防具はいつだって、「知識」なのだから。

 

「オディラギアス、多分、もう一体くらい、守護者がいるはずだわ」

 

 レルシェントが緊張を帯びた声で、彼の耳元に囁いた。

 

「油断しないで。多分、コアルームに入るのに、そいつの許可がいるはずなの」

 

 その言葉に、オディラギアスは頷き、事前に渡されていた情報を吟味しだした。

 

「はいはーい、みんな隊列組んでねー!! このまま進むよー!!」

 

 中心二人が取り込み中と察したイティキラが、気を利かせて、突撃部隊の面々の指揮を買って出た。

 

「この先は警備の古魔獣や機獣がいるはずだし、コアルームに入る前になんかいるはず。気を抜かないようにね!! ちょっとでも怪我したら、すぐあたいに言って!! いい? じゃ、行こう!!」

 

 いつでも進めるよ!! と促され、オディラギアスは最前列に立ち、同じく最前列を任された龍震族と共に、前へと踏み出した。