2-3 巫女に対する疑惑と要求

 ぽかっとした沈黙が訪れた。

 

「はっ……全自動……」

 

「占い機……?」

 

 まさにハトが豆鉄砲、といった風情のジーニック、そして長年取り立てているオディラギアスでさえ滅多に見ないほどに呆けているゼーベル。

 彼らのその表情を見て、恐らく自分も似たような表情を浮かべていると気付いたオディラギアスは、慌てて表情を引き締めた。隙は見せられない……そういう想いも、何だかアホらしくはなってきたが。

 

「そうですの。あたくしども、霊宝族の古い記録に残っておりましてね」

 

 くすくす楽し気に笑いながら、レルシェントが説明を始める。

 

「霊宝族には、独自の占いの技術が伝わっておりますわ。けれども、そうしたものより、はるかに的中率の高い占い専用の魔導機械がある――そういう言い伝えを、あたくしは偶然発見いたしましたの。その機械、もしくはそれに関する手掛かりが、スフェイバの遺跡にある。古文書をひっくり返して、あたくしはその結論に至ったのですわ」

 

 彼女は、更にくすくす笑う。妖艶でありながら、どこか子供のような笑み。

 

「ね? ロマンでしょう? こんなもののために、ですわよ」

 

 ゼーベルとジーニックが、顔を見合せた。

 

「あー、まあ、その、なんつうか……」

 

 何だか決まり悪そうに、鼻の横を掻くゼーベル。

 

「……女の人は、好きでやすねえ、そういうの……。霊宝族の方もそうなんでやすねえ。はあ」

 

 奥歯にものが挟まったような言い方は、ちゃきちゃきしたジーニックには珍しい。

 

 途端に。

 破裂するような笑い声が、オディラギアスから発せられた。

 

 ぎくりとするゼーベルとジーニック、そして、怪訝な顔で、レルシェントとマイリーヤ、イティキラが彼を見た。

 

「ゼーベル、ジーニック。レルシェント殿下たちを愚かだと思ったか? 騙されるな、そう思わせる作戦だぞ」

 

 笑い声は収めたが、オディラギアスの顔には、焼き尽くすような獰猛な笑みが広がっていた。レルシェントに向き直る。

 

「レルシェント殿下。誤魔化すには相手が悪かったですな」

 

 レルシェントは、何の事だかわからないという表情で、オディラギアスの怒りの笑みを見返していた。宇宙の青の瞳と、太陽の黄金の瞳が交錯する。

 

「私の母は、王都バウリの王宮で、国史の記録と編纂を行う文書官でしてな。彼女のお陰で、私は先祖が霊宝族の方々と戦った、かつての記録も閲覧したことがあるのですよ」

 

 今度は、ゼーベルとジーニックが、オディラギアスの言葉の意味を捉えかねた。

 

「オディラギアス様……?」

 

「知っているか、ゼーベル。霊宝族にとっての『占い』は、我らが街角で見かけるようなインチキ占いとは、まるで違うものなのだそうだ。それは彼らの高い魔力を駆使して神意を図り、世界レベルで運命の流れを読み解く神働術《しんどうじゅつ》なのだとな」

 

 それはかつての「大戦」で、龍震族始め、霊宝族と敵対した種族を散々に苦しめた恐るべき術でもあった。

 そもそも、霊宝族が滅びを免れ、今は天空の浮遊群島メイダルで生き残っているのも、「大戦」で完全に勝ち目がなくなったことを占いによって知り、いち早くメイダルに逃れたことによる。

 

 オディラギアスは、ますます深くなった獰猛な笑みを、改めてレルシェントに向けた。

 危機的状況のはずなのに、涼し気、むしろ面白そうな顔なのが癪に障る。

 

「霊宝族の占いがどれだけ危険な代物かは、私自身がよく知っている。何が『あなた方の安全を脅かすようなものではない』だ、露骨に戦争の道具ではないか!!」

 

 石の天板が叩き割られそうな勢いで、どん!! と打ち鳴らされた。

 オディラギアスのごつい拳が振り下ろされたのだ。

 さしものレルシェントも、笑いを収め、困り顔になった。

 マイリーヤ、イティキラは、それぞれ怯えた、あるいは引きつった顔で、レルシェントとオディラギアスを交互に見ていた。

 

「さて、この上、何か言い訳がおありですかな、霊宝族の姫君。もっとも、あなたが何を仰ろうと、今や一切信用できませんがな?」

 

 最後通牒を突きつけて、オディラギアスは一旦言葉を切った。

 

 レルシェントが、ふう、と溜息をこぼした。

 

「困りましたわ。本当にそういうつもりはないのですけれども、どう申し上げたら信用して下さいますの?」

 

 色っぽい顔に憂いの影が差すのは、たった今怒りを発したオディラギアスでも、思わず心がぐらつく眺めだった。この女を困らせたくないと、立場を忘れて思ってしまいそうになる。

 

「……まさか、実物をお見せ申し上げる訳にも参りませんし……」

 

「そうですな。実物を見せていただきましょうか」

 

 心を鬼にした冷厳な声で、オディラギアスが口にすると、初めてレルシェントが驚いた顔を見せた。

 

「え……」

 

「ここに実物を持ってこいという訳には参りませんな。持ち逃げされればそれまでだ」

 

 視線をねじ込むように、オディラギアスはレルシェントを捉えた。

 

「あなた方は遺跡に参られるのだろう。私とゼーベルも同行させていただこうか」

 

 その言葉に、一瞬座が静まり返った。

 

「ちょ、ちょっ……!! 何言ってんの? あんたらの武器じゃ、機獣や古魔獣に勝てないだろ!!」

 

 吼えたのは、イティキラだった。

 

「あたいらに、ずーっとあんたらをガードしてけってのかよ!!」

 

「いや、そうではない。見たところ、あなた方と我らの戦力差は、あなた方がお持ちの霊宝族由来の武器に依る」

 

 あの敗戦の際に、それでも戦士としてしっかり目に焼き付けた事実を、オディラギアスは繰り返した。

 

「我らに、あなた方と同様の武器を譲っていただきたい。我らをたばかろうとした事実は、それで不問に処す」

 

 レルシェントが、凝然とオディラギアスを見詰めた。

 驚きと困惑。

 だが、オディラギアスは揺るがなかった。

 

「ちょっと待ったぁ!! 今更仲間外れはないでやすよ、あっしも連れて行って下せえ!! もちろん、武器も下せえやし!! 興味ありやすよ!!」

 

 ジーニックがちゃっかり要求をねじこんだ。

 

 レルシェントは逡巡し。

 やがてこう切り出した。

 

「知らない方が良かった、ということがありますわ。知っても苦悩するだけに終わる知識というものはあるものです」

 

 そう言葉を紡ぐレルシェントは、恐ろしいほど真剣だった。

 オディラギアスに、その言葉の真意は欠片も分からない。

 だが、揺るぎなく、彼はレルシェントを見据え続けた。

 

「あたくしどもは、そうした知識を求めているのですわ。知ってしまったが故に、引き返せない場所に至ることがあります。神々の秘密を覗き見る大罪を犯すことになるかも知れないのです。そして、それだけのものでありながら、恐らくそれは統治者としてのあなた様に何の利益ももたらさないでしょう……」

 

 その言葉を聞くや、オディラギアスはたった今の怒りが嘘のように破顔した。

 

「ようやく、本音を仰って下さいましたな、姫君?」

 

 まるで、何か恥ずかしいことを聞かれてしまったかのように。

 レルシェントはふっと顔を逸らした。

 わずかに頬が紅潮していたように見えたのは、気のせいだろうか。

 

「……承知いたしましたわ。我らの武器をお譲り申し上げましょう。遺跡にもご同行いただきますわ。どうやら大分誤解されてしまった様子、そうでもしないとご納得いただけないでしょう」

 

 その言葉に反応したのはオディラギアスたちよりむしろ、レルシェントの仲間たちだった。

 

「えっ……ちょっと、レルシェント、まずいよ、だって、この人たち……」

 

 困惑も露わに、マイリーヤが叫んだ。

 

「いいのよ。多分、私たちがそれを見付けて予定通りに使っても、こちらの方々には意味がお分かりにならないでしょう。それであっても、敵意のないことだけは、ご理解いただけるはずよ。多分、呆れられるでしょうけどね」

 

 ふう、としなやかな首を軽くかしげて、レルシェントは応じた。

 

「……いいのかい? 例のアレさあ……」

 

 言い辛そうに何かを暗示したのはイティキラ。

 

「いいのよ。どうせ、使いでもないしね」

 

 オディラギアスたちからは意味不明な内容で応じて、レルシェントは改めて、彼に向き直った。

 

「……こちらの砦に、星霊石はどのくらいございますかしら? もしおありなら、ありったけご用意下さいます?」

 

 一聞しただけでは意味の取れない要求を、レルシェントは提示した。

 オディラギアスが片眉を上げる。

 

「……それと、星霊石がご用意いただけましたら、完全なるお人払いをお願いいたします。魔導武具をお譲り申し上げる、お三方と我々以外、誰も目にできない状態になさって下さい。そうすれば、武器をお譲りする術を使わせていただきますわ」

 

 奇妙な要求だ。

 一言で言ってそう思ったオディラギアスだが、ことは霊宝族のこと。

 今の時点では理解の及ばぬことが何かあるのだと判断し、彼は、執事に星霊石を持って来させるように指示を出した。

 何より。

 

「さて……我々は、どのくらい強くなれるのだ?」

 

 龍震族の本能から来る武者震いが、彼を捉えていた。