「元喜くん!!」
紗羅が珍しいことに、声を跳ね上げる。
「事情聴取を受けてるっていう……」
「今終わった。そのままガッコに来たんだよ。主にお前らに警告するためにな」
天狗の羽倉元喜は、そのままどかどかと部室に踏み込むや、手近な椅子を引き、部活用の席にどかりと腰を下ろす。
礼司が、にゃっ、と叫んでしまう。
「君が噂の羽倉くんか!! 我々に警告って、それはどういうことなんだね?」
猫が毛を逆立てるように目を真ん丸にしている礼司に、元喜がニヤリと笑う。
「その霊感鋭い奴には言っておいたんだが聞いてなかったか? おめえらのことだから、この一連の件には首を突っ込みたがるだろうが、やめておけ。こればかりはヤベエんだ」
オカ研全員が顔を見合せ。
思わず口を開いたのは、千恵理。
「ねえ、一連の件って言ったわね? 大道くんが妖怪に襲われた件と、あなたが疑われた殺人事件って、繋がっているっていうこと?」
元喜は無造作に銀髪の頭を掻く。
「まあ……そういうこったな。いわゆる妖怪を操ってる奴がいる。そいつはそれ以外に、この街でヤベエことをしている。ハッキリ言って、多少術や武芸を生かじりしたくらいの奴らじゃ、太刀打ちできねえよ」
全員が衝撃を受けたが、一番肝を潰したのは誠弥である。
妖怪を操っている?
そんな人間がいるのか。
いや、昔、式神を使った陰陽師の伝説なら小説でも映画でも接したことがあるが、今は21世紀だ。
思わず疑問が口を衝く。
「あ、あの、羽倉くん。あの時はありがとう。でも、あのお化けは、誰かが操って僕に差し向けたってこと?」
正直、実感がないのが誠弥の本音である。
わざわざ命を狙われるような覚えなどない。
霊感が鋭い以外の突出した取り柄など持ち合わせていないし、家庭環境その他からしてもVIPには程遠い。
自分を襲うことで、何か得する誰かがいるとは、とてもではないが信じられない。
「ああ。おめえの場合は、霊感だよ。それ、普通に生きてても支障があるくらいの鋭い霊感だろ? 要するに、霊気の質が高い。妖怪を養うエサにちょうどよかったから襲われたんだ」
元喜からこともなげに告げられた内容に、誠弥は卒倒せんばかりに青ざめる。
自分がエサ、すなわち「食糧」として見られたということなど、生まれて初めてだ。
自分はチーターが追いかけるインパラと同じ立場だったのだ。
ぞっとする。
暴力的に扱われるだけでもショックなのに、生肉と同じような食糧扱いされるのはここまでおぞましい。
「ちょっと!!」
千恵理ががたりと立ち上がる。
「大道くんをエサ扱いしたですって!? 誰なのよ、それ!? 放っておける訳ないでしょ!?」
元喜がむしろ静かな目で千恵理を見据える。
「おめえは、龍神の血を引いてるって奴か。その年の割には並みではない使い手なのはわかるが、それでもこいつはヤベエんだ。相手は百戦錬磨だ。ただ強いだけじゃ、足元掬われるのがオチだ」
誰なのだろう?
誠弥は千恵理と青ざめた顔を見合せる。
そんな人間がこの街にいるだなんて。
いや、人間とは限らないかも知れないが、とにかく、そんな魔王みたいな怪物がこの街に居座っているだなんて。
全く気付かなかったのだ。
いつからなのだろう?
と。
「にゃーん」
礼司が、いつの間にか例の可愛い黒猫姿に変身している。
そのまま机を伝い、元喜のところへ歩み寄る。
「いやー、天狗さんかにゃあ。トリだにゃトリだにゃ。ああ、ぬくいにゃ」
ひょい、と組んだ元喜の足の上に、猫が座る。
「……」
振り払うかに思えた元喜は。
そのまま、思わず撫でまわしてしまう。
ああ、ごろごろ。
「元喜くん。御両親にもあなたにも、お世話になっています」
紗羅が絶妙のタイミングで、そう切り出す。
「でも、それだけにあなたが心配ですよ。そりゃ、あなたは天狗の若様、期待の星で、その辺の高校生とは違うのは承知しています。でも、うちの大道くんを襲った妖怪といい、今回の殺人事件といい、あなたでも手を焼くのでは?」
誠弥は千恵理と再度顔を見合せる。
「天狗の若様」。
どうも、元喜は一族内部でそれなりの地位にある存在らしい。
人外の内部でそうだということは、生まれが高貴なだけではなく、実力も伴っているはずだ。
元喜は、力なく笑って両手をひらひらさせる。
「ああ。確かに手は焼いているぜ。奴め、俺を敵だと認識して、巧妙な方法で陥れに来やがった。流石に警察の取り調べは、俺も面倒だったよ。だが、俺も普段から気を付けて人間を装っているんでな、熊野御堂の娘。バズーカ砲なんか持ってないといえばそれまでだ」
紗羅はうなずき、じっと元喜を見据える。
「やはり、殺人事件の犯人はあなたではないのですね。それはそうですね。あなたが人間を殺すのなら、天狗の武器なんか必要ではない。ビンタでもかませるか、念を入れるなら、天狗の神通力で帰って来られないような僻地にでも置き去りにすればいいだけですものね」
元喜は、ようやくだというように溜息をつく。
「わかってもらえたか? なら、今度は俺の言うことを聞け。しばらく、オカ研の活動は休止しろ。動画サイトで心霊スポット探訪映像でも見て、しばらくお茶を濁すんだ。全部終わったら、俺が教えにきてやるから、その後なら通常営業に戻っていい」
相変わらず、膝上の猫を撫でながら、元喜は一方的に言葉を投げる。
ん、かっこいいけど、猫又の魅了にはかかってるんですね、天狗。
と、その時。
慌ただしい足音が近付いて来る。
「羽倉くん!? ああ、やっぱりここにいた」
顧問の平坂が、部室の扉を引き開ける。
「担任の仁科先生のところに行かないとだめじゃないか。警察でそんなことを訊かれたか、ちゃんと報告しないと、先生も我々も手の打ちようがない」
元喜はおもむろに猫を自分の膝から机の上に移動させる。
オカ研メンバーに向き直り、
「つーことだお前等。わかったろ? しばらく大人しく。じゃあな」
そのまま、元喜は、平坂に先導されるように、部室から姿を消したのだった。