「アー! アー!! にんにんニンゲンだあ! ニンゲンがいたあ!!」
「おんなだオンナだ!! 喰ったらウマイぞ!!」
振り向いた花渡の目の前に、奇怪な影が二つ舞い降りた。
腰から上だけ見れば、人間に似ている。
ただし、それぞれ肌がくすんだ赤と青だ。
顔立ちそのものは若い、それなりに整った男に見えたが、唇からは毒虫を思わせる牙が覗いている。
手には長柄の、矛に似たものを持っていた。
「こいつコイツにんげんだ。若いぞ美味そうだぞ」
赤いモノが口にして、うぞうぞと脚を動かした。
百足かゲジゲジに似た、赤黒い殼に覆われた下半身から無数に突き出たその脚を。
「食って良かろうそうしよう。入ってくるヤツは、食って良いと言われたものな」
青黒い虫の下半身がおぞましくうねり、まるで鎌首をもたげるように、上半身を持ち上げてゆらゆら揺らした。
「これをやったのは、貴様らか?」
花渡は油断なく神刀を構えながら、二匹組のモノに問うた。
モノが人間の言葉を操るのは珍しい。
大概が、獣のような意味のない吠え声や唸り声を発するだけだ。
モノ同士だったら言葉として通じているのかも知れないが、人間に明瞭な意味を伝える術を、モノは持っていないのが普通なはずだが。
こいつらは、他のモノとは違う。
言葉を操っている。
人間同様、入り組んだ思考が可能なはずだ。しかも――
「言われた、と言ったな? 他に仲間がいるのだな?」
モノとの戦いに向け武装した、恐らくは四、五人くらいはいたであろう同心たちをこいつらが葬り貪り食ったのだとすれば、こいつらはかなりの強さだ。
そんなモノに、更に命令を下すモノがいるのか。
花渡はふと、モノの社会の仕組みはどうなっているのだろうと疑問に思った。
今までモノが組織だって人間を襲うことなど滅多になかったから、そんなことは考えもしなかった。
が、モノにはモノ自体の将軍がいて、その下に人間でいうなら旗本・大名がいて、更にその下に下々のモノたちがいるなら。
命令を下す立場にいるモノがこれを企んだのだろうか?
モノが組織だって、人間の世界に攻め入ろうとしているのだろうか?
まるで花渡のその疑問を察したように、モノがにんまりと底意地の悪い笑みを見せた。
笑い合う少女のように、モノが顔を見合わせた刹那――
ごうっと、血煙に似た吐息が、二匹の口から吐き出された。
花渡は反射的に息を止めた。
別段、吸い込んでも何ともない。この神刀を所持している以上、モノの病をもたらす毒の吐息は、花渡に何の影響も及ぼさないはず。
しかし。
視界がぐらりと揺れた。
やにわに襲った気分の悪さに、花渡の腕から力が抜けた。
寒気と吐き気と脱力感、そしてじくじくと肌を削るような痛みに、花渡は辛うじて転倒をこらえた。
足ががくがくする。世界が回る。
どす。
その音を、花渡は他人事のように聞いていた。
視界の端に、自分の腹に突き立つ、曲がりくねった矛が見えた。
どん、と衝撃がきた。
もう一本の矛が、花渡の左胸を貫通して、背中に抜けた。
矛が、申し合わせたようにぐいと差し上げられ、花渡を空中に持ち上げた。
変わり果てたご神体の岩肌に、どすんと押し付けられる。
背に衝撃が走った。
花渡の手から神刀が離れて落下した。
モノたちは、ぶんと矛を振って花渡を更に岩肌に叩き付けた。
血煙が上がり、命を失った花渡の躯が、べったりと血の跡を引きながら、ご神体の表面を滑り落ちていった。