11 わたしはカモメ

「わたしはカモメ」

 

「嘘つけ。お前はウミネコだろう」

 

「いやーーーん」

 

 何故か喋るカモメもといウミネコに、天名が容赦なく突っ込む。

 

 夜の海岸である。

 刻窟市は太平洋に面しているが、その一部は砂浜であり、もう少ししたら気の早いサーファーが繰り出そうというもの。

 今は夜中であり人気はない、はずである。

 が、そこにいるのは四人の人外と一人の人間、及び……一羽のウミネコ。

 この時間に。

 百合子と真砂は流木に腰かけ、天名、冴祥、暁烏の三人は、それぞれ方形を形成するように、真砂が出した雲に座っている。

 頭上に、誰が持ってきたのか、浮かぶ灯籠。

 

「百合子、ウミネコとカモメの違いって何だかわかるかな?」

 

 砂に半ば埋もれた流木に座りながら、真砂が隣に座っている百合子に尋ねる。

 百合子は、目の前の、うっすら光る雲の塊にちょこんと乗ったウミネコをしげしげ見ていたのだが、はたと振り向く。

 

「あっ!! 子供の頃学校の先生に聞いたんですよ!! カモメって、日本には冬しかいないんですってね!! 年中いるのはウミネコなんだって!!」

 

 なんか騙された気分でした!!

 と口を尖らせる百合子に向けて、ウミネコがミャアと鳴く。

 

「そう!! ウミネコはいつでもあなたの傍にっ!!」

 

 翼をしゅたっと人間の手みたいに広げるウミネコ、なかなかの俗物である。

 

「暁烏さあ……また変なの拾って来て」

 

 冴祥が苦笑して、弟子を振り返る。

 

「やっ!! だって!! 喋るウミネコですよ!! 拾うっしょ!!」

 

 いやいや、真面目な話、と更に付け加える。

 

「ここ、何かいたんですよ、鵜殿らしき奴が。妙な生き物の群れを引き連れて。海から上がってきて、街に攻め込もうとしてたみたいです。でも、このウミネコさんが奴らの頭の上で翼を広げたら、太陽の何倍も強い光みたいなのが降り注いで、一瞬で奴らが溶けて」

 

 ふむ、と冴祥が形の良い顎をつまむ。

 

「時にウミネコさんはいったいどちら様で? 只者ではないとお見受けしますが」

 

「ふふふ!! よくぞ訊いてくださいました!! わたしは、ある方のお使いとして現世に派遣されたウミネコこと、常世凪嘴命(とこよのなぎはしのみこと)!! 通称ナギちゃんでーーーーす!!」

 

 ミャアミャアと鳴くウミネコに、全員それぞれの意味でますます興味が募る。

 

「常世という称号を冠するということは、常世の国から派遣された下級神という訳か。主は下手をすると、あの方、か……」

 

 真砂が、ちらっと天名を振り返る。

 

「君さ、お祖父さんかひいお祖母さんに何か訊いていないか?」

 

「いや……何もない、な……するとあの方ではないのか……」

 

 天名も意外だったらしく、考え込む。

 

「天名さんのお祖父さんかひいお祖母さんて……?」

 

 百合子が目をぱちぱち。

 

「百合子さん。天狗の祖の神様ってご存知ですか?」

 

 冴祥が何気なく尋ねる。

 

「あっ、知ってます、女神様なんだけど、かなり凶悪な方なんですよね!? ひねくれ者で逆のことを宣う、力が強くて気に入らない奴はどんな強い神様でもぶっ飛ばす。天逆毎姫神(あまのざこのひめのかみ)って」

 

 そこで、百合子ははたと気付く。

 

「天逆毎姫神は、素戔嗚尊が吐き出した猛気から生まれた……天名さんのお祖父さんってもしかして……」

 

「話してなかったか。いかにも、我が母は天狗の祖、天逆毎姫神。祖父は三貴神が一柱、素戔嗚尊。そして、祖父の母、つまり曾祖母は、妣の国(ははのくに)こと常世の国に住む伊邪那美命だ」

 

 百合子はぎょっとする。

 

「え……天名さんってあの!! 神話に登場される方々のご子孫!? しかも素戔嗚尊って!!! 三貴子の!!! ど真ん中じゃないですか!!!」

 

 百合子は、思わず夜の光に浮かび上がる、天名の艶麗な顔を見つめてしまう。

 美形で頭が良くて強くて、それでいて何気なく親切で、頼りになる人だと思っていたら、物凄い家系の人物であったということだ。

 

「別にだからどうということもない」

 

 天名は、こういう反応をされるのは慣れているのか、しれっと逸らす。

 

「こちらを殺してやろうというような奴が、こっちがそういう家柄の出だからといって、遠慮する訳もないのでな。何なら、獲物としては箔が付くくらいのものだろう。角の立派な鹿のようなものだな」

 

 真砂がけらけら笑う。

 

「お姫様は、ちやほやされるのには飽きているから、あんまりそういう扱いをしてやるな。ところで、ナギちゃんは何でこの街に来たのかな? 鵜殿絡みか?」

 

「あ、ようやくわたしのターン? 確かにあの鵜殿って人にも絡んでいるんですが、それより大きなことですねえ」

 

 ナギはみゃあみゃあ鳴く。

 

「この中で、最近、『刻窟』の中に入ったことのある方は?」

 

 その問いに、全員が顔を見合わせる。

 

「あそこはご神域だから、お祭りの時以外は、一般人は立ち入り禁止なんじゃないですか?」

 

 百合子は、月と星に照らされた海岸線を遠く見やる。

 ここから少し離れた黒々と夜空に突き出るシルエット、あまりに多くの伝説を抱いて眠る聖なる岩山「刻窟(ときのいわや)」は、取り立てて騒ぎに影響を受けた様子もなく、夜空にたたずんでいるのだった。

 

 

◇ ◆ ◇

 

「ねえ、いいんですか、勝手に入って」

 

 百合子が、真砂の作り出した宙に浮かぶ灯籠の下、怖気を振るったように、その黒々とした岩山を見上げる。

 夜の陸から海への風でも、強い潮の匂いは消えない。

 半ば海中に突き出した、巨大な岩山は、確かに巨神の墓のように、壮麗な姿を見せる。

 昼の光の下であったら、表面はしらじらと輝き、宮殿の塔のような威容であっただろう。

 

「ま、この際、慣習に従い続ける訳にはいくまい? ここに、三貴子の孫もいるんだし、ここの関連の神格も、文句は言わないんじゃないかな?」

 

 真砂が、百合子の背後で、しれっと断言する。

「傾空」を構えた百合子、名前の由来になった「暁烏の太刀」を構えた暁烏、そして、背後に真砂と天名、殿に冴祥。

 この並びで、彼らは伝説の岩山を登ろうとしているのだ。

 

「ふふふ!! しっかり運んでくださーーーい!!」

 

 真砂に抱えられたナギが、ミャアミャア鳴き。

 一行は、「刻窟」を登り出したのだ。