「よーーーーっこいしょ……っと」
ずるずると、首を失って海中に没しようとしていたリヴァイアサンの骸を、D9は九つの口でくわえて、強引に甲板の高さまで引きずり上げた。
甲板には、二人組の兵士が、緊張の面持ちで待機している。
手には大きめの、標本か何かを保存するような瓶。
「重いだろうが、しばらく踏ん張ってくれよ? よっと」
軽い掛け声と共に、ダイモンが差し上げられた巨大な死骸の切断面の手前で手を振った。
風が刃となり、伝説の海魔の肉片を削り取る。
待機していた特殊な役割らしい兵士二人が、大きめのピンセットで、慎重にその肉片をつまんだ。
丁寧に、標本用の瓶へと収める。
鱗も数枚剥ぎ取り、溢れる血液も採取して、また別の瓶に突っ込み終えると、兵士たちは大丈夫と合図した。
「ふぃー。重かったぁ!!」
D9はそのままリヴァイアサンの死骸から口を離した。
高い水しぶきがあがり、死骸は海中に投下され、半ば沈んでゆっくり漂い始めた。
多分海の生き物たちの餌になりつつ、潮の流れの関係で太平洋の真ん中まで漂ってから、骨だけになったら沈むのだろう。
「ありがとう。貴重なサンプルが採取できました」
おそらく何かの研究にでも従事しているのだろう兵士の格好の者たちは、重そうにサンプルの瓶を運搬用のケースに収め、Oracleの面々に挨拶してから、艦橋に引き上げていった。
米軍がこうした珍しい神魔の肉体のサンプルを集めて研究もしているというのは、D9にとっては初めての知見だった。
彼女自身も、米国に着いたら、軍の研究所で血液と牙から分泌される毒液のサンプルを採取させてくれと要請されており、D9としては特に断る理由もないので承諾していた。
甲板の向こうでは、巨大猫又となったポトが、戦闘態勢を解除された兵士たちによってしきりに撫でまわされている。
彼女はもっぱら戦闘中に兵士たちを守り、主であるD9とその仲間たちが戦闘に専念できるように気遣っていた。
特に一人の機銃担当の兵士が転げ落ちそうになったのをはっしとくわえて引っ張り上げ、事なきを得ており、その兵士からは感謝をこめてキスと撫でまわしの歓迎を受けていた。
しゃべる特大モフというのも、また人気に拍車をかけている。
それ以外の兵士は、かなりの感動の面持ちで、D9の姿を観察していた。
彼等のかなりの割合が信じる神より旧く、実際にこの世界を創り上げた創世の龍神だ。
姿の壮麗さもさることながら、由来を聞かされていれば、好奇心を刺激されずにはいられまい。
「あ~~~、ちょっともったいなかったな、リヴァイアサンのアレ」
するりと甲板に降り立ちながら、D9はつぶやいた。
「一口くらいかじっておけばよかった。意外とああいう気持ち悪い見た目の魚に限って、美味しいよね!!」
ダイモンが遠い目をして彼女を見返す。
「アレを食う気だったのか。元日本人」
「伝統ある元日本人としては、海で動いてるものは、とりあえず食えるか食えないかで判断するのが正当でしてな……」
しるるる、と長い二股の舌を出し入れしながら。D9はうそぶく。
目の前で、ムーンベルとメフィストフェレスが顔を見合わせた。
「腹が減っているのかね? まあ、仕事も終わったし、後は航路に沿って進むだけだ。もう少しで昼食だろう。ま、それまで船室で休むのだな」
生暖かい目で、メフィストが、ぽん、とD9の鱗を叩く。
「度胸座ってるわねえ。本国に着いたら、美味しい店を紹介するわよ。ああ、ダイモンの方が適役かもね? 意外とグルメなのよ、彼」
D9が人間だったら、耳の後ろあたりをくりくりと撫でまわしながら、ムーンベルが薦める。
もちろん、その裏の意図に、D9は気付いていないわけで。
「あっ、本当? ねえ、ダイモン、契約金が降りたらおごるから、どっか美味しい店に連れてってよ」
九つある頭の一つをダイモンに向けると、彼は、ああ、構わねえよ、いい店知ってるんだ、とにこやかに微笑み、内心でムーンベルに「上手い!!」と感謝していたのだった……。