『大道くん。テレビ見た?』
耳に当てたスマホから、慣れた声が聞こえる。
いつになく緊迫しているのがはっきりとわかるが。
朝の食卓。
焼き鮭と昨夜の余りの煮物、キャベツとじゃがいもの味噌汁に白飯の朝食を平らげたところで、誠弥のスマホのメッセージアプリが通話の着信を告げたのだ。
表示されたクラスメイトにしてオカ研の同期の名前を見て、誠弥は思わず対応したのだが。
「尾澤さん? うん、今、公園で人が死んでいたって……びっくりした……」
テレビの中では、見慣れた近所の公園の入り口が映っている。
いつもと違うのは、普段人のいない公園に、多人数の捜査員らしき人影が見えることだろうか。
一緒に食卓に着いている両親は、物騒だなと眉をひそめている。
『……この公園って、昨日、大道くんが妖怪に襲われたって場所の近くじゃないの?』
尾澤千恵理が、やや声をひそめて尋ねる。
誠弥はうん、とうなずいて応じる。
「すぐ側だよ。殺されてたの、徳石高の男子生徒だって……」
誠弥は、同じ市内の、偏差値が低くてあまり柄の良くない高校の名前を挙げる。
その高校は市中の反対側に位置しているが、誠弥たちが通っている高校、県立城子高校の、数少ない不良生徒たちとやり合っているという話は聞いたことがある。
誠弥の脳裏に、ちらと、昨日助けてくれた天狗少年の顔が浮かぶ。
『……学校行く前に、ちょっとこの公園覗いてみたいわね。ねえ、わたしが大道くんを迎えに行くから、一緒に公園に寄ってみない?』
そう提案されたものの、誠弥は気が進まない。
「捜査の人がいるから、近付けないんじゃないかなあ」
何より、報道によると、死体はかなり激しく損壊させられ、無残な有様だったという。
そんな酷い殺人現場なんて、それはもう「寒そう」だ。
『側までなら近付けるでしょ? それにこれ……ちょっと普通の事件ではなさそうよ。どうやって普通の公園で人間の体をそんなに壊したのか不思議だし。そもそも、大道くんは学校に行くのに、ここ通らないといけないんじゃない?』
千恵理にそう指摘され、誠弥は呻く。
「う……そうだけど」
ここを回避すれば、かなり遠回りになってしまう。
忙しい朝にそれは避けたい。
『気持ちはわかるけど、オカ研としても見過ごせない事例かもよ。詳しくは部活始まってからみんなに相談するけど、一応私たちだけでも確認に行きましょ』
千恵理の言う通りだと、誠弥は認めざるを得ない。
これにはあんまり普通の人間とは言い難い「もの」が関わっているのではないか、という推測は、状況的にあながち根拠のないものとは言えない。
自分が所属するオカ研としても何らかの対処が必要になる可能性はある。
なら、最低限、自分と千恵理が現場の確認くらいはした方が良い。
何より、気になっているのが。
――これは俺たちみたいな者同士の抗争なんだ。人外が混じっているとはいえ、素人には荷が重い。
昨日の羽倉の言葉。
もしかしてこの殺人事件も、「人外同士の抗争」の結果なのだろうか。
どうすればいいのだろう?
「わかった。どうする、公園で落ち合う?」
『わたしが大道くんの家に迎えに行くわ。こういう状況だし、ガードがいた方がいいでしょ。じゃ、後でね。待ってて』
その言葉に「ありがと、じゃあね」と通話を切り、誠弥は、恐らく後には引けない事態に巻き込まれ始めたのだと、認識を新たにしたのだ。
◇ ◆ ◇
「う、さ、寒い……!!」
「しっかりして。何かおかしなことない?」
事件現場の公園の前にやって来た大道誠弥と尾澤千恵理は、シートで覆われテープで規制された公園入り口を、道路の反対側の歩道から観察する。
さほど大きくない、さびれた公園である。
古びており、立木で覆われた敷地内には、塗装の禿げた遊具や申し訳程度の砂場があり、ベンチが置かれているのを、誠弥は記憶している。
自分の生活圏の中でこんなミステリ映画みたいな事件が起こっていたとは、正直信じがたい思いもある。
誠弥は、カメラを回す報道陣を横目で見ながら、野次馬として観察する。
寒いは寒いが、千恵理にもらった龍神の牙のお陰で、体力が削られるのは免れているのが幸いだ。
「……被害者の人、酷い殺され方をしたんだってわかるけど……でも」
薄黒くもやがかかったように見える公園全体を眺め回し、誠弥は隣の千恵理に囁く。
「でも、変だよ」
「変って? 何が?」
千恵理は怪訝そうに眉を寄せる。
「……殺された人の霊体がいない」
「え? あ、そういえばそうね……」
誠弥の言葉に、千恵理は素早く視線を巡らせる。
「それらしい気配全然ないわね。急に殺された人にしては、成仏が早すぎる?」
誠弥はうなずく。
「殺された人、胴体が真っ二つだったんだってね。死体発見は、今日の未明、新聞配達の人によって。ひどい有様で殺されて、時間もそんなに経っていないはずなのに、霊体が現場にいないっていうのは不自然だなあって」
自然死でない場合、霊体が行くべき場所に行くには時間がかかる。
自分の死を信じられない、もしくは納得できない場合が大半であるし、その場合は自力で腑に落ちるか、誰かに説得されるなりするまでは、死んだ場所の側に留まるものだ。
そのままそこから動けなくなったものが、一般的に言う「地縛霊」なのであるが。
「そうよね。殺人の被害者がこんなにあっさり『成仏』しないわよね?」
千恵理はどういうことかと首をひねる。
「でも、霊体が殺人現場にいないっていうことだけでも大きな収穫だわ。これ以上ここにいたら学校に遅刻するし、後は部活で部長と副部長に相談してみましょ」
千恵理は、そっと誠弥の背中に暖かい手を当てる。
じんわり、ぬくもりと生気が浸透するのを、誠弥は心地よく受け止める。
「ごめんね、無理言って。さ、学校に行きましょ」
◇ ◆ ◇
「え? お前ら知らなかったの?」
遅刻寸前に学校に滑り込み、教室に駆けこんだ誠弥と千恵理は、クラスメイトにいきなりまくしたてられる。
「D組の羽倉元喜。あの不良。公園の殺人事件のことで、今警察の事情聴取受けてるらしいよ」