4-2 空飛ぶ船

「しかし、こういうものを見て、実際に乗ってみると……霊宝族社会の文明の程度たるや、凄まじいと思い知らされるな」

 

 びゅうびゅう鳴る風に負けじと、オディラギアスが声を張り上げた。

 

 その船は、大型の漁船くらいはあった。

 レルシェントに言わせれば、行動の利便性を考えて、これでも小さ目のものをセレクトしたのだという。

 優雅な曲線を描く竜骨に、包容力あるカーブを描く船腹は、神話やおとぎ話の中でしかお目にかからぬようなものだった。

 

 その「船」が進むのは、水の上ではなかった。

 舳先が切り裂くのは、空の風。

 その船は、魔導力を使って、空中を高速飛行する飛空船《ひくうせん》だったのだ。

 動力はこの世界に満ちる、無尽蔵の魔力、そして、操船するのは、この船の持ち主――魔力でもってこの船と精神をリンクさせているレルシェントだった。

 オディラギアスたち五人は、空飛ぶ船の上では特にできることもない。

 この世界で空を飛ぶ乗り物に搭乗する感動と、飛び去って行く風景を味わうだけで時間が過ぎていく。

 

 眼下には煌く碧い海原が広がっている。

 ルゼロス王国のあるボルファタ大陸北部と、それと向かい合うように存在するニレッティア帝国の存在するシディス大陸南部を隔てる碧耀海《へきようかい》だ。

 

「確かに、地上に降りてしばらく。あたくしども霊宝族の文明レベルは、地上五種族の方々に比べれば高いものだと言えますわ」

 

 舳先に立って、船を操っていたレルシェントが振り返った。

 

「……でも、霊宝族の世界は、ある意味で閉ざされていますの。星の世界に赴くくらいの魔法科学力を持ちながら、自分たちがかつて確かに暮らしていた地上のことを、無視しているのですもの」

 

 オディラギアスは、レルシェントの隣に立ちながらうなずく。

 

「無理からぬことであろう。ああいった経緯なら」

 

「いいえ。地上には遺跡があります。それが地上を害しているのなら、霊宝族は地上を無視していい訳がありません。いつかは、その災禍を清算せねばならないはずですわ」

 

 美しいレルシェントの横顔は、何か決意を秘めている。

 それが何か図りかねて、オディラギアスは尋ねた。

 

「何か、考えていることでも?」

 

「……あなた様が、ルゼロス王国の国王でいらしたら!! 失礼ながら、何故父王陛下はかくもお話が通じなさそうな方なのでしょう。滞在わずかのあたくしにまで、悪評が聞こえるくらいですもの」

 

 はあぁ、とレルシェントは溜息をこぼす。

 

 鮮やかな天空の光の中で、レルシェントの美貌は地上で見る以上に鮮烈に、オディラギアスの目に焼き付く。

 風が嬲る髪の煌きは、まさに夢のように。

 

 オディラギアスは、何と答えようか迷った。

 ルゼロス王国の王に。

 その野望は、今も彼の胸の中で燃えている。

 今までは、実現には遠い夢だった。オディラギアスにはハンデがありすぎた。

 しかし。

 レルシェントの力を借りれば、あるいは。

 彼女は個人としても、凄まじい魔導師だ。

 それに加えて、霊宝族社会に巨大な影響力を持つ司祭家の出であり、王家とまで類縁がある。

 

 言えるのか。

 力を貸してくれ、と。

 それを言って良いのだろうか。

 ――彼女に借りを作っても、返せるあては何もない。

 そして、まだ、オディラギアスの中でビジョンは具体的になっていない。

 何せ、霊宝族社会についての知識が、まだまだ彼は乏しすぎるのだ。

 

 そして何より――王権への希求の他に、オディラギアスにはやることがある。

「全知の石板」の探求。

 まず、これをクリアしないことには。

 目の前に立ちはだかった、これに関する謎は大きすぎる。

「神々の遊戯場《この世界》」と「現実世界《あの世界》」。

 あの世界の悪人の魂が、この世界で魔物になっていたという、あの事実。

 この関わりを明瞭にすることが、前に進む鍵であろう。

 この謎が、どういう方向へ自分を連れて行くのか分からない。

 しかし、レルシェントも口にした通りに、これは神々の秘密に属するものだろう。

 自分たちに、探求の資格はあるのか。

 

 その答えを求めあぐねたまま、オディラギアスは近付いてくる陸地を見詰めた。

 

「もうすぐファビウの港町でやすよ!!」

 

 ジーニックが叫ぶ声が聞こえて、オディラギアスは背後を振り向いた。