「……うわぁあああぁあぁ……って、あれ?」
ジーニックは勢いよく「ピンチに陥ったヒーローぽい叫び声」を上げようとして、途中で固まった。
「何でやんすか、ここ?」
ジーニックばかりか、一行六人、全員揃っていた。
そこは、淡い金色の光が降り注ぐ、聖堂のような場所だった。
つい先日まで当たり前のように接していた、メイダルの宗教施設に少しだけ感じが似ている。だが、明白な違いも感じられる不思議な造りだ。
螺旋状の柱の上には、まるで天に差し上げられたかのような――巨大な、骰子の石像が、ででん、と乗っかっていた。
オーソドックスな六面体から、八面体、十面体、十二面体、二十面体。
空中には、互いに追いかけるように転がる複数の骰子の幻が浮かび上がっては消えて行く。
奇妙なその空間は、光降り注ぐ不思議な空間に存在しており、螺旋柱に囲まれた円形の空間の中央には、石造りの円卓のようなものが鎮座していた。
更にその向こう、壇のようなものが設えられたその上には、玉座のようなものが鎮座しており――奇妙なことには、その手前に、まるで裁判員の席であるかのような重厚な机が据えられていた。
ふぅわりと、空間が揺らめいた。
机付き玉座には、華奢な少女が。
そして、不思議な石材で造られている円卓には、どことなく見覚えのある姿が。
思わず一行は、まじまじと見る。
机付き玉座に座しているのは、明らかにあの中二神……もとい、ピリエミニエ神。
そして、円卓を取り囲んでいるのは。
「……あの者たちは……まさか?」
オディラギアスが息を呑む。
そこにいたのは。
煌く星層石を額に戴き、キラキラ光る銀色の髪を長くした、美麗この上ない女神。
頭部に曲がりくねった六本の角、背中の翼は三対六枚ある、金色に輝く壮麗な龍神。
背中に四対のステンドグラスのような翅のある、輝く妖精神。
黒髪に黒虹色の鱗の、艶麗この上ない、半人半蛇の女神。
逞しい人間の上半身に、さらに逞しい白獅子の下半身を持つ、雄々しい半獣神。
肉体の周囲に常に様々な幻が浮かび上がっては消える、美形の青年神。
「……あの方々……!! 間違いないわ、神々よ……!!」
レルシェントが息を呑んだ。
「最高神と……その下の円卓に就く六柱の神……まさか……六大神だというの……!?」
六大神(ろくだいしん)。
この世界、「神々の遊戯場」において、神々を崇め、その命に従い世界をより良くする任を負うとされる「神聖六種族」を創造したとされる神々。
最高神にして遊戯神、ピリエミニエの遊び相手。
「やはりか」
オディラギアスが低く呻いて、彼らを見やる。
彼始め六人は、円卓から少し離れた、全体を見渡せる位置に立っているような状態だった。
声をひそめているというほどでもないのに、六大神は、何故か六人の方を振り向きもしない。まるで、彼らか、もしくは一行かのどちらかが、まるっきりの幻でもあるように。
不思議ではある。
彼らの就いている円卓の上に、それぞれ広げられた、骰子とダイストレー、そして何か書きつける紙のようなものと筆記具らしきものまで見えるというのに。
「さーて!! 宿題は考えてきたかな、おまいらっ!!」
キンキンした声で、ピリエミニエ神が眼下の六大神に言い渡す。
「わたいがこのたび新しく作った世界――『神々の遊戯場』は、もちろん、わたいらが遊ぶための場所であるっ!! と言っても、直接わたいらがこの世界に降りていく訳ではないぞ!? その辺は説明したであるな?」
その声に一行は顔を見合わせる。
「えっ……今、『このたび新しく作った世界』つった!?」
目を白黒させるのはイティキラだった。
「言った……あの中二神様、言ったよ!! ……ってことは、ここって、この世界ができたてだった頃ってことだよね!?」
同じくあわあわしているマイリーヤ。
「……つまり、俺らが見ているこれは、世界創造直後の神界の光景だってことなんだろうな……」
微妙な震えがゼーベルの声に潜んでいるのは、とんでもないことに立ち会っている興奮のためか、それとも『人』の枠を踏み越えてしまっているかも知れないという畏れのためか。
そのセリフが聞こえた訳でもなかろうが、円卓の中央の空中に、鮮やかな青に輝く球体が浮かび上がった。
前にいた世界を記憶している六人には、宇宙から撮影した地球の映像がすぐに思い浮かぶ。
確かに、大陸の形や海と陸の割合などはかなり異なるが、生命の繁栄できる、水のある惑星に見える。
「これが、この世界の主要舞台である。ここなら、大体の生命は繁栄する。さて、おまいら」
ピリエミニエ神の言葉に、六人が思わず顔を見合わせた矢先。
「この世界が、わたいらの遊戯の舞台である。遊び方は以前、説明した通り。それぞれの神が一種族ずつ、知恵と意思のある人類種族を創造する。そして、そやつらをこの世界に解き放ち、この世界を豊かに発展させるという、壮大なゲームを行うのにゃっ!!」
その言葉の内容とは到底相いれないフザけた口調で、ピリエミニエ神はそう宣言する。
「うひょおおおおぉぉ!! これは、あっしら神聖六種族を創造するその場面てことでやすね!?」
さしものジーニックも感動してぷるぷるしている。
「もっと驚きなのが、神殿の付属学校で教えてくれるような、あの創世神話がマジモンだったってことでやすね!! 本当にあっしら、神様連中の遊びのコマとして創られたでやすよ!!」
大人になると、そして社会が発展すると、子供の時ほど、そして狭い社会であった時ほど、宗教が「真剣」ではなくなる。
俗塵にまみれた社会と折り合いを付けなくてはならないのだ。
幼い頃には感動した創世神話も、話半分の、過去の出来事程度になっていく。
それが、今まさに目の前で再現されるというのは、妙に興奮する話であった。
「さて……自らの支配種族を作れと仰られましても」
そう、発言したのは、金色の龍であった。
「我が大神ピリエミニエ。その者たちをどこに住まわすか決められぬことには、どうにも、作り出す気になりませぬな」
重々しく、渋い声が、金属塊を研ぎ出したかのような精悍な顔から投げかけられる。
同意したのは、隣に座っていた、額に宝石のある女神。
「バイドレル様の仰る通りです。生き物を解き放つ、ということは、必然的に、その土地との密接な関係の中で生きていくことを意味いたします」
耳に快い、余韻のある美声が、神々の耳も一行の耳も震わせる。
「その辺りをあらかじめ考慮できないことには、ピリエミニエ神に与えられた我らの創造の力も、無駄なものになるでしょう。被創造物である者たちにとっては、恐らく残酷もいいところの事態になりかねません」
この星宝神オルストゥーラ、そのようなことに同意できかねます、と、その女神は静かに、だが断固として口にした。
「世界龍バイドレル……星宝神オルストゥーラ……やはり、六大神で間違いないようだな」
オディラギアスは、腕組みして、彼らを見回した。
「しかし……ピリエミニエ神は、何故、このようなものを改めて我らに見せている……?」
意図が分からず、龍の王子は眉を寄せる。
自らの父なる神の創造の現場に立ち会えることは光栄であるが、しかし、事態が示す意味が読み取れぬというのは困る。
「まー、僕はどこだっていいけどねー。どんな場所にも適応する種族にしようって、あらかじめ決めてるからさ」
アハハと、いかにも軽薄に笑ったのが、体の周囲に幻を浮かび上がらせる人間型の神。
椅子にだらしなく寄りかかり、手の中で硝子質の骰子を適当に弄んでいる。
「あなたはそういうことがお得意でしょうね、アーティニフル様」
苦笑して見せたのは、反人半蛇の凄艶な女神。
「しかし、このビナトヒラートはそうも参りませんよ。何か創造に関わるものが確保できる地形でないと、わたくしの神威も届きませんからね」
艶やかな黒髪を揺らすその女神は、はふ、と溜息をついた。
「おおお……ビナトヒラートか。本物だ。神像もイケてるが、実物はなかなかどうして」
などと口を滑らせてマイリーヤに小突かれているゼーベルに、ジーニックの盛大な溜息が聞こえた。
「いいでやすねえ、美人のしっかりした女神様」
どうしたのかと振り向く一行の前で、ジーニックはぼそりと告げる。
「あっしら人間族の神なんか……なんでやすか、あれ? 物腰が、こう……軽薄過ぎるでやしょう? 服装が神様ぽくなかったら、ただのチャラ男でやすよっ!!」
……。
まあ、言われてみれば。
しげしげと流転神アーティニフルを観察した一行であったが。
「いいじゃん。人間族ってバリエーション豊富なんだからさ。必ずしも、創造神と似なくていいんだよ。ほっときな、見た目がチャラいくらい」
イティキラにそう言われ、ジーニックが視線を投げたその先には。
「さて、もしや「これ」は、こういう時のために使うもの、ですかな?」
どう見ても、イティキラの使っている「運命の骰子(ダイス)」とそっくりな骰子を手にした、ごつく男臭い半獣神の低く声量豊かな声が聞こえた。
「そうそう、イティリケルリテ、勘がいいであるな?」
ふひょひょと、ピリエミニエ神が声を立てて笑った。
「さぁ!! おまいさんたちのPC(プレイヤーキャラクター)がホームグラウンドにする場所を!! ダイスで決めるのだぁ!!」
と、突然、円卓上空に浮かんでいる青い惑星に、瞬時に国境線に似た、白い線が引かれる。
ついでに、その枠の中に1~10までの数字が浮かび上がった。
「世界を十分割したのである。さ、おまいら、ダイスを振りゃ。出た目が、おまいらのホームであるッ!!」
全く有難みなく、しかし有無を言わせぬ迫力のピリエミニエであった。
と、澄んだ虹色に煌く妖精神が、翅をはためかせた。
光の粒が散る。
「まず、わたしから行きますねー!! つえりゃ!!」
妙な掛け声と共に、マイリーヤ所持の骰子とよく似た、木製の骰子が、ダイストレーの中で打ち振られた。
かろろん、かろん。
「えーと、7です?」
彼女が首をかしげると、陸地の一角、シディス大陸西方が輝いた。
「む、なかなか良いぞ、フサシェリエ? 森林と、それを取り囲む草原を中心に、バラエティ豊かな地形と自然の恵みのある地域であるぞ?」
ニヤリ、と笑うピリエミニエを前に、世界精霊と呼ばれるフサシェリエは小さくガッツポーズを決めた。
三々五々、他の六大神が骰子を振る。
星宝神オルストゥーラ=ウーズル大陸
世界龍バイドレル=ボルファタ大陸中央部
創造神ビナトヒラート=ドゥルゴ大陸東方弓状半島及び内海
獣王神イティリケルリテ=モージェレッティ大群島
流転神アーティニフル=シディス大陸南東部
かくして、各神のホーム地域は決まった……かに思えたのだが。
「あー、おまいさん? 出目が早速腐ったオルストゥーラちゅわん??」
ピリエミニエが鷹揚な様子で、平然としているオルストゥーラに話しかけた。
「ここ、な。入れておいて言いにくいんだけど、本当は、人類種族のホームにできるように作ってない過酷なところなのな? どっちかつうと、人として極めちゃったつうか始末に困るような奴らを最終的にぶっこめたらいいな、みたいな……」
「左様ですか」
しかし、オルストゥーラは明らかに何かをひねり始めたようだった。
「ねえ……オルストゥーラ。振り直させていただきなさいよ」
ビナトヒラートが心配そうに覗き込む。
「このままじゃ、ピリエミニエ様もお困りになるわ」
微かに、オルストゥーラが微笑んだ。
「わたくしは、こちらをいただきます。その代わり……」
女神の提示したその条件に、神々も、そしてその光景を垣間見ている英雄たちも、息を呑んだのだった。