「これは……」
手の中の輝く槍を眺めながら、パイラッテ将軍は、何度目になるか分からない感嘆の溜息をこぼしていた。
「素晴らしい……こうしているだけで魔力をびりびり感じる……」
そこは、パイラッテ将軍に割り当てられた執務室だった。
宮殿の他の場所と等しい緋色の絨毯、年月を感じさせる、重厚な家具。
獣佳族用に設えられた、丈の低い幅広の座面の椅子に虎の四肢を折り曲げ、モアゼ・ジュクル・パイラッテ将軍は、目の前の机に積まれた「それら」を鑑賞していた。
「霊宝族の武器」を見たことがない訳ではない。
それらは、時折だが、遺跡やその周辺で発掘される場合もある。
しかし、それらはとっくの昔に主を失い、「役割」を終えており、例え所持したとしても「起動」させることはできない。
そもそも、「霊宝族の武器」――あの地下牢に入れた者らは「魔導武器」と呼んでいたが――は、特定の所有者とシンクロしており、その所有者でない限りは装備すらできないのだ。
無理に装備しようとすれば――
「くかッ!!」
日輪白華を構えようとしたパイラッテ将軍は、その瞬間、両腕を走り抜けた電流のようなエネルギーに打たれて、槍を放り出した。
「くふぅ……やはり無駄か」
唸るような口調で、パイラッテ将軍は椅子に四肢を投げ出した。
しばしあって、のろのろと白く輝く槍を拾い上げる。単純に持ち上げるだけなら、魔導武器からは攻撃されなかった。
「惜しい……誠に惜しい。これだけのものを前に……むぅ」
納得いかなげに、パイラッテ将軍は目の前に積まれた宝の山――魔導武器を見下ろした。
太陽のように輝く槍は、柄(え)に繊細華麗な紋様を刻み付けられている。
それが単なる装飾ではなく、絶妙な滑り止めであるというのは、手にしてみて初めて分かる。
一見過剰な装飾に見えた太陽型の突起は、むしろ攻撃力を増すための魔導器だということも、これだけ近付けば判別できるというもの。
それは、他の魔導武器にしても同じだ。
玄妙な夜空を切り取ったかのような双刀が漂わせる魔力は、いい加減魔法戦にも慣れたパイラッテをして、心胆寒からしめるものがあった。
それがそこにあるだけで、放つ魔力から空気が変わる。
違う世界を垣間見せられるような、奇妙な浮遊感と高揚感。
その威力、まさに神器。
あの、霊宝族の女が所持しているだけのことはあった。
その隣には、銃……らしきものもある。
いや、確かに銃だろう。
だが、どこにも弾丸を装填するための開口部がない。
造りから想像するに、内部に仕込まれた魔導機関を介して、所有者の魔力を弾丸にするものであろうか。似たタイプの発掘品や、文献上の記録なら見たことがある。
軍人として、嫉妬に似たものすら感じる武器ではあった。
それと重なるようにして禍々しく輝く深紅の太刀は、今すぐどこかへ放り出したくなるような、総毛だつような気配を漂わせている。
並の人間族の身の丈ほどもある刀身からは、肌にびりびりするような魔力が放出されている。
獣佳族のパイラッテだからこそ分かる、これは生命そのものを蝕む種類の魔力だ。
斬りつけられた者は、毒に侵されよう。
そう簡単には解毒のきかぬ、死毒に。
不思議な紋用の走り回る材質不明な長い鞭は、未知の機構で、宙空に魔法陣を描いていた。
これは、魔法技術担当官に依頼して、解析を進めるべきだろうか。
確か、あの召喚術を心得た商人の小倅の得物だったはずだ。
早とちりは危険だが、しかし、かなり高度な――「召喚獣」というより「召喚魔神」レベルの存在を、あの小倅は入手している可能性もある。
かつての、霊宝族たちに関する記録にあること。
その辺りも含め、調べねばなるまい。
最後に取り上げたのが、自分と同じ獣佳族の娘が纏っていた、格闘術用の籠手と脚甲。
正直、「我が物にできるとしたら、どの魔導武具を選ぶか」と問われれば、真っ先にこれを挙げるだろう。
情報局からの断片的な情報によれば、この武器は近接格闘ばかりか、不思議な力で打撃を遠方に飛ばして、まるで魔法や銃器のように遠隔攻撃ができるという。
格闘術の良いところは敵の動きをコントロールしやすいことだが、これは遠隔でそのコントロールができるらしい。
あの槍にもそそられたが、獣佳族として、軍人として、そして何より一人の武器マニアとして、この武器は……
「……いかんな」
ともすれば突っ走りそうになる己の心を、パイラッテは無理矢理抑え付けた。苦笑が浮かぶ。
これは、仕事だ。
自分の仕事は、この武器をかすめ取ることではなく、製法を突き止めて量産できるようにすること。
「……あの霊宝族の女。製法を吐かせねばならん」
なんなら古の時代のように、拷問に頼ってもいいだろう。
男臭い顔を凶暴に歪めたパイラッテの頭上の電気灯が、まるで幽霊の手に触れられたかのように、点滅して消えた。