「公園で殺害されていた高校生は、徳石高校に通う二年生の男子生徒、江崎健介(えざきけんすけ)くん。いわゆる『不良』に分類される生徒。死因は、至近距離から何かしら大型の火器で狙撃されたことによる、胴部破裂による即死」
いつもの、オカ研のそんなに広くない部室。
オカ研副部長の、熊野御堂紗羅(くまのみどうさら)が、部の備品のタブレットで、地元の新聞社のニュースサイトからニュース記事を拾い上げる。
それは目下地元の城子市で大騒ぎの、例の公園での、高校生惨殺事件についてである。
「ふむ。誰か知らないが、派手にやったものだねぇ」
オカ研部長の黒猫礼司(くろねこれいじ)が、気取った仕草で足を組んだまま、形の良い顎をひねっている。
このイケメンめ。
「しかし、人間の胴体が吹っ飛ぶような、大型の火器? ハンドキャノンかバズーカ砲か。そんなものを日本国内の誰が持ち歩けたのかが疑問だよねえ。それに、真夜中から未明の住宅街でそんなものをぶっぱなしたら、凄い騒音で近隣住人はみんな起きたんじゃないかな?」
礼司が、少女漫画みたいな指の形で顎を支えたまま、誠弥に向き直る。
「大道くんは、近所に住んでいるんだよね? 物音には気付いたかな?」
誠弥は、いつもの部活の定位置、コの字型に並べられた机の窓側、千恵理の隣に収まったまま、首を横に振る。
「全く気付きませんでした。気付いたのは、朝にテレビのニュースで流れていたからで」
ふむ、と礼司が首をかしげる。
「不思議な話だな」
紗羅が更に付け足す。
「今現在流れている続報によると、被害者の御遺体からも、周辺からも、銃弾の断片らしきものが見つかっていないのですよね。それどころか硝煙反応もないんだそうです。死因の特定は、御遺体の損壊の様子から推定したものでしかないんだとか」
紗羅は、綺麗に磨いてある眼鏡を、くいっと持ち上げる。
「物理的な遺物がない……とすると」
千恵理がじっと紗羅を見詰める。
「それって……物理的じゃないっていうことは、霊的な武器で殺されたってこと?」
火薬で射出される物理的な弾丸ではなく、例えば攻撃的な性質を帯びさせた術を間近から浴びせれば、人間の胴体を吹っ飛ばすくらいはできるだろう。
あるいは、術そのものでなくとも、霊的な手法で制作された武器を使うなら、結果は同じ。
どこまでも物理的なものしか検出できない鑑識では、霊的な術や武器の痕跡は見つけられない。
誠弥の心臓が、バクバク鳴り始める。
「……霊的な武器……」
誠弥の脳裏に浮かんでいるのは、昨日助けてくれたあの天狗少年。
彼は、抱え大筒を構えていた。
天狗の武器なのだから、霊的な武器に違いないはずだ。
あの大きな銃で至近距離から撃たれたら、確かに胴体くらい吹っ飛ぶだろう。
現に、昨日の首かじりは彼の大筒に撃たれて粉々になっていたはず。
「大道くん。確か、昨日あなたを助けてくれた天狗の男の子の武器が、抱え大筒だったと」
紗羅に水を向けられ、誠弥はうなずく。
「そうなんですけど……それで撃たれた妖怪は粉々になって消えましたけど……でも、彼がそんなことをしたなんて思えなくて」
言葉はつっけんどんだったが、明らかに自分を気遣ってくれていたあの羽倉元喜という天狗の少年。
彼が、人間を殺して平気な人格というのなら、どうして自分のことは助けてくれたのだろう?
「その一年の子。羽倉くん、か。今、事情聴取を受けている理由っていうのが、その、殺された徳石高の子と、数日前にもやり合ってたから、ということだからだそうだねえ。三年の教室にまで噂は届いて来たよ」
しかしなあ。
天狗が、人間の子供相手に武器を使うかねえ?
礼司は無意識に手を猫の手にして顔を洗ってしまう。
紗羅が横目で鋭いツッコミを飛ばす。
「猫の本性が出てますよ部長。……それはともかく、私の知る限り、天狗一族の元喜くんは、そんな不思慮なことをする人とは思えませんけどね……」
千恵理が思わず目を見開く。
「え? 副部長、あの羽倉くんて子のことを知ってるんですか?」
紗羅は一瞬だけ難しい顔を見せる。
「天狗一族は、私たちのような、仏教の修行者とは近しいんですよ。伝統的にね。そもそも、天狗さん自体が、増上慢の学僧が生まれ変わったものだって説があるくらいで。仏教修行者を守護してくれたり、修行そのものの手助けをしてくれることもありますしね」
誠弥も、思わず千恵理と顔を見合せ、次いで紗羅に向き直る。
「じゃあ、副部長は羽倉くんに助けてもらったことが?」
紗羅はちょっと首をかしげる。
「彼に、というより、彼の御両親に助けてもらったことは何度もありますね。彼がこの城子高校に入学が決まった時には、よろしく頼むって言われてますし」
礼司がむぎゅぎゅっと顔を突き出す。
「ちょっと待ちたまえ、熊野御堂くん!! そういうことは最初から言いたまえ、にゃっ!!」
思わず語尾が猫になってしまう礼司の顎下を、紗羅はこりこり撫でてやる。
ああ、ごろごろ。
「最初から言ってたら話が混乱するでしょ。ともあれ、何とか元喜くんに接触して詳しく話を……」
と、その時。
どかどか高い足音がして、いきなり部室の扉が乱暴に開く。
「よう、オカ研の。どうせ、俺の噂話でもしてたんだろう?」
ニヤリと笑ったシャープな顔は、誠弥はよく知っている、あの羽倉元喜のものであった。