「さて、もう手勢は少なくなったみたいだなぁ? 三十匹もいなかったのか。それでこれだけやるたぁ、とんだバケモノだよ」
身も蓋もないきつい言葉と共に、遺跡の正面入り口から姿を見せたのは、イティキラだった。
その横に並ぶように、怒りの表情で舞い降りたのは、マイリーヤ。
「……許さない。お前らは絶対許さないからね!!」
宝石の瞳が怒りにきらめく。
彼女たちは、テレルズとミニアの横に護るように立ち並ぶ。
森の龍フンババが威嚇の声を上げた。
フォーリューン村の住人たちを植物で覆って戦いから庇っているのはこのドラゴンなのだが、無論森鬼たちには分からない。
対するに、遺跡の中心部に居残った森鬼の中核は、たった五匹になっていた。
その中で、一際巨躯の一匹が目立つ。
そいつが、この森鬼の群れのボスだと、ミニアとテレルズは知っている。
そいつは不格好な歯をぎしぎし軋ませながら、彼らを睥睨していた。
「諦めな。外へ回ろうとした奴らは、あたいらの仲間が始末した。もう、残っているのは、お前らだけだよ」
にぃいっと可憐な顔を禍々しく歪めて、イティキラはそう宣言した。
奇妙な、植物の籠が林立する石造りの遺跡。
かつては正門から繋がる中央広場であった場所に、彼らは集結しつつあった。
ひゅん!! と鞭が空気を切る音が響いた。
中央広場、ボスの元に駆け付けようとした森鬼の一匹が、炎を纏った鞭に頭を砕かれてそのまま倒れる。
ぼぼぼっ、と、自然ではあり得ぬ炎がその骸を包み、急速に灰に変えていく。
「いやあ、セクメト様の御神威を宿せる鞭は便利でやすねえ。こういう炎なら森を傷つけないでやすし……ね?」
いつになく怖い笑顔で登場したのは、炎に包まれた鞭を翻すジーニック。
「あなた方はこういう亡くなり方がいいでやすか? こいつは楽に死ねるし、おすすめでやすよ?」
ばしん!! と鞭が石畳を叩き、焦げ跡がついた。
「ま、どういう死に方を選ぼうと、てめえらが滅びるのは決定事項だ。諦めな」
長く禍々しい紅い太刀を無造作に肩にかついでいるのは、ジーニックと並んだゼーベルだ。
彼の周囲には濃密な血臭と泥の匂いが漂っている。どれだけ、森鬼を斬ってきたのか。
「てめえらは、いくらなんでも悪質過ぎる……見逃したら、次の犠牲者が出るだけだし、ここに戻って来る可能性まであるしな。つう訳で、慈悲はかけられねえ」
紅い刃が、森の湿った光を反射した。
大気を震わす爆発音が響いたのは、その時だった。
一瞬周囲が真っ白く輝き、ちぎれとんだ森鬼のパーツらしきものが、ばらばらと森鬼のボスの方に転がってきた。
逃れようと走って来た森鬼を日輪白華で爆砕したオディラギアスが、悠然たる足取りで近付いてきた。
「我が故郷には、貴様ら如きおぞましい魔物がいないことを、神に感謝せねばなるまい」
彼は輝く槍を手首をひねって振り回し、ぴたりとボスに向けた。
「そして貴様らごとき低劣な魔物が、この聖なる武器にて終焉を迎えられるのを、そなたらの神に感謝するがよい。そんなものが存在すれば、の話だが」
「さてと。データは記録したし。もう、あなた方に用はないわ」
何やら平べったく小さな板状のものを操作していたレルシェントは、それをしまいながらそう告げた。彼女にしては珍しいぞんざいな言いぐさ。
ちらと、隣のオディラギアスを見やって微笑む。
「ご協力ありがとうます、オディラギアス。もう、手加減は必要ありませんので、存分に散らばらせて下さいな」
「ふむ。ところで、霊宝族の研究者の方々に、今採取したデータを送って、こやつらだけに効く病毒でも作り出してまき散らせぬか? こういう生き物は絶滅してもいいと思うのだが」
無造作にそんな言葉を寄越したオディラギアスに、レルシェントは首をかしげる。
「魔物といえど生物種一つとなると、女王陛下の許可が必要になりそうですが……検討する価値はありそうですわね……」
それは、徹底的な敵対宣言だった。
森鬼のボスが、歯を剥きだして唸る。
その視線が、オディラギアスとレルシェントから、ゆっくりとイティキラへと移る。
「オマエノセイデ、マタ、シンダンダゾ……ナガオ」
その言葉を聞いた時、イティキラの目が見開かれた。