7-3 謁見

 バウリ王宮の謁見の間は、スフェイバ城塞のそれとは比べ物にならないくらいに、広々として豪奢だった。

 天井にはシャンデリアが輝き、壁には王の偉業――とされているもの――を織り出した凝り倒したタペストリーが掛けられている。

 等間隔に設置されたドラゴンの彫刻は、生きているかのような異様な生命感に満ちている。それは手入れもいいからだろう。

 

 王都バウリの惨憺たる有様に比べて、ここは別天地だった。

 光に満ち、清潔で、華麗で、荘厳だ。

 ここにいるだけで、選ばれた者になる気分も分かろうというものだが、一旦外の世界を見てしまった者には、その豪奢さはいっそグロテスクとさえ思えるものだった。

 

 オディラギアスは、両脇を武器を構えた衛兵に固められたまま、父である王の前に進み出た。

 これは威儀を正しているのではなく、警戒されている故のことだというのは、確かめるまでもなく分かる待遇だ。

 今まで父王に相まみえる時に、こうした処遇を受けたことはない。

 オディラギアス本人ばかりか、同行している仲間たち五人にも、同様に武器を構えた衛兵が付けられていた。

 一旦はその不躾さを非難しようとしたオディラギアスだが、父王からの厳命ということで、一切の抗議は聞き入れられなかった。

 

 同時に、彼の魔導武器である「爆砕槍日輪白華」は取り上げられた。

 

 今、それを捧げ持った衛兵の一人が、父王の脇に控えている。

 無論、オディラギアスとして、そのことには一切不安を抱いていない。

 どうせ、何をどうしようと、魔導武器は正当な「持ち主」以外には装備できないのだ。

 父王としては切り札を取り上げた気になっているのかも知れないが、取り戻す方法なら、仲間たちがルフィーニル王宮で実行した手段を取ればいいだけだ。

 

 それにしても――

 気になるのが、父王の側に、やはり武器を携えた衛兵二人に挟まれて、薔薇色の鮮やかな鱗の龍震族女性が粗末な椅子に座らされていること。

 確認するまでもなく、彼女は「人質」だ。

 

 甘美な美しい容貌は心配の色をたたえており、オディラギアスのそれよりやや淡い金色の瞳が、じっと彼に注がれている。

 久しぶりに会う実母、スリュエルミシェルに、オディラギアスは穏やかな目を注ぎ、心配しなくても大丈夫だと、そっと小さくうなずきを送った。

 

 同時に、冷たい敵意のこもった視線に気付く。

 父王の両脇に控えている、鮮やかな孔雀緑の鱗の龍震族男性、そして目を引く葡萄紫の鱗の龍震族男性。

 それぞれ長兄にして皇太子のダイデリアルス、そして、今回の騒動の震源地であろう、警察権を一手に握る次兄のグールスデルゼスだ。

 長兄はがっちりとし、次兄はやや細身。

 

 冷たい視線を、オディラギアスは更に冷たい視線でばしりと跳ね返した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「父上。このオディラギアス、勅命によりまかりこしてございます。仰せの通り、私にご協力下さっているメイダル王国の司祭家の姫君、レルシェント姫、並びにこたびの旅に同行してくれた者たちを、お連れいたしました」

 

 オディラギアスの言葉で、打ち合わせ通りに、レルシェント始め仲間たちが、龍震族式の礼を取る。

 父王、そして兄王子たちのねっとりした視線が、女性陣の肉体の各所を這い回っているのに気付くと、オディラギアスはいたたまれなさと恥ずかしさで死にたくなった。

 同時に、これで、王族たちの程度の低さが、仲間たちに如実に伝わったであろうことに、妙な安心感に似たものすら覚える。

 振り返って確認するまでもなく、背後から伝わる、仲間たちのドン引きした気配から、それは明らかだ。

 

「さて、息子よ。召喚状で、用件は伝えたはずであるな?」

 

 取り付く島もないような傲岸な口調で、父王ローワラクトゥンが申し渡してきた。

 記憶にあるのと違わない、灰黒色のひときわごつい鱗、分厚い皮膜の翼の、たくましい男であるが、何と言っても、目つきがぎらついていて、妙に恨みがましい。まるで自分以外は世界中全部敵、というような、魔物めいた異様な紅い瞳。

 

「申し開きが何かあるのか? 機会を与えてやろう。あるなら言うてみるが良い」

 

 そう一方的に告げられ、オディラギアスは再度一礼した。

 

「はい。仰せの、ニレッティアのスパイの嫌疑のことでございますが、私は、ニレッティアと通じてなどおりません」

 

 きっぱりと、オディラギアスはその嫌疑を否定した。

 

「それどころか、旅でニレッティア帝国に立ち寄った際、かの帝国に身柄を拘束され、その時に、私の身辺に誰かスパイをもぐりこませているのだと、仄めかされました」

 

 ローワラクトゥン王の片眉が吊り上がる。

 オディラギアスは、更に続けた。

 

「私の身辺ばかりではありませぬ。父上、あなた様や、兄上方もです。私のような者にまでスパイを送り込んでいたところからするに、王族のほとんどは、ニレッティア帝国のスパイに監視されていると見るべきでしょう」

 

 オディラギアスが言い切ると、ローワラクトゥン王ばかりか、ダイデリアルス、グールスデルゼスの両名まで目を見張った。

 

「何か、証拠は?」

 

 グールスデルゼスが、殊更笠にかかった口調で問い詰めてきた。

 

「ニレッティアの女帝アンネリーゼ陛下、並びに情報長官ミーカルともども口にしておられたのを、はっきりこの耳で聞きました。こちらにいらっしゃるメイダル司祭家の姫君、レルシェント殿下が証人です。私と一緒に、尋問を受けられましたので」

 

 オディラギアスは、すっと斜め後ろを振り返り、レルシェントを手で示した。

 ゆるやかな風のような優雅な動きで、レルシェントが前に進み出る。

 彼女を監視している衛兵が、油断なく脇を固めた。

 

「お初にお目にかかります、ローワラクトゥン陛下、ダイデリアルス殿下、グールスデルゼス殿下。あたくしが、霊宝族の国家メイダルより、このルゼロス王国にお邪魔申し上げている、レルシェント・ハウナ・アジェクルジットですわ」

 

 レルシェントが、短い間で完璧に身に着けた龍震族の礼で、この国の国王と皇太子、第二王子に挨拶する。胸の上部で交差する細腕の間から、押し潰された胸の肉が見えて、三人の視線がそこに向かうのが分かった。

 

「ほう……そなたが、霊宝族の娘か」

 

 ローワラクトゥン王の、無遠慮で好色な視線が、レルシェントのいつも通りに露わな肢体を這い回った。

 明らかに嬉しそうな父王を見て、オディラギアスは暗澹たる気分だ。

 レルシェントは、まさに父の好みにぴったりであろう。豊満でエロティックでありながら、良い家柄の娘らしく、極めて上品な雰囲気がある。

 爛々と目を輝かせ、鼻の下を伸ばしてレルシェントを視姦する父王をうんざりしたまま眺めながら――オディラギアスは、初対面の時の自分も、レルシェントにとっては今の父王と大差なかったであろうことに思い至り、自己嫌悪の吐き気が胸に登るのを感じた。

 

「そなたがレルシェント姫か。丁度良い。訊きたいことがある」

 

 レルシェントの体を目で舐め回す父王の邪魔をすまいと気を利かせたのか――こういう気は、極めて利く男なのだ――グールスデルゼス王子が、レルシェントを詰問し始めた。

 とはいえ、彼の視線も際どい部分に彷徨いがちであるが。

 

「そなたは、一体何のためにこの地上に降りて来たのか? そして、我が弟、こたびニレッティアのスパイ容疑をかけられているオディラギアスと組んで何をしていた?」

 

 厳しい声で問い詰められ、レルシェントは、まるでその質問を待っていたかのように、艶然と微笑んだ。