「にゃーーーーん」
県立城子高校オカルト研究部部長、黒猫礼司は……名前の通りの黒猫として、うららかな春の空に猫声を響かせる。
市の中心部に近い割には、面積の広い公園である。
古い時代の城壁が一部残る、遺構の敷地をそのまま転用した公園。
昔は知らず、今は気持ちのいい木立と花の咲いた低木の植え込みに覆われ、市民の行き来も多い。
例の事件のあった公園と違って、人の目の多い、開かれた場所である。
しかし。
そんな「開かれた場所」にも、人ならざる者はいる。
と、言っても、猫、なのだが。
日に照らされて暖かな灰色を呈する石垣の遺構の影になったあたりに、猫の輪が出来上がっている。
礼司は、黒猫姿で、その輪に近付く。
いわゆる、猫集会に飛び入り参加したのだ。
これ以降は、猫語でお送りします。
「やあやあ、みんな、元気だったかな? 何か変わったことはあったかにゃあ?」
礼司はみゃあみゃあ言いながら、輪に近付く。
「お、おめえ、猫又のとこの小倅かあ。しばらくぶりだなあ」
そう応じたのは、一際体の大きな白猫。
ペルシャの血でも入っているのか、鼻面が潰れて、かと言って長毛というほどではなく、お世辞にも美形とは言い難い猫だが、威厳なら猫離れしている。
「やー、どうもどうも。なんか、人間界は最近物騒ですなあ。嫌になって、リラックスしに来ましたよ」
威厳ある白猫ににゃあにゃあ挨拶し、礼司は周囲を見回す。
今回の集会に参加している猫は十数匹ほど。
野良と半野良が多いが、ぽつぽつ外出を許されている飼い猫も混じる。
「あー、知ってる。ご主人が言ってた。人間の若い子が近所で殺されたんだって? もしかして、あんたが人間のフリして通っている『がっこう』の子?」
黄色と白の首輪のサバトラが口を挟む。
彼女は飼い猫であり、恐らく今朝のニュースを見ながら飼い主一家が何やら噂してたのを覚えていたのだろう。
「や、うちの学校の生徒ではないんですが、犯人の濡れ衣を着せられた子なら、うちの学校にいましたよ。だいぶあちこちで喧嘩して回ってたみたいですな、殺された子」
やー、人の恨みってやつは怖いですなあ。
礼司はちょいちょい顔を洗いながらそんな風に口にする。
「殺された子にゃあ。デカくてゴツイ子じゃなかったかにゃあ?」
ふと、礼司のすぐ脇の茶トラが鳴く。
「その子、だいぶあちこち変な場所に行ってるから覚えてたにゃあ。人間なのに隠れ家を幾つも持ってるにゃあって」
礼司の銀色の瞳がきらりと光る。
尻尾をゆらゆらさせながら、好奇心を惹かれた風を装い、茶トラに向き直る。
「ほうほう、その子、自分の巣の他に隠れ家があったんですかにゃ? まだ若いのに、意外とやり手だにゃあ?」
ちなみに隠れ家ってどこ? と礼司は面白そうに尋ねる。
茶トラは更ににゃあ。
「大きな柳の木の傍の、灰色の家にゃあ。今はずっと住んでいる人はいないみたいにゃけど、その子は勝手に入ってたにゃあ。あ、生きてないのだったら、ずっと住んでいるのはいるけど、人間の家だと死んでるのはノーカンにゃ?」
ふむふむ、と髭をひくつかせながら、礼司はめまぐるしく記憶を辿る。
大きな柳の木の傍の、空き家。
その話を聞いて一か所だけ引っ掛かる場所がある。
地元では古い住宅街として知られる、O町の空き家。
確か十年くらい前まで、人が住んでいたはず。
何かいわくつきの事件が起こって、結局最後の住人以降、誰も寄り付かなくなった、という話は聞いている。
オカ研の実地調査の対象にしようかと目を付けていた場所の一つ……ではあったが。
礼司は更に突っ込む。
「その、生きてない住人って、どこの幽霊にゃ?」
茶トラはにょっと首をかしげる。
「あたまツルツルだったにゃ。なんかばさーーーーっとした黒っぽい変な服着てたにゃ」
礼司は興奮で目を見開く。
「剃髪……袈裟? お坊さん……?」
この町に住んでいた僧侶だったとしたら、詳しく知っているはずの眼鏡の子を思い浮かべる。
彼女自身が知らないくらい昔の亡霊だったとしても、彼女の両親なら何か知っている可能性は高い。
すぐに、情報の摺り合わせを。
礼司が何かの匂いを嗅ぎつけて、耳と鼻を公園の入り口の方向へ向ける。
軽快な足音が、こちらへ近付いてくる。
「……部長? ここにいらっしゃいましたね!!」
案の定。
紗羅が制服姿のまま、小走りで近付いてくる。
猫たちに警戒されない距離を保ち、礼司に手招き。
礼司は、猫たちに爽やかな猫笑顔を向けると、すぐ紗羅に駆け寄る。
ぽーーーーん、とその手の中に飛び込む。
「……収穫はあった!! アジトがわかったかも知れない!!」
紗羅はうなずく。
「こちらも。天狗一族の方からの情報で、それらしい奴を洗い出しました。もう死んでるけど、ある意味生きてるのより厄介ですよ」
礼司はにゃあ、と鳴く。
「やはり敵はもう人間でない、奴だな」
あとは、龍神様の加護だな。
礼司は紗羅と顔を見合せ、うなずき合ったのだった。