千春は、体を揺さぶられて目を覚ました。
「青海、ここ……?」
「どうも助かったようだよ……《《あたしたちはね》》」
苦味を含んだ声音に、頭がやにわにはっきりする。
飛び起きた。
見えたのは、崩れ落ちた寺院の残骸。
まるで何百年も放置されていたかのように、瓦礫の山と化したそれが金地院の跡だと分かるには、しばらくの時間を要した。
侵入する時は魔界そのものだったのに、今はごく普通の破れ寺だ。
「……何があったの? さっきのあれ……あれが助けてくれたの?」
青海の手にすがって立ち上がり、誰にともなく問うた。
そもそもの目的であった崇伝と『呼ばれざる者』は結局どうなったのか。
さっぱり分からない。
「……どうやら、天海上人の修法で助かったようじゃな。『呼ばれざる者』も一旦は消えたようじゃ」
重苦しい表情で、金地院の本堂があった場所を睨む黒耀がそう告げた。
陣佐がその後ろで呆然としている。
多分千春同様、今起きたのだろう。
「……花渡は?」
千春は恐る恐るその名を口にした。
「……分からぬ。我らのうち誰も、姿を見ておらぬ」
鎮痛な声音で告げられた事実に、千春の頭が真っ白になる。
「花渡が死んだってこと!? 嘘だよね、だって、『呼ばれざる者』やっつけたのは花渡なんじゃないの!?」
そうとしか思えない。
大体、花渡以外の力は『呼ばれざる者』に通じないのではなかったか。
「間に合わなかった……のやも知れぬ」
がっくりと、黒耀が肩を落とす。
「花渡がどうにかして、崇伝を葬り、『呼ばれざる者』を封じ込めたのやも知れぬ。だが、それはあの魔界の崩壊を招いたのではないか。花渡はそれに巻き込まれて……」
「嘘だ!!」
千春は叫んだ。
「あたし、あたし探しに行く!!」
千春が本堂跡に向けて駆け出すのを、陣佐が肩を掴んで止めた。
「やめろ……多分……無駄だ」
陣佐の顔がこんなに歪むのを、千春は初めて見た。
「そんな、見捨てろっての、花渡を!!」
「もう、あの地獄は閉じてしまったのだ。つまり、この世に存在しない。この世のどこを探しても、花渡は『いない』のだ……」
自分で言った言葉に傷付けられたように、陣佐は顔を背けた。
「分かんないじゃない! 分かんないじゃない! あたしたちは助かったんだよ!! 何で花渡だけ!!」
と。
陣佐の手を振り切って駆け出した千春の足下から、急激に緑が萌えだした。
見る間に千春の腰辺りまで成長し、万色の花を咲かせる。
溢れ出る色彩と、芳しい香り。
「もしかして待っていたか? すまんすまん」
聞き覚えのある声音に、千春はそちらを見た。
瓦礫の向こうから、見覚えのある長身の影が近付いて来る。
「流石に凄い瘴気が残っていたのでな。あちこち、花で浄化して回ってた。いや、なんとかなって良かったな、ははは」
千春はみなまで聞かずに、花渡に向かって飛びついていた。