「ここの宇宙の『惑星』って不思議だな」

　目の前に広がるその光景を眺めやりながら、冴は呟いた。

「何でこんな形なんだ……？」

 

「女神の巻貝号」の艦橋は、周囲の壁から天井から、全面が周囲の宇宙を投影する仕組みになっていて、そこにいるとまるで直接宇宙空間に浮いているような錯覚に捕らわれる。

　コントロールパネルのようなものは存在するが、反り返った円柱の上に球形の何かを設置しただけに見える「それ」は、さながら何かのシンボルのように、宇宙空間に浮いているように見えるのだった。

 

「これが、惑星クレトフォライ。私が自分の力を封じた惑星だよ」

　艦橋の最上部、指揮官のための巨大な座に座った希亜世羅が、じっと前方に目を注ぐ。そうして巨大な花にも似た座に収まっている彼女は、宇宙そのものを漂う花から生まれたばかりの存在のように見えるのだった。

　彼女を取り囲むように、冴、棘山、そして少女姿の伽々羅と莉央莉恵がいる。

 

　彼らの目の前に広がっている光景は、一言で言うなら「輝く球形の核の周りを、同じく輝く帯状のものが幾重にも取り巻いている」というものだった。

 

　よく見ると、その「帯状のもの」の上には、この宇宙では水を表す紫、そして光合成に相当する作用を有する植物に見られるトルコブルーがまだらに広がっている。地球で言うなら、海の青と植物の緑。つまりは、この帯状のものは大地なのだ。

　そういった帯状の大地が少しずつずれながら、さながら風変わりなアクセサリーのように核――巨大な惑星の核を取り巻いている。微妙に違った速度で大地は核の周りを自転し、そしてその状態で惑星クレトフォライはこの星系の太陽の周囲を巡る。

　微妙に重なった大地は、下側の大地に影を落とし、この惑星――に限らないが――の夜は、太陽の反対になる時と、他の大地の影に入る時の二つある。

 

　この宇宙では、「惑星」というものは、概してこういう形をしているのだと、冴や棘山は希亜世羅たちから説明を受けていた。

　言われてみれば、リリキもこんな感じではあった。あっちは大分海がちであったが。

　時折、星系それぞれの「太陽」から飛んでくるのは太陽の余剰「夢幻子《むげんし》」――夢子、魔子、共鳴子などが特定の「思念波」に結合していない状態で放出されたもの。

　つまりは「魔法の素《もと》」だ。

　惑星はこれを「存在する」という強大な思念波のみを放出する「核」で受け止め、惑星が存在するためのエネルギー源とする。

　しかし完全に核に行き着く前に、帯状大地や大気、水、その上や中に生きる生命体たちにもその余剰「夢幻子」は届く。

　ここに生きる生命体たちは、なべてこの「夢幻子」に自分の「思念波」を結びつけて、冴たちの概念で言うなら「魔術」の類を発動させる。

　そうして自分たちの住みやすい環境を整えたり、場合によっては外敵を排除したりしているのだ。

 

　まあ、「魔法」に当たるものを使うだけで、やっていることは基本的に冴くんの知っている「生き物」と変わらないよ。

　希亜世羅に言われても、冴にはにわかに納得しがたく。

 

 

　◇　◆　◇

 

「……さて。クレトフォライの神界の長、ウィデルヌ。以前お伝えしたことを覚えておいでですか？」

　思念通話チャンネルを通じて、莉央莉恵が謹厳な声を伝える。

　空間の只中に浮かぶその大きな画像に映し出されている者は、地球で言うなら妖精じみた、華奢な見た目をしていた。

 

　ほっそりした手足に、光る枝にも似た繊細な翅のようなものが背中に生えている。

　やはりきらきらとした頭髪、その間から地球で言うサンゴに似た形と色合いの突起――角と呼ぶには繊細に過ぎる――がが二対生えている。

　妖精じみた印象を強める目の大きな顔は、白目がなく、眼球全体が黒に近い濃い青の中にきらきらした光点を封じたように見えていた。

　肌はやや緑みを含んだ白で、やはり精霊じみた印象を強めるに一役買っている。

 

『我が聖なる主とその神使の方々、ご来臨をお待ち申し上げておりました』

 

　金の鈴を打ち振るような、だが何故か弱々しさを感じさせない声音が、艦橋にいる全員の耳に届いた。

　ついこの間まで人間だった冴には、露骨に「違う世界の違う星の存在」が、自分に分かる言葉を発するのが奇妙に思える。実際には、希亜世羅の手により作り替えられた脳が、それぞれの言葉で発せられた内容を、自動翻訳しているのだということは把握しているのだが。

 

『御座船を御寄せいただく場所はご用意してございます。ハイビウ大陸の西南、シンノレ半島は、聖地として千年の禁足地となっております。是非そちらに』

 

　莉央莉恵が素早くアカシャ記憶から地図を照会したのが分かった。

「ウィデルヌ、我が主への最大限の敬意、神使として嬉しく思います。我が主もお喜びでしょう」

　莉央莉恵は情報に間違いがないことを確認すると、やや柔らかい言葉遣いと口調でそう申し渡した。この星を治める神々の頂点である存在は、腕を大きく広げ天を仰ぐような仕草の後に頭を低くした。恐らく神への最敬礼なのであろう。

 

「ウィデルヌ。ありがとう。急なことにも関わらず、いつでも私の船を受け入れられるように用意してくれて、本当に助かったよ」

　まるで子供のようないつもの口調で、希亜世羅自ら礼を述べると、ウィデルヌは先ほどの仕草をまた更に大きく繰り返した。

『もったいないお言葉にございます。この下僕が一ウィデルヌ以下、このクレトフォライの神々も人の子も、いずれも至聖なる希亜世羅様にお仕え申し上げる所存にございます。何なりとお申し付け下さいませ……』

 

　その言葉を聞いてほっとしたのは、希亜世羅以上に冴自身、そして棘山もだった。

　一見すぐ目の前にいるように見えるその神がいるのは、惑星クレトフォライそのものではなく、それと次元の壁を隔てた上位にある神界。そういう世界での政治的なあれこれが時には入り組んだ事態を引き起こすこともあると、知識として知っている冴、そして実体験もある棘山である。彼らは、拍子抜けするほどあっさりと自分たちが受け入れられたことについて、正直胸を撫でおろしていた。

 

「いやあ、主。あちらのウィデルヌとかいう姐さんは、よくこの世界を治めておいでなんですねえ。やっぱり女の人だから平和主義なんでしょうかね？」

　有り難いですなあ、と小声で囁いて笑う棘山に、冴は難しい顔を見せた。

「……女、なのか、あちらは？　こちらじゃ、その辺の区分はどう付けてるんだろうな？」

　冴の視線が失礼にならないほどちらりとウィデルヌの、薄物を纏った全身に向かう。

　痩せた少女のような体付きで、少年と言っても通じる。正直、男女どちらともつかない。

 

「あー、おまいら。クレトフォライ由来の世界では、おまいらの言う『男女』ってのはないにゃあ。性別は、男女じゃなく三種類あるにゃ」

　つつつっと少女姿で忍び寄ってきた伽々羅が、冴と棘山にとっては肝を潰すようなことを告げてきた。

「え……ほえ？　三種類？」

　思わず高くなりそうな声を抑えて、棘山が目を見開く。

「そうにゃ。男、女、中性とかではなく、全くタイプの違うのが三種類並立してるにゃー。言ってみるなら、神々にも人類にも、タイプA、B、Cの三種類あるってことにゃ。その組み合わせいずれでも繁殖できるにゃ。地球のより便利にゃ？」

　へえ、と冴が嘆声を漏らす。

「……あちらのウィデルヌさんはABCどれなんだ？」

「どれでもないにゃ。あの人がそもそもそういうのを『設定』したんにゃから、あの人はそういう区分より前に存在してる訳にゃ」

　なるほど、と冴は唸った。

　できることならのんびり滞在して社会の様子を観察したい程度に、好奇心は刺激された。が、流石にそんなことをしている時間はない。

 

 

「じゃあ、お邪魔するね、ウィデルヌ。なるべくクレトフォライ人の人たちを騒がせないようにはするつもり。ウィデルヌも、何かあったら教えてくれる？」

 

　希亜世羅がそう断りを入れると、三度《みたび》ウィデルヌは最敬礼を見せた。

「まあ、何にせよ、不穏な要素はなさそうにゃ」

　伽々羅が漏らした言葉に、この時点では誰もが同意していた。

 

　この時点では。