「改めて自己紹介を。私はアーサー・メルヴィン・バーリンガム大佐。この、『特務部隊Oracle』を総括している者だ。コードネームは『プリンス』。プリンスと呼んでくれ」
プラチナブロンドをきれいになでつけた、大佐の階級章のその男性は、大きな右手をD9に向けて差し出した。
俳優なみの美形ではあるが、それ以上に、その鬼火のような青緑の目には、どこか獲物を捕らえて離さないような、見詰めずにはいられないような妙に蠱惑的な雰囲気がある。
と、同時に、D9は二重映しになったその「正体」に、微細な違和感を覚えた。
――なんだか、ほんの少し、「人間臭い」ような。
「実をいうと、地獄の悪魔と、人間の女との間に生まれたミックスでね。あちらにも多少のコネがある。ベルゼブブ、という悪魔の爺様は、ご存知かな?」
ぎゅっとD9の手を握り、文字通り「悪魔の王子」であるその者はそう問うた。
「聖書にもはっきりお名前が記載されている、有名な悪魔さんですよね。かつては『バアルゼブル』、神々の館の王、と呼ばれる輝かしいカナアン人の神でいらした……。そのような方のご子息の下で働けて光栄です」
オカルトマニア全開の張り切った回答をするD9を、プリンスはほほう、と言わんばかりの目で見返した。
「ほうほう、これは我らにとって嬉しい方のマニアちゃんだな……話には聞いていたが、予想以上に物分かりがいい。いや、今頃、うちの親父殿は感激の涙を流して転げまわっているだろうよ」
若い娘にこんな讃えるような表現をしてもらえるなんざ、何世紀ぶりなんだろうな。
身もふたもない表現をしつつ、プリンスは明らかに嬉しそうだった。
自分の父親に当たる悪魔を讃えられたのも、もちろん面白くないわけがないだろうが、恐らくD9の、悪魔はじめ神魔へのアプローチが、つい最近まで人間だった割には友好的だからだろう。
怯えてびくついている女を、なだめすかしながらなんとか働かせる、といった手間がないのは、恐らく彼にとってありがたいことなのだろう。
ダイモンがそんなことを言っていたのを、D9は思いだしていた。
「ああ、そうだ、ポトもご紹介しますね」
D9はペットケースを下に下して、そこに詰め込まれていたポトを解放してやった。
「にゃ~~~。ようやく出られたにゃ。なんか、色々いるにゃ」
ポトがD9の腕に抱かれて「Oracle」の面々に向けて紹介されると、すいっと伸びてきた手があった。
案の定というべきか、プリンスだ。
「いやぁ、可愛い……もふもふじゃないか……いや、D9、勤務の時は必ず、この子を随伴するようにな……私の執務室に置いて行ってくれても別に構わんよ……ああ、もふもふ……」
あ、もふマニアだ。
妙にD9が感心していると、ダイモンが耳元でささやいた。
「プリンスのおふくろさんという人は、なんでも13世紀の、イギリス貴族の女性だったそうだ。当時は貴族の女性が、悪魔の子を産んだ――悪魔の子に限らず私生児を産んだなんて大スキャンダルだったが、まあ、そこは、ベルゼブブの旦那がいいように計らって、このプリンスちゃんは、何不自由なく育ったんだとさ」
「あ、確かに大事にされた感じがする……」
「地獄とこの世を行ったり来たりしながら、すくすくと悪魔の息子として、数々の魔法だの特殊能力だのを磨いて数世紀。地獄にも、この世にも影響力のあるミックスとして、プリンスは長年裕福な生活を享受してきたわ。そういう人だから、この『特務部隊Oracle』創設にあたって、総括者に選ばれたのよ」
ムーンベルがダイモンの後を受けて、説明を続けた。
「その辺の下っ端悪魔さんとかが偉そうにしてても、一睨みで退散させられるとか?」
「まあ、そんなところだ」
「そればかりか、その昔、職業が聖職者だったことなんかもあるっていう、手広すぎる御仁だからねえ。敵う相手は、なかなかいないわよ」
ムーンベルの説明に、D9は血の気が引く思いがしたが、ヨーロッパでは聖職者が悪魔より狂暴な時代があったのだ。
多分、おかしなことではないのだろうな、と判断する。
「まあ、真面目な話、D9、君は我がアメリカの対神魔政策の転換点を形作るかもしれない、最重要のキーパーソンだ」
ポトをもふりながらも、不思議と人を従わせる威厳と共に、プリンスはそう断言した。
「我々としても悪いようにはしない。だから安心して、我らの指示に従ってほしい。大げさではなく、君が存在しないとなると、我が国存亡の危機なのだよ」
そんなに大げさな立場だったのか、自分。
D9は不思議な感慨と共に、命令にはもちろん従います、と返したのだった。