3-6 過去の亡霊

 神々に創造されし種族と呼ばれる「神聖六種族」同士の関係は、微妙なものだ。

 

 まず、天に去った霊宝族と、地上に残った他の五種族との仲が冷え切っている――というより、今や交流が存在しない――というのは大前提だ。

 が、地上の五種族同士も親密かと言えば、どうひいき目に見てもそうは言えない。

 龍震族と蛇魅族、妖精族と獣佳族のように歴史上関係が深い種族だったら、例外的に親密な関係が成立することもある。が、基本的に五種族同士も「敵になり得る存在」でしかないのだ。

 

 それもこれも、霊宝族が地上に残していった置き土産、遺跡が地上を蝕んでいるからだ。

 少なくなった居住好適地を、五種族は必然的に奪い合う定めとなった。

 対霊宝族の大戦では、あれほど緊密に連携していた地上五種族だが、いざ共通の敵がいなくなると、すぐに互いに争いだした。争わざるを得なかった――安心して暮らせる土地を確保できなければ、死ぬ他ないのだから!!

 

 ある程度情勢が安定してくると、五種族は何となく互いを嫌厭し、それとなく避けながら生活することが多くなってきた。

 ある種族が多勢を占める国家や勢力内部では、どうしても必要でない限りは他種族は入り込むことがない。それがこの世界の不文律だ。

 昨今では海の向こうのニレッティア帝国を始め、必ずしもその不文律に縛られず繁栄を築く例も出てきているが、長年積み重ねられた相互不信、そして忌避感は、そう簡単に修復できるものではなかった。

 

 しかし。

 何事にも、例外はある。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

 裂帛の気合いと共に、突き出された爆砕槍日輪白華が巨大な古魔獣を爆散させた。

 ばらばらと飛び散る微細な残骸、床に積もる前にすうっと消えていくものもある。

 その背後に現れた金属扉を見やり、オディラギアスは槍を引いた。

 

「さて……これで何番目だ?」

 

 レルシェントが背後で双刀を収める。

 

「もう十二番目のゲート……そろそろ、終わりが見えてきてもよろしいはずなのですけれども」

 

 実際に双刀で切り刻むというより、武器を媒介に魔法で攻撃しているレルシェントも、流石に少し疲れを感じていた。

 

 この巨大な岩山を丸ごとくりぬいて作られた宮殿というべき建物は、十数階の層が重なっており、更にその内部で幾つもの区画に分かれていた。

 その区画や層を移動するごとに、通行許可を申請するためのコンソールが設置されたゲートエリアが存在しており、先に進むためにはどうしてもそこを経なければならない。

 しかし、そうしたゲートエリアには必ず、「番人」というべき強力な機獣や古魔獣が配置

されていた。

 遺跡内部に放たれた機獣や古魔獣に加え、一行はそれら「番人」にも対応しなければならなかったのだ。

 

「うへぇー。マジでゲームみたいじゃん!! 実際やるときついもんだねー」

 

 という、イティキラの相変わらず正直すぎる感想は、実際一行全員の心の声の代弁でもあった。

 

 

「……やっぱりさあ、この世界の……霊宝族の人の作った遺跡なんだね、コレ」

 

 じりじりと進んで、遺跡最深部も近付いたその小部屋。

「ソウの庭園」を展開して休憩していた一行の中、いつもの中庭のテーブルで、マイリーヤがぽつりと洩らした。

 彼らの前には、ミルクティーとお茶請けのマドレーヌが並べられている。

 

「ん? そりゃあ、霊宝族以外の、誰がこんなケタ違いな遺跡」

 

 言いかけたゼーベルを、マイリーヤは首を振って遮った。

 

「そういう意味じゃなくて。……レルシェはともかく。一般の霊宝族は、ボクたちを嫌ってるんだよなあって、再認識した訳」

 

 はぁあ、とやるせない溜息に、一同の間に、落胆と納得を混ぜ合わせたような空気が広がる。

 

「……そうでやすねえ。特にあっしら人間族は嫌われてそうだ。何せ、魔法の師匠になってくれてた霊宝族の方を、あっしら人間族出身の若造が殺害したのが、例の『大戦』の発端だって言いやすからねえ」

 

 しかもその後がまた酷い、と、ジーニックは溜息をつく。

 かの大戦は、いまだに人間族に影を落とす。

 三千年経っても手が届かない霊宝族の文明への妬心は、人間族をして霊宝族ばかりか他の種族への偏狭さまでも、八つ当たり的に生み出したのだ。

 

「……ボクら妖精族だって、酷いって点では似たようなもんだよ。人間族の悪魔の発明、霊宝族の額の宝珠をえぐり取って作成する魔法杖を、積極的に採り入れて発展させたのがボクら妖精族なんだから」

 

 昏い一族の歴史を、マイリーヤは口にした。

 実際、それは妖精族なら誰でも知っている事実だ。

 このような忌まわしい事実が、臆面もなく語り継がれている理由はただ一つ――妖精族が、いまだに霊宝族を憎んでいるからだ。

 共に魔力の高い種族として知られる妖精族と霊宝族だが、行使する魔法の高度さ、そして魔導知識や技術において、霊宝族が何歩も先を行っている。そんな彼らを、妖精族は密かなコンプレックスと共に嫌っているのが常だった。

 

「まあ、それを言い出したら、霊宝族に嫌われていない種族など存在せぬであろう。なにせかの大戦は、実質霊宝族対他の五種族で行われたのだから。こちらの遺跡のAI殿は、いまだにその設定のままということであろうな」

 

 ふう、と重い吐息を洩らしたのはオディラギアスだ。

 並の龍震族より、過去の歴史文書などに親しむ機会の多かった彼は、自らの種族と霊宝族がどれほど激しく憎み合い、争ったのか知っている。龍震族は霊宝族を許しがたいほど傲慢で不気味な種族と捉え、霊宝族は龍震族を救い難いほど野蛮で低劣な種族と決めつけていた。

 

「あたいら獣佳族なんか……ま、他の種族も似たり寄ったりだったのかもだけどさ。自分たちで高度な文明を維持することもできないくせに、文明を発明発展維持させてきた霊宝族に喧嘩売ってさ。その人たちがいなくなったらあっという間に原始に逆戻りだよ。情けないったら」

 

 イティキラが人間の上半身をぺたりと石のテーブルに伏せる。

 霊宝族のもたらしていた文明の恩恵を失って後、最もダメージが大きかったのは、獣佳族だと言われる。彼らはほかの種族から比べても加速度的に、文明を失っていった。自然と親しむ種族である分、文明とのリンクが切れると、速やかに生活レベルが「自然のまま」に戻ったのだ。

 それが楽園への回帰でなどでは有り得なかったのは、その後起こった数々の悲劇が証明している。

 

「……酷いってんなら、俺ら蛇魅族なんか一番酷いぜ。何せ、あっちの世界の表現で言うならコウモリだ。どっちつかずの態度で漁夫の利を得ようとして、んで、霊宝族が負けそうだって分かったら掌返した。それまで散々、世話になっておいてな」

 

 ふう、とゼーベルが精悍な顔をしかめる。

 彼の信条からすると虫唾が走るようなことなのであろう

 しかし、これは三千年前、確かに彼の先祖が行ったこと。その不品行の穢れは、いまだ蛇魅族を苦しめる。

 他の種族同様、霊宝族からは無視されているが、他の五種族からは、霊宝族に一時は通じた信用のならない種族と陰口を叩かれるのである。

 

「……あたくしは、霊宝族ですけど、皆さんが好きですわよ」

 

 ふと、レルシェントが静かに切り出した。

 

「信用のできる方々に、ご縁あって巡り合えて、そして受け入れていただけて心底嬉しいのですわ……正直、もっともっと化け物扱いされるかと思っておりましたもの」

 

 神託は、地上で信用できる仲間ができるということを示していた。

 しかし、巫女でありながら、レルシェントはそれに関しては疑いを拭うことをできずにいた。

 彼女ら霊宝族と、他の五種族の間に横たわる溝は、あまりに深いように思われた。

 レルシェント個人が地上種族に興味があっても、彼ら自身には受け入れられないだろうと。

 

 しかし。

 元「現実世界」の記憶があるからだろうか。

 レルシェントたちは無事にチームとして成立した。

 自然に、心を開くことができた。

 それはさながら、そうなるべきと、最初から定められていたかのような運命の流れで。

 

「皆さん。あたくしどもの誰も、もはや過去の亡霊に取り憑かれている時ではございませんわ」

 

 レルシェントは、一同の顔を見回した。

 

「あたくしは……この世界の由来と、『これからどうなるのか』が知りたいのですの。過去にあたくしども種族の間にあったことは学びました。なら、これからは? それが見えないから、あたくしは旅に出たのですの。世の中には、自分で掴み取りに行かなくては見えないものがありますのよ」

 

 一同の誰もが、その言葉を受け取った。

 そして。

 静かに、過去の亡霊に、それぞれのやり方で別れを告げたのだった。