「初めまして、創世の龍にして奇蹟の娘。お会いできて光栄だわ。あたしはナイトウィング。いわゆる魔女というやつね」
まさに夜のような黒髪の、色っぽい女性が、握手を求めてきた。
瞳も黒く、黒曜石のような深い色つやがあって、同性のD9でもどぎまぎするような女性だ。
軍服を持ち上げているボディラインも、見事なもの。
「人間としての名前は、今はクラリッサ・エルギンと名乗っているけど、こっちはどうせ仮の名前だから気にしなくてもいいわ。ナイトウィングと呼んでちょうだい。今後、というか、この騒ぎが終わったら、あなたを救出して病院に連れていくことになるわね」
その言葉に、握手に応じながら、D9は軽く首を傾げた。
「病院に……? ああ、私の体の組織のサンプルを採取するというお話ですよね?」
「ええ。……もしかしたら勘違いしてるかも知れないから、一応教えておくけど、あなたの血は、単に『体の中を流れている、ヘモグロビン入り溶液』ではないのよ? 恐らく、人間はおろか、大部分の神魔からさえ畏れられる、奇蹟をもたらす物質、ということになるわね?」
D9は正直当惑した。
なんだか妙なことになってきたぞという気分だ。
「その……私の血を舐めたら、小鳥の言葉がわかるようになるとかなんですか?」
思わずというように、ナイトウィングは笑い声を上げた。
周囲のOracleメンバーも苦笑だったり思いがけぬ冗談を聞いたような笑いだったりと、それぞれの笑い声を響かせる。
「そんな可愛いものだったら、あたしちがこんなにガチガチに、あなたの周囲を固めていると思う? キリストの血だってこんな奇蹟は起こせない、っていう力を秘めているのよ。我らの仮説が間違ってないなら、並みの人間を不死身の戦士に変えるくらいは朝飯前だわ」
自覚してちょうだい、かわいこちゃん。
あなた自身が奇蹟の塊であって、世界を変えかねない力を持ってるのよ。
それだけに、あなた自身の取り扱いには慎重にも慎重を期さねばならないの。
身の回りに気をつけなさい。
多分狙ってくる奴がいるはずよ。
そう言われると、D9の当惑はますます深くなる。
血を舐めたら不死身って。
なんだか、伝説の人魚にでもなった気分である。
食われないように気をつけねばいかん訳か。
はあ。
「D9、ナイトウィングは、苛烈な魔女狩りの歴史を生き抜いた魔女よ。たいていの修羅場はくぐっているから、頼りになる人だわ。担当は主に医療的な分野だから、あなたも何かとお世話になるはずね」
ムーンベルは、穏やかにそう説明した。
「魔女狩り、ですか……。私は本でしか知りませんけど、大変だったみたいですね……」
いくつかの本の中で読んだ、背筋も凍る話を思いだし、D9は不躾かと思いつつも、そう口にせずにはいられなかった。
「その辺の苦労話でも聞きたい? 三日経っても終わらないわよ? あたし、元々、今でいうドイツあたりの出身なんだけど、あそこは特に酷かったわよ」
「あー……。一番有名で酷い、魔女狩りの手引きが書かれたのってドイツでしたっけ? 確か『魔女たちへの鉄槌』……」
魔女関連の本には大体タイトルくらいは乗っているその手引書の名前を、D9は口にした。
「日本にも悪評は知れ渡っているのね。……全く、あのクソ坊主どものお陰で、どれだけの私の仲間、そればかりか関係ない人たちまで葬られたか。あたしだって、今こうしてピンシャンしているのが奇蹟だっていう状況にも出くわしたのよ」
いささ荒っぽい、咳払いのような音が、人垣の向こうで聞こえた。
ナイトウィングがじろりとそちらをにらむ。
「面白くないお話だったかしらね、天使様? そんなことをするより、いいアイディアあるわ。万能なるあなたの神様に、地球の裏側にまで広がっている数世紀に渡る不都合な事実を、まるっとなかったことにして下さいってお願いすれば? きっと叶えてくださると思うわよぉ?」
いままでの蜜のような柔らかい言葉と違って、毒針のような情け容赦なさを含んだどぎつい言葉に、D9はいささかぎょっとした。
この辺、魔女という言葉のイメージに合致している。
「まあ、まあ、二人とも、新人のいる前で、そいつは大人げないな」
鷹揚で太い、男らしい声が緊張感を割り砕いた。
「さて、次は俺が自己紹介させてもらおうかな?」
のっそり進み出た大きな影に、D9は思わずそちらを振り仰いだ。