2-4 星償の儀の秘密

「星霊石」なら、砦にいくらでもあった。

 

 星霊石は、この世界で「魔物」に分類されるような存在を倒すと得られる、虹色に輝く多面体の宝玉だ。

 かつて、国家というものすら定かならぬ昔には、この星霊石が通貨として流通していた時代があったという。

 しかし、時代が進み国家の枠組みが出来上がり、国家の国力を示す貨幣経済が出来上がると、星霊石は、一種の補助通貨の地位に押し込められた。

 国や地域に関係なく共通して使えるので、その点では便利だが、しかし決して大きな買い物には使えない。せいぜい、子供の駄賃程度。

 

 そんな実用性に欠けるものが、何故かこの砦には、大き目の木箱で四箱ほどもあった。

 それに加え、レルシェントたち三人が、遺跡の事前調査のついでに溜めた星霊石が、同じ大きさの木箱に換算するなら二箱分ほど。

 

 これが、レルシェントが「星償《せいしょう》の儀《ぎ》」を行うに当たって、彼女本人と周囲が用意したものだった。

 

「レルシェント殿下。そもそも、『星償の儀』とは、どういったものなのだ?」

 

 会見室のテーブルの上、ざらざらと木箱から出されて積み上げられる大量の星霊石を見やりながら、オディラギアスが尋ねた。

 部屋は木箱を運び込まれて以降は人払いされ、オディラギアス、レルシェント、ゼーベル、マイリーヤ、ジーニック、イティキラの六人の他に人影はない。

 

「簡単に申し上げれば、我ら霊宝族の神、星宝神オルストゥーラにこの星霊石を捧げて、見返りに魔導武具、あるいは召喚獣などをもらい受ける魔術儀式ですわ」

 

 レルシェントは、要点を簡潔に述べる。

 

「それにいたしましても……太守様はこちらにご就任間もなくていらっしゃるにも関わらず、沢山の星霊石をお持ちですのね? 何にせよ、助かりましたわ。これだけあれば、かなり強力な魔導武器が人数分入手できるでしょう」

 

 さりげなくそう続けて、レルシェントはふと、オディラギアスの表情がおかしいことに気付いた。

 

「太守様……?」

 

「この、木箱の星霊石は、餞別《せんべつ》だ。父王からのな」

 

 歪んだ、苦々しい笑みがオディラギアスの整った顔に貼り付いている。

 

 オディラギアスの父は、オディラギアスを嫌っていた。

 理由は、何より体色が忌々しい白だから、それに加えて、遊び半分に手出しした下級官吏の娘から、たまたま生まれてしまって邪魔だから。

 そんな邪魔者を、困難で割に会わない辺境に追い出す時に、笑いながらくれた「餞別」。

 記憶にあるあの世界で言うなら、餞別にまとまった金ではなく、100円ショップの貯金箱に詰められた一円玉をくれるような非常識な行為。

 到底、親が血の繋がった我が子に行うとは思えないような、悪質な侮辱だ。

 しかし、オディラギアスは耐えた。

 げらげら笑う父王の前に、顔を伏せて礼を述べた。

 

「太守様、星霊石は、必ずしも武器を打ち合わせるような戦いの果てにだけ、授けられるものではないのだそうですわよ」

 

 説明されずとも何かを察したレルシェントが、そっと耳打ちした。

 

「星霊石は、『世界と対峙し戦った』ことの報酬として下し置かれるものだと申します。何かの圧力に無言で耐えた時、見えない何かと戦った時……すぐにそれと見える形ではないですけれど、何故か巡り巡ってその方の手に入るのだと、霊宝族の間では言い伝えられておりますの」

 

 オディラギアスは、ふっと笑った。

 何だか、少し、気持ちが軽くなった気がした。

 

「……あなたは嘘つきだと思っていたのにな。困ったことに嬉しい。信じたくなってきた」

 

 そっと。

 少しだけ見つめ合って、二人は微笑んだ。

 

「今だけは、信じて下さいな」

 

「そうする」

 

 

 レルシェントは、優雅な足取りで、星霊石の前に進み出た。

 

「太守様。こちらへ、私の隣へいらして下さいませ」

 

 すっと、しなやかな手が差し伸べられ、オディラギアスはその手に吸い寄せられるように、そちらへ近付いた。

 

「御手を拝借させて下さいませ」

 

 レルシェントに言われるまま、オディラギアスは自らの左手を、レルシェントの右手にあずけた。繊細で滑らかなレルシェントの手と、武具のようなごついオディラギアスの手が、重なり合う。

 

「……美しい御手ですのね。精緻で芸術的な武具のよう」

 

 まさか手を褒められると思っていなかったオディラギアスは、一瞬はっとし――思わず、彼女の手をぎゅっと握った。

 

「――砂の声、太陽の微笑み、汀《みぎわ》の幻、朝凪の欠片――」

 

 独特の抑揚を伴った、滑らかな詠唱が、オディラギアスの手を取ったままのレルシェントの口から紡がれる。

 古風な表現、そして何かの規則性を伴っているらしい韻律が、包み込んで天の高みにふわりと押し上げるような、快い高揚感をもたらす。

 同時に、詠唱が高まるにつれ、目の前に山と積まれた星霊石が、光を発しながら浮かび上がり、宙空に形作られた光の幕のようなものの中へと吸い込まれていく。吸い込まれる量が増えるにつれ、その魔力でできているのであろう光の幕はどんどん輝きを増していった。

 

「――聖なる門、女神の御手、今ぞ光ありて!!!」

 

 最後の詠唱が唱えられると同時に、光の帳の中から、何か輝く細長いものがゆっくり降りて来た。

 

「太守様、あれが我らが神より、あなた様に下し置かれた魔導武具です。お取りになって!!」

 

 促され、オディラギアスは両手を伸ばしてそれを掴み取った。

 

「これは――」

 

 オディラギアスの脳裏に、その魔導武具の名称が鮮やかに浮かび上がった。

 

 爆砕槍日輪白華《ばくさいそうにちりんびゃっか》

 

 オディラギアスの唇は、我知らずその名を声に出して紡いでいた。

 

 全体が、白く輝く未知の金属でできている。

 通常の槍より穂先が大きくダイヤ型で、刺突ばかりか斬撃にも向いた造りになっているようだ。

 名称の通り、白い花のつぼみと太陽光線をデザイン化したような華麗で豪壮な作りである。

 そうでありながら、武器としてのバランスは完璧で、まるでオディラギアスの体格にピッタリ合わせて作られたかのように、彼の手の中に収まった。

 

 その凶暴なまでの性能が、洪水のようにオディラギアスの脳裏に流れ込んできた時、彼の龍震族としての本能が燃え上がった。

 凶暴なまでの悦びを見せる彼を、レルシェントは満足そうに微笑んで見守っていた。