「ねー、人んちの前で何やってんのさぁ! 入るなら、早く入りなよ、非常識だなあ!!」
急に子供特有の甲高い声、つんけんした口調の言葉を浴びせられて、六人はぎょっとして振り返った。
いつの間にか、今の今まで誰もいなかったはずの遺跡の入口に、小さな人影があった。
額に、小さいが薄青の宝珠が輝いていて、ちょっと見には霊宝族のように見える――ただし、肌まで薄い人工的な印象の青色で、その存在が霊宝族に外見だけ似せた、魔法生物だと判断がついた。
縁飾りの付いた貫頭衣のようなものを纏い、そのせいぜい五歳児くらいの背格好の魔法生物は、傲岸な様子で一同を睨め回した。
「……これは、古魔獣か? こういうのは見たことがないな……」
ごく自然な仕草で槍を構えながら、オディラギアスは声だけでレルシェントに問うた。
「いえ。厳密に申せば違いますわ。これはこのスフェイバ遺跡のAIの、アバターですわね」
レルシェントが、すいっと前に進み出た。
「ええっと、この遺跡にAI搭載だと、つまり、どうなるんだ?」
今一つピンと来ていない様子で、ゼーベルが尋ねた。
「本当なら、この遺跡をいじる時に、いちいち何かを入力しなくていいってことだよ。命令は、全部オイラが引き受けて遺跡を操作するから、遺跡に入る権限のある人は、オイラに命令すればいいだけってことさ。本当なら、ね?」
いかにも意地悪そうにニンマリ笑ったそのアバター魔法生物に、六人は悪い予感がこみ上げるのを感じた。
「えー、つまり、ボクちゃんにお願いすれば、わざわざどっかに命令を入力しに行かなくてもいい訳でやすね……?」
恐る恐るといった調子で、ジーニックが声に出したが。
「ダメー!!」
そのちょっとした意地悪が楽しくてたまらない、というように、そのアバター魔法生物は、そう宣言した。
「三千年も待たされたんだし。悪いけど、あんたらには苦労してもらうよ。遺跡を隅々まで……」
「スフェイバ遺跡AI、ケケレリゼ!!」
不意に、静かだが厳然とした声が飛んだ。
進み出たレルシェントが、ひたと見据えて、そのアバター魔法生物の名前を呼ぶ。
ちょっと聞いただけでは、威圧的には感じない。快い、いつまでも聞いていたくなるような声だ。
しかし、その声音には、判断力を吹き飛ばし、問答無用でひれ伏させかねないような、圧倒的な魅力というべきものがあった。
「アジェクルジット家直系の名によって命じます。早急に遺跡のセキュリティ全レベルを解放なさい!!」
一瞬、沈黙が降りた。
まるで悪戯を見つかった子供のように、ケケレリゼと呼ばれたAIが気まずそうに笑う。
「……アジェクルジット家の人か。ああ、似ているよ。魔力パターンだけじゃなくて、見た目も似ている。最後にここに来たあなたの先祖にね」
くくくっと、ケケレリゼが喉を鳴らした。
「でも、駄目なんだな。あなたの命令より優先順位度の高い命令っていうのがあってね。やっぱりこの遺跡を攻略してもらおうか。わざわざ、先祖の命に反して、異種族なんか連れて来ちゃったんだもんね?」
上目遣いに、これは後ろ暗いだろう? とでも言いたげな表情を見せつけたケケレリゼだが、レルシェントの答えは。
「その命令の変更を命じます。私が許可した人物は、種族を問わずこの遺跡に受け入れなさい」
取り付く島もないほど一方的に命じられ、ケケレリゼは何か考え込むような態度を見せた。
「うわぁ、レルシェー!! がんばれ!! 超がんばれ!!」
この状態で何が「がんばれ」なのか、ともかく、マイリーヤは熱い応援をレルシェントに送った。
「ねー。思ったんだけど、霊宝族の人って、凝りすぎじゃない? 何なの、この人間のクソガキに悪知恵マシマシしたようなAIは? こういう風に作る必要、あるぅ?」
口を尖らせたイティキラが、誰もがそれとなく感じていた疑問をぶつけると、レルシェント当人は苦笑し、他の四人はひっそりと同意のうなずきを見せた。
「……駄目だ。その命令も、僕の『核《コア》』に接触して、直接書き換えるのでないと」
言いにくそうな低い声で応じたケケレリゼに、レルシェントは小さく溜息をついた。
「……流石に、戦争モードに設定されてそのままのAIだけのことはあるわね……」
「戦争が終わったことは知ってる。でもね、オイラに下された命令は、そういうことだけじゃないんだよ」
その言葉に、レルシェントは怪訝な顔でケケレリゼを見返した。
「……それは……」
「とにかく、最深部の『核《コア》』まで来てよ。そこで全部話すから。じゃあね!!」
ひゅるんと、微かな風を後に残して。
スフェイバ遺跡AIのアバター、ケケレリゼは姿を消した。