金属をこすり合わせるような、奇怪な悲鳴を、その巨大な怪物は上げる。
直前まで「中屋敷翠子」の皮を被っていた、そのヴィーヴルは、単に指さしただけだ。
それだけで、怪物の一番前に並んだ肢が、何やらきらきらした妙な物質に覆われていく。
いや。
「覆われて」いるのではない。
気味の悪い肉でできた肢そのものが、水晶のような鉱物に変化しているのだ。
指というか爪というか、の先端から、関節、次第に肢の付け根に変質は迫る。
ということは。
「ほう。見事だな。ヴィーヴルというやつは、こういうことができる訳か。魔法が巧みと聞いてはいたが」
空中にホバリングしたまま、真紅の天狗はにやりとする。
「そういうこと。ちょっと待てば、全身が完全に石になるわ。……本当はこれ、財宝を創り出したりするのに使う能力だから、こういうのに使うのは気が引けるんだけどねえ」
右手は指さしたまま、左手で滑らかな頬を押さえて悩まし気な仕草。
ちらりと見やって、天狗はそのまま視線を敵に戻す。
よく見れば、怪物とて必死の抵抗をしているのか、石になり行こうとしている部分が、石になったり、また生身に戻ったり。
「……こいつは、今までのように自然発生した人外ではない」
真紅の天狗が傲慢そうな口調で、独り言のように。
「長年生きているが、わしもこのような人外を見たことがない。……何者かが、人工的に作り出しているのだ」
天狗の視線の先で、宝石のようになった前肢から、付け根を通じて、胴体にまで宝石に変じようとしている怪物ののたうつ姿。
苦しみにか恐怖にか、暴れまわり、周囲に林立するオフィスビルの外壁を破砕しまくっている。
一番細いビルが、半ばから折れて倒れ込んでくる。
大音声と地響き、土煙。
引っ掛かって切断された電線から、火花が上がる。
「何者か、ねえ。何者か、はともかく、何を使っているかは、見当が付いているのよ」
どこか甘ったれるような声で、そう呟いた碧のヴィーヴルを、天狗がちらと振り返る。
「ほう」
「……あなた、『マリー=アンジュ』って、ご存知?」
いきなり、背後が輝いた。
咄嗟に、斜めの上下に飛び離れる天狗とヴィーヴルの間を、輝く巨大な何かが通過。
背後のビルに着弾して、大爆発を起こす。
ガラスとコンクリートの破片が飛び散り、粉々になったビルの半ばがなだれ落ちる。
残ったのは、どうにかか細く屹立している、反対側の外壁のみだ。
「くっ!! この!!!」
天狗が向き直りざま、輝く風を放つ。
着弾と同時に轟雷ような音と共に、激しく輝き、明らかな放電現象を見せる。
衝撃波に含まれていたプラズマが、着弾と共にエネルギーを放出したのだ。
怪物の前身は焼けただれ、細かく震えながら動きを止める。
だが、まだ息があるようで、どうにか手足を動かそうとしている気配。
「あらあ。そんな技があるんなら、早く使ってくれればいいのに」
のほほんと、再び天狗と同じ高度に浮かび上がりながら、ヴィーヴルが口にする。
「そんなことはいい!! さっさと石にしろ!! 倒してもこれ以上暴れられたら……」
その言葉は最後まで続くことはない。
いきなり、天狗が弾丸のような速度で、怪物に突進したのだ。
正確に言えば、その前の地面に。
「あら? あら? あららら?」
きょとんとしたヴィーヴルだが、その理由をすぐに理解する。
一体どこに隠れていたのか、明らかに一般人と思われる男性が、ふらふらと通りに姿を現したのだ。
間一髪。
迫る巨大な肢の一本から、天狗はその人間をかっさらう。
凄まじいターンで急上昇しつつ、反対側の通りの横道に、その不運な人間を押しやり、逃げろと叫んだ様子。
「いやあ、ちょっとぉ、一人にしないでぇ!?」
ヴィーヴルに向けて、怪物が突進してくる。
くわっと開けられた、グロテスクな円形の口。
激しい光弾が、散弾のように撒き散らされ……
「もう!! ほんとにしつこいわねえ。魅力がなくてよ、あなた」
ヴィーヴルに触れる直前の光弾が、きらきら光る砂となって、ぼとぼと落下する。
次の瞬間。
その場から、ふっと、ヴィーヴルの姿が消える。
「見事な幻術だ。そうして攻撃目標から逃れて、奴の肉体を変質させることに集中していろ」
通りすがりざま、天狗がヴィーヴルに指示して、少し離れた場所に陣取る。
ヴィーヴルを攻撃に巻き込まないためだろう。
「ええ、まあ、最初からこうするべきだったかしらねー」
でも、ちょっと肩を並べて戦うのに憧れてたのよ?
ちょっとね?
そんなつぶやきは、天狗に届かず。
ヴィーヴルは、極低温の衝撃波を撃ち出し、怪物ばかりか、周りの建造物まで北極のように凍らせる天狗の背中を見た。
物理的には取り立てて大きい訳でもないのに、この姿を見る者は、全てを委ねないといけないという気になる。
「かわいい子。こういう子がいるから、人外はやめられないのよね~~~……」
うふふと笑い、ビルの屋上に隠れて「変質」の魔法を使い続けるヴィーヴルの目の前で、ついに、怪物の胴体にまで宝石化が進んだ。
グロテスクな怪物が、その形のまま、巨大な水晶の塊に変じるのは、脳裏をくすぐる爽快感と奇妙さがあり。
「これでしまいだな!!」
扇を打ち振った天狗の目の前で、怪物が粉々に砕け散った。