16 新入部員

「本当なら、無茶をするなと叱らなくてはいけないかも知れないが……しかし、結果としては上々。よくやってくれた、オカ研の諸君」

 

 オカ研顧問、平坂が安堵したような調子で、集まったオカ研部員たちに告げる。

 明日からゴールデンウィーク。

 連休前の部活最終日、余ったスペースのようないつもの部室。

 柔らかい春の日が降り注いでいる、猫でなくとも昼寝したいような放課後。

 

「ふはははは!! まあ、我々オカ研にかかれば、ざっとこんなもんなんですよ!!」

 

 礼司がいつもの部長席から立ち上がり、きゃらんと音がしそうな勢いでポーズを決める。

 やっぱり猫っぽい動き。

 

「今回は、黒猫部長と大道くんが功労賞ですね。やはり搦め手には搦め手で対抗しないと仕方ないということでしょうね。平坂先生も、街中での後始末ありがとうございました」

 

 副部長席の紗羅が、ぺこりと頭を下げる。

 実は、双炎坊との最終決戦に姿を見せなかった平坂は、街中で双炎坊が放った人造妖怪の始末をして回っていたのである。

 どうも、かなりの手ごわい個体もいたようなのだが……平坂が一人で平らげたという。

 この顧問、何者だと、実は部員たちに不審がられることしきりである。

 

「大おじいちゃんに、この街は昔から霊的に特殊だから、変なのに狙われやすい、今後とも街の守護に励めって言われちゃったしなあ。ううん、当面何もないといいけど」

 

 千恵理は椅子の上でぐいんと伸びをする。

 あの阿修羅の如き戦いぶりとはかけ離れた、かわいらしい仕草に部員たちの心は和む。

 

「あの……でも、今回の事件も、部誌に掲載できないですよね?」

 

 誠也は、ちょっと気が引けたが、思い切ってひっかかっていたことを口にする。

 顧問も含め全員がはたと誠也に視線を向けてから、何かを思い出した顔。

 

「あの廃墟って、本当は立ち入り禁止なんですよね、本当は……」

 

 途端にオウチッ!! と叫んでのけぞったのは部長たる礼司。

 

「あああっ、それがあったか!! オイシイネタだと思ったのに、このネタは不採用かあ!?」

 

 大きくため息をついたのは副部長たる紗羅。

 

「仕方ありません。立ち入り禁止の場所に入ったということをごまかせたとしても、今回も人死にが出ていますからね。生々しくて部誌に掲載できないっていう点では、前回のレギオン騒動の時と同じですよ」

 

 それでううむ、と唸ったのは顧問の平坂。

 

「学校の名前も出る部誌に掲載できるような事件……ううん、同じネタの使いまわしと言われようが、学校の七不思議なんかで手を打つしかないのかな……君たちを毎度毎度、こんな危険な目に遭わせられないしね……」

 

「あ!!それなら大丈夫!! 大おじいちゃんが、最近おじいちゃんの住まいの近くのキャンプ場に幽霊さんが住み着いたって。お前たちのネタになると思って今のところ追っ払わないで置いといてるって!!」

 

 千恵理がそんなことを口にして、それで行こうかという雰囲気になった時。

 

 どんどんどん。

 

 大きな足音が近づいてくる。

 

「……あ……羽倉くん……」

 

「え?」

 

 誠也が思わずその気配を読み取った途端、いきなり部室の扉が開く。

 

「おう。オカ研の。顧問の平坂もいるんなら都合がいいぜ」

 

 正体が天狗の不良少年、羽倉元喜がどかっと平坂の隣に座る。

 よく見ると、何やら手に大きめの四角い綺麗な箱を掲げている。

 

「あ、元喜くん。良かった、お礼を改めて申し上げようと」

 

 紗羅が言いかけると、元喜は手を振って遮る。

 

「そういうのはいい。その代わり」

 

 元喜は隣の平坂に、ポケットの中から取り出した紙を押し付ける。

 

「ん? これは」

 

 平坂が目を見張る。

 

「入部届!? 羽倉くん、オカ研に入ってくれるのか!?」

 

 元喜がふんと鼻を鳴らす。

 

「仕方ねえ。オカ研のおめえらとつるんでねえと、また双炎坊のような奴が出てきた時は危ないしな。放課後普通の人間となんか喧嘩してるくれえなら、こっちで幽霊からかってる方がマシだ。で、これが手土産だって親に押し付けられた」

 

 元喜は、手にしていた大きな白い綺麗な紙箱を、平坂に押しやる。

 

「あああっ!! それは!!」

 

 反応したのは、平坂より早く紗羅である。

 目がハートマーク。

 

「雲川堂の箱じゃないですかあっ!! 今人気でレアなんですよぉっ!!」

 

「……なんか、親はフレ何とかって言ってた。フランスだかのショートケーキだとか何とか」

 

「雲川堂のフレジェーーーーー!! 超レア!!!!」

 

 紗羅が突進して箱を奪い取る。

 平坂と礼司、元喜はまた始まったという顔だが、誠也と千恵理は訳が分からない。

 あの冷静な副部長の狂乱にぽかんとするばかりである。

 

「あー、一年生はわかんないよね? 熊野御堂くんの甘味に対する執着心」

 

 礼司が顔を洗いながら。

 

「悪霊を恐れさせる鉄の女、熊野御堂紗羅の唯一の欠点が、このスイーツに対する目のなさ。そのうちケーキでつられて誘拐されそうだにゃ」

 

「あっ、あの、副部長、手伝いま……」

 

「あっ、あたしも……」

 

 誠也と千恵理が手伝いに入った時にはすでに甘美なフレジェは切り分けられている。

 どこからか取り出した皿にいちごを切り口に浮き出させた六等分のフレジェがそれぞれに置かれ、顧問と部員、新入部員の前に並べられる。

 

「んんん~~~~~っ!! 美味しい!! 幸せ!!」

 

 今までに見たこともない満面の笑みの紗羅に、元喜がさりげなく言いかける。

 

「なんか親父が、天狗のエライなんだけど、オカ研に天狗伝説を取材してほしいとかってぬかしやがってよ……」

 

「あっ、いいですよ!! 部誌の企画は、城子市の天狗伝説と、キャンプ場の幽霊の二本立てで半分くらい埋まりますかね!!」

 

「にゃっ!! 副部長が買収されてるーーー!?」

 

 礼司がガビンとなっている。

 

「わー、凄い!! 買収される人間ってドラマ以外で初めて見たっ!!」

 

 千恵理が思わず叫ぶのを、誠也が必死で止める。

 苦笑する顧問と新入部員の顔を見ながら、誠也は、まあ、結局この街は平和なんだろう、という感慨を抱いたのだった。