マイリーヤには、目の詰まった木材を削り出し、新緑のような鮮やかな緑色に塗装した骰子。
数字は金色で、絵紋様の柄は世界精霊フサシェリエの聖紋である世界蝶。
ゼーベルには、金属で複雑な紋様を形作り、組み合わせた造形的な骰子。
数字は凝った浮彫、絵紋様は、創造神ビナトヒラートの聖紋である、尾を噛んだ蛇。
そして、イティキラには、まるで金属のように硬い黒い象牙めいたものを、細長い紡錘形に角ばらせた10面体に刻んだ骰子。
数字は白を始め色とりどり、絵紋様は、獣王神イティリケルリテの聖紋である獣頭。
それぞれの10個ほどの骰子は、それぞれ洒落た革製の巾着ポーチに入れられ、一緒に聖紋を染め抜いたフェルト張りの木製ダイストレーが添えられている。
「懐かしい~~~!!! TRP(テーブルトークアールピージー)のあれじゃんーーー!!! ボク、前の世界でよくやったよー!!」
きゃいきゃいとはしゃいだ声を上げたのは、マイリーヤだった。
「そっかー、つまり、これは幸運判定の特殊なやつなんだね? このダイス、マジックアイテムなんでしょ? このダイスを振ると特殊な魔法が発動して、出た目に応じた幸運な、あるいは不運なことが起こる……」
「あー、懐かしい。でも、TRPGだったら、参照する能力値(パラメータ)ははっきりしてるけどねえ。現実に生きるあたいらじゃ、『持ってる運の良さを数字に置き換えたらどのくらいか』なんて、分かんないからなあー……」
同意したのはイティキラ。
置いてけぼりにされたのは、男性陣二人だった。
「おーい、なあ、おめえら、これが何か知ってるのか? 説明しやがれ?」
珍しく控えめに突っ込んだゼーベル。
「テーブル……えーと、あーるぴーじーって、あのRPGでやすよね、ゲームの? ま、確かに元の世界からするとゲームみたいでやすが、ここ。まさか、この世界がゲームと同じだなんてことじゃ……」
思わず口走ったジーニックの前に、マイリーヤがすく、と立ち塞がった。
「ふふふ。TRPG(テーブルトークアールピージー)とは何か!! それは、あっちの世界でゲーマー歴15年だった、このマイリーヤちゃんが説明しようっ!!」
きゅぴーん。
「そもそも!! 日本ではRPGというと、テレビゲームのあのRPGを指すことが多いけど、本来の意味はこのTRPGのこと。遊ぶシステムを決め、各PL(プレイヤー)がそれぞれ自分のPC(プレイヤーキャラクター)を作り上げて、そのキャラクターになりきりながら、GM(ゲームマスター)の作った物語の中で遊ぶのだ!!」
遊ぶ物語をシナリオっていう。
遊ぶシステムは、いわばゲームの記録媒体。カセットとかブルーレイとか。
そして、進行してくれるGMが、ゲーム機の役割だよ。
と、マイリーヤは丁寧に説明する。
「テレビゲームのRPGだったら、判定はゲーム機が勝手にしてくれるけど、TRPGではPLがそれぞれ自分でダイス――サイコロを振るんだよね。例えば、GMの操る魔物の回避の数値より、大きな数値を出せたら、攻撃が当たった、みたいな感じ。OK?」
ふーん、と、分かったような分からないような顔で、ゼーベルとジーニックが顔を見合せる。
「ええっと、じゃあ、こっちの魔導具? も、それと同じことなんでやすかい? 振って大きな目が出たら、何かいいことが起こるとか?」
ジーニックの問いに答えたのは。
「基本的にはそういうことよ。これはね、『奇跡判定』っていうの」
人形娘、ナリュラだった。
「あなた方の守護神、及びピリエミニエ様が、あなた方それぞれのためにどのくらいの『奇蹟』を起こしてくれるか、を判定するためのものヨー。今みたいに『クリティカル』っていって、物凄く良いことが無条件で起こることもあるけど、逆に目も当てられない失敗もあるから、そのリスクも覚悟してね!!」
一行は顔を見合せる。
「つってもなあ……」
「どうせ、このままここにいても、拷問されるとかがオチだよねえ……」
ゼーベルの言葉に、マイリーヤが答える。
「まあ、あっしが何とかなったくらいでやすから。とりあえず、気軽に振ってみてはいかがでやしょう?」
失敗しても、他のメンツがフォローできるんじゃないでやすかね? と気軽なのは、初回クリティカル成功をかましたジーニック。
「そうだよな、そもそも、このごたごたに神様連中が関わってるなら、基本あたいらには上手くやってほしいはずだよ」
イティキラが、推理を述べる。
「わざわざ、あたいらに不利になるようなものは、寄越さないんじゃないかって思う。挑戦してみた方が、有利になるんでない、基本的に?」
なるほど、という空気が支配した。
ナリュラがニコニコと見守っている。
「よーし、ボクが振るぞっ!! 吹き荒れるクリティカルの暴威と呼ばれたリアルラック、ご覧じろ!!」
「またGMやってる時限定でナー」
マイリーヤの高らかな宣言に素早く突っ込んだイティキラに、しゃらっぷ!! と叫んでから、おもむろに彼女は骰子を取り上げた。
目の前の床にダイストレーを設置し、しゃしゃしゃっと手首を振り。
「おお、何か手慣れた感じがするでやすねえ」
「手錠が残念ではあるが、まー……」
無責任なジーニックとゼーベルに、しーーーっ!! と威圧の声を上げ、マイリーヤはトレーからこぼれない程度の勢いをつけて、ダイスを転がした。
ころんかろん。
「……9?」
マイリーヤは目を見開く。
「おめでとー、クリティカルじゃない中では最高の目ー!!」
ナリュラがちりちりと手を打ち合わせる間に、マイリーヤの目の前に、魔導武器と荷物がどさどさっ!! と振って来た。
同時に、手錠がひとりでにがしゃりと落ちる。
「ア、目が良かったから、ちょっと色付いたみたいよ? 路銀として、ちょっとこの国の金貨の袋を贈呈ー。荷物のバッグに入ってるよ?」
ナリュラに言われて、思わず荷物をまさぐったマイリーヤは、歓喜の声を上げた。
「お、おし、目がでかいか、絵のやつが出ればいいんだな、把握したぞ?」
ゼーベルが凝ったデザインのメタルダイスの中から歯車模様のかっこいいものを取り出し、勢いをつけて振り始めた。
「うらー!!」
がろん、ころん。
「……5、だが、これは……」
真ん中の目だ。失敗か成功か、咄嗟には判断できなかった。
「せいこーう!! アナタ、意外と元のラックがいいね」
ナリュラが言う先から、ゼーベルの目前に武器と荷物が降って来た。
同時に崩れるようにちぎれ落ちる手錠。
うおお、と興奮した叫びを上げつつ、ゼーベルはいそいそと太刀を背中に括り付けた。
ようやく落ち着いたと言うように、安堵の深い溜息をつく。
「よ、よーし……あたいで最後だな……」
緊張の面持ちで、イティキラは呟いた。
仲間とナリュラの視線が、一斉に自分に注がれるのを感じる。
「だ、大丈夫だよ、うん、ほら、前の世界でだって、イティキラの出目はいつも腐ってた訳じゃなかったし!!」
ぐっ、と、マイリーヤが拳を握る。
「クリティカルの嵐が吹き荒れることもあったけど、たまーに仄暗い水の底からファンブルの渦が湧き上がってくるだけだよっ!!」
「殊更、縁起悪い表現でファンブルとか言うなあ!! 思い出しちまっただろー!!!」
鎖をじゃらじゃら言わせて悶えるイティキラを、クリティカルで切り抜けたジーニックとリアルラックで押し切ったゼーベルが、生暖かく見守っていた。
悲鳴じみた叫びを、ナリュラはくすくす聞いていた。
「さー、アナタで最後っ!! 悪いようにはならないはずって、ご自分で言ったのよね!?」
ニコニコされて、イティキラは、無理矢理のようにうなずいた。
「お、おーし、やるぞー!!」
じゃらじゃら、しゃっしゃっ。
イティキラは、特に洒落た模様の刻まれた紡錘型ダイスを、思い切って選び出して振った。
「うらーーーーーーー!!!」
ころろん、ころろん。
「あ……れ?」
出た目が――1。
「あーらー、ファンブルー!!」
「えええーーー!?」
それでも。
目の前には一応、武器と荷物が降って来た。
でも、手錠と足かせは揺るがない。
そんなイティキラの前に。
「おい、何してる!!」
上階に続く階段から、どやどやと人影が降りて来た。