4 ドワーフ「GH」

「やあ、素敵なドラゴンのお嬢さん。俺はGH。神の槌(God’s Hammer)と呼ばれている。ちなみに、ドワーフの一族だ」

 

 その巨体の男性は、肉厚でいかにも職人ぽいごつい手を、D9に差し出してきた。

 

「表向きは、アルヴィン・ルンドステインって名前ってことになってるが、まあ、こっちは気にしないでくれ。今後、君とは互いに世話になることになると思う。よろしく頼むよ」

 

 握手を返しながら、D9は、その見上げるような巨体を仰いだ。

 

 おおらかな笑みを浮かべる、ごついが人懐こそうな顔は、2m近くの上にある。

 某ファンタジー小説や映画のイメージ通りなのは、やや腹が出た丸っこい体形くらいで、酒樽のようなずんぐりむっくりとは程遠く、威圧的なまでに大柄だ。

 多分、戦斧(ウォーアックス)でも振るわせたら、感激するくらいに似合うだろうな、というのが、D9の正直な感想である。

 実際、二重映しになっている正体は、バイキング風のいでたちに巨大な斧を担いだものだ。

 

「ドワーフさんて、本当は大きいんですね」

 

 D9は、思わずそうつぶやいた。

 

「北欧の由緒ある一族の方にお役に立てればいいのですが」

 

 GHが破顔する。

 

「お役にどころじゃないぞ、君は? 俺みたいなのにとって、君の存在はなくてはならないんだ。むしろ、君という存在を確保できたから、俺としても本気の仕事ができるというくらいでな」

 

 やれやれ、長かった!!

 と、露骨に安堵しているらしいGHに、D9は怪訝な思いを抱いた。

 

「あの、それは、どういう……」

 

「D9。ドワーフの伝説は知っているだろう? 君なら北欧神話も読むだろうし、映画だって見るだろう」

 

 ダイモンがにんまりと笑って囁いた。

 

「GHの担当は、前線で戦うというよりは『工兵』なのさ。前にもさわりだけ説明した通り、アメリカ軍は、神魔の肉体を材料にした、対神魔兵器の研究開発を進めている。GHは、まさにその対神魔兵器の開発を進めている人物なんだ」

 

「ああ……なんか、私の体を材料に?」

 

 ちょっとびくついたD9に、ダイモンはなだめるように肩を叩いた。

 

「何も君を解体しようってんじゃないから、安心してくれ。君も『旧き龍』なら、脱皮するはずなんだ。その、脱皮した後の殻を、新兵器開発の材料に使わせてもらおうっていう寸法さ。契約書にも書いてあっただろう?」

 

 問われ、D9は契約内容を思いだした。

 どういうことか質問したが、「旧い龍」は脱皮するので、その残骸となった古い方の肉体を、新兵器開発の材料に遣わせてほしいということ、無論、その際には給料とは別途に相応の手当が上乗せされることが明記されていたのだ。

 ふーん、自分て脱皮するんだ、やっぱり蛇だから、という感慨と共に、気軽にOKしたのだが。

 

「でも……申し訳ないんですけど、脱皮って、どうやるんでしょう? 正直、何をどうしたらいいかわからないって言いますか」

 

 D9は困惑するしかない。

 つい最近まで生臭い哺乳類でしかなかった彼女にしてみれば、脱皮など、何をどうしたらそういう現象が起こるのかわからない。

 まだ乏しい知識で推測するに、龍としての肉体が大きくなれば、自然と皮が剥がれるのかなといったくらいだ。

 

「まず、君のするべきことは、経験を積んで力をつけることさ」

 

 ダイモンが安心させるように、彼女の肩に手を置いた。

 

「君のような『旧き龍』は、その力が元から大幅に増大すると、より力を振るいやすい肉体に乗り換えるため、古い方の体を捨てるんだ。その現象を、便宜的に『脱皮』と呼んでいるわけさ」

 

 正確には蛇だのトカゲだのの脱皮とは違い、捨てられるのは、皮一枚ではない、旧い肉体全部、鱗から骨から内臓まで一そろいだ、と、ダイモンは解説する。

 そして生身の部分は多くの場合、膨大な魔力を秘めた鉱石などに変ずるのだと。

 滑らかなその口調に、D9は、きっと誰か旧い龍の知り合いがいるんだろうなと推測した。

 

「もう知ってると思うがね。対神魔兵器の開発は急務なんだ。これがあれば、人間様だとて、神魔相手にまともに戦えるようになるはずなんだよ――特にD9、旧き龍である君の肉体を使った兵器を装備すれば、普通の兵士でも、かなりのランクの神魔と渡り合えるはずだ」

 

 GHは、思いがけず厳しい表情をして、そう断言した。

 

「知っての通り、このOracleは、アメリカ全土をカバーするには、圧倒的に人数が足りない。人間様にも頑張ってもらわにゃいかんが、それには相応の兵器がないと話にならない。そういう意味で、君はまさに救いの神だ。君の登場で、流れが変わるぞ」

 

 GHは、満足の笑みを浮かべて、大きな手でD9の肩を叩いた。

 

「何より――いやしくも由緒正しいドワーフの血筋に生まれた者として、伝説の旧き龍の肉体を材料に槌を振るえるというのは、この上ない光栄。後世に語り継ぐべき偉業なんだよ。まさに、神話以来の出来事でね」

 

 今更、やっぱりやめます、なんて言わないでくれよ、君にとってどうせ捨てるもんだろう?

 

 そんな風に言われてD9はくすりとほほ笑んだ。

 

「捨てる鱗その他なら、いくらでもさしあげますけど、あの」

 

「ん? どうしたね? 気になることでも? なにかあるなら、そこのもふもふ狂いの大佐殿に、俺からも口添えしてあげよう」

 

 相変らずポトをもふっているプリンスにいささか呆れた顔を向け、GHは振り返った。

 

「いえ、あの、下らないことなんですけど」

 

「なんだね、なんでも言ってみるものだ、こういうことは」

 

「……ええっと、全身なんだから、おしりの鱗とかも使うんですよね? ちょっと恥ずかしいんですが、使うならばようく洗って使って下さいね……」

 

 伝説のドワーフ始め、特務部隊Oracleの面々は、破裂するように笑いだした。