8-15 王者の試練

「あ、あれ?」

 

 唐突に目の前に見知らぬ光景が広まって、ジーニックが頓狂な声を上げた。

 

「どこでやす、ここ? あんまり見かけない場所でやすね?」

 

 記憶をまさぐり、引っ掛かるものがなかったらしく、ジーニックはきょろきょろと辺りを見回しだした。

 

 ゆるやかな丘陵が広がる、広漠としていながら緑深い土地だった。

 遠くに繁茂した森が見え、反対側を望めば、はるかにきらきらと大きな湖が見える。

 そこまで続く、蛇行した藍色は、かなりの大河であろう。

 

「ええと、今の今まで、六大神が神聖六種族を創造するところにいた、でやすよね?」

 

 ジーニックは、目をぱちくり。

 

「ああ。まさか、オルストゥーラさんが、生存に適さない、砂漠だらけかつ魔物だらけの土地をホームにする代わりに、霊宝族が他よりちょっと有利な能力を備えることを認めさせる……ってのは、驚いたぜ。そういうことだったんだな」

 

 ゼーベルはうむうむと唸った。

 

「妖精族が自然の恵みを感じ取りやすい体質に作られたとか、感動したけどさ……そう思った矢先に、ここってどこなの?」

 

 マイリーヤがきょろきょろした。

 

「何だかあったかい……っていうか、ちょっと暑いくらいだね。周りの植物とか、原素の流れとか、あんまり記憶が」

 

 オディラギアスが、ふむ、と鼻を鳴らした。

 

「周りの植生から判断するに、恐らく、ここはルゼロス国内だな。しかも、かなり南の方だろう。ガリディサ王国との国境付近かも知れん」

 

 ガリディサ王国とは、ルゼロス王国の南に国境を接する、主に蛇魅族が中心になって建国された国だった。

 そう巨大な国ではないが、地下資源に恵まれ、そこそこ豊かな国である。

 ゼーベルの両親は、この国からルゼロス王国に流れてきたらしい、という話を、彼がうっすら記憶していたが、ゼーベル自身は実際にそのルーツとなる国へ足を向けたことはなかった。

 

「うむ。気付いたか。真面目に勉強しているのであるな、偉いぞ!! 流石このミッションに選ばれたPC(プレイヤーキャラクター)であるな!!」

 

 例のキンキンした声が聞こえてきて、オディラギアスはそろそろと首を動かした。

 あんまり、見たくはなかったが。

 

「あ、中二神」

 

 ぞんざいな口調で表現するイティキラに、中二神ピリエミニエは、背中の翼をふぁさーと広げた。

 

「ふふふ。おまいらの言う中二は、この世界で言うなら絶対法則であるぞ? その自覚の元に行動せよ……っても、これから始まるミッションには、あんまり関係ないケドネー。どっちかつうと、大人の自覚が求められる話ですよ聞いているのか旦那!!」

 

 びしぃ!! と指さされて、オディラギアスはとりあえず視線を戻す。

 なんだこの状況……

 

「畏れ多くも、ピリエミニエ様」

 

 神への敬意を根っから叩き込まれている巫女、レルシェントが静かに尋ねる。

 

「ミッション、とはどういうことでしょう? 我々は、母である大司祭に下された、『全知の石板』がこちらに存在するという預言に基づき、参上いたした次第でございますが」

 

 あまりのことに、皆すっかり忘れていたが、「全知の石板」はどうなったのだろう。

 どうも、予想していたものと大幅に違う方向に向かっているような……

 

「まー、焦るでない、ちちしり娘」

 

 あんまりにもあまりだという呼び名でレルシェを呼びつけ、ピリエミニエ神は、ふぁさーと羽ばたいて彼女に急接近。真正面に立つと、いきなりわしっ!! と、レルシェントのダイナマイツな胸を鷲掴みにした。

 

「きゃっ……えっ……!!」

 

 神への敬意が溢れすぎていて、振り払うにも振り払えないレルシェントの態度をいいことに、中二女子に見える神は、むにむにと胸を揉み続けた。

 

「『全知の石板』は、おまいらがこのミッションをクリアしたら、きちんと手渡すつもりである。今はオルストゥーラ女神が保管しているゆえ、案じることはないぞ、ひょほほ」

 

 むにむにむに……

 レルシェは完全に固まっている。

 

「お、恐れながらピリエミニエ神よ」

 

 これは怒っていいものか、と困惑しながらオディラギアスがそう質問をさしはさんだ。

 話を長引かせず、さっさと追い払わねば。

「ミッション」とやらが何だか知らないが、訊き出せばいい。

 

「我々はどういったミッションを行えば」

 

「あ、うん。この丘をずっと超えたところにね。街がある。遺跡も近い。そこで、『世界にとって最善の選択』をしてもらう、というミッションなのな……ええ乳やなー。おまいさん、幸せ者よな、むっつり龍王子」

 

 ……なんか、「お前に言われる筋合いはない、つか、俺の女から手を離せ」と言いたいところであるが、注目すべきはそこではなく。

 

「遺跡近くの街で、最良の選択……」

 

「うん。そう。兵隊さんが集まってるのね。護衛士っていうの? 委託されて遺跡攻略する人らだけど、今回は、ちょっとヤバイことに手を染めてんのね」

 

 どういうことだろう。

 

「このミッション、名付けて『王者の試練』。説明はいじょー。実際、どういうことになってるかは、おまいら六人揃って確かめてきや!! ぢゃっ!!」

 

 最後にむにっ、とレルシェの胸を最後に強く揉んでから。

 

 中二属性に今やセクハラ属性も上乗せされた神・ピリエミニエは、一瞬で消え去った。

 

 固まった六人の英雄の間に、ひゅるん、と風が吹き過ぎた……