「つくづく、お前は変わった奴だ」
リュシエンヌの滞在しているスイートルームに、虚空から忽然と姿を現すなり、陵(みさざき)はそう言い切った。
「吸血鬼として人外の社交界にデビューするに当たって、専任の護衛が欲しい。できれば、どんな人外にも負けぬ腕前の、強力、かつ、格の高い人外でなければ嫌だ。性別は、私室にまで付いてきて欲しいから女。できれば、日本の侍みたいなのがいい……と」
満面の笑みのリュシエンヌに促されるまま、ソファセットに座った陵は、呆れたような目を、面頬の向こうから注いだ。
「そうよ。サムライの人外を紹介してほしい、ダメ元で、なるべく強くて格が高い人、って、伯母にお願いしたの。そしたら、受けてくれるとは思えないけど、女性で侍で腕っぷしの強くて高貴な人なら知ってるわよって」
あなたを紹介されたのよ。
リュシエンヌは、しれっと受け答えた。
「お前の言う伯母君というのは、セレスト殿か。ヴィーヴルの」
「そう。私の母もヴィーヴルで、あの方の実の妹なの」
にこにこしながら、リュシエンヌは質問に答えた。
「最近追ってる奴がいるみたいだからって伯母から教えられて、急いで日本まで来たのよ。あなたに会うためにね?」
無邪気に殺しに来る一言を、リュシエンヌは放った。
「あなたのことは大体聞いているわ。元々、人間だったんですってね。生まれたのは五百年前。日本が泥沼の内戦の只中にあった頃だって」
滅多に自分の人間だった頃のことなど、他人に話すものではないな。
陵はそう考えつつ、目の前の輝くような美少女吸血鬼と、けっこう親しくしている、龍神の妻であるヴィーヴルとの共通した面影を探そうとした。
陵は、五百年前、ある武将の配下の家の娘として、この世に生を受けた。
女性ながら、とんでもない戦闘の才覚を持ち、武芸では兄弟を打ち負かし、実際に戦場にも出た。
数々の武功を上げた。
お前が男であったなら、一家を持たせてやるに、と主君に惜しまれ、敵方からは「死神」「ヨモツシコメ」というあだ名を奉られた。
彼女もその呼び名が気に入っていて、ことさら恐怖を強調するような、髑髏の面頬を身に着けて戦場に立った。
終わりは、あっけなくやってきた。
流れ矢だった。
こめかみに突き刺さり、嘘のように、万の敵を屠った「死神」は倒れた。
気が付いたら「黄泉」にいた。
そこの主である、おぞましくも美しい女神に会った。
女神は言った。
お前を単なる死者の列に加えるのは惜しい、生前、何度となく私の名を呼んだのを知っている、我が配下として、本物のヨモツシコメとして働かないか。
かくして、「死神というあだ名の人間の女」は、死後に「本物の死神」になった。
彼女は「陵(みさざき)」という個別名を与えられ、その凄まじい剣の腕前から「死剣士」と人外たちに呼ばれるようになった。
彼女の死の剣にかけられた者は、少なくない。
「我が主は、お前の意思をご存知であられた。多分、お前の義理の伯父である、あの龍神殿から、根回しがされたのであろう」
陵は、再び呆れたように、しみじみとリュシエンヌを眺めた。
「うふふ、持つべきものは頼りになる親戚と、頼りになる護衛だわ。私はね、並みの護衛では嫌なの」
リュシエンヌは立ち上がって、陵の顔を覗き込んだ。
「誰よりも強く美しいサムライでないと嫌。あなたなら、私の条件に合致しているわ」
息がかかるほど近くで、リュシエンヌは、陵の黄泉の底のように暗く深い目を覗き込んだ。
彼女の吐息は甘い香りがする。
「……主の命だ。吸血鬼リュシエンヌの従者となってフランスに渡り、定期的にそこに関する報告をせよ。今日日、海外の情報で後れを取ることは致命的だ、とな」
リュシエンヌは、ぱっと顔を輝かせた。
「あらまあ。あなたの主様って、もっと気難しいって覚悟してたのよ?」
うふふと笑って、リュシエンヌは、陵の膝に座って腕を彼女の首に回した。
「これで決まりね? 今後、あなたは私のものなんだからね?」
フランスに帰る前にキョウトに寄って、新しいキモノを作らせないとね?
「私のサムライ、私だけのサムライよ、あなたは。わかってる?」
楽し気に笑うリュシエンヌに、陵はどうしても、私の第一の主は黄泉の女神イザナミだというのは揺るがないと、真実を告げることができなかった。