ゴムタイヤを履いた、ガソリンエンジン式の護送車は、思っていたよりはマシだった。
一行六名は、護送車に家畜よろしく積み込まれ、帝都ルフィーニルへと「運搬」されていた。
丸一日以上、ひたすら車に揺られる旅というのは、思いのほか彼らを疲弊させたが、問題は。
「もう、気にするな。と言っても、急には立ち直れぬだろうが、これは一切、そなたのせいではないぞ?」
手錠の付いたままの腕で、オディラギアスは自分の左隣のジーニックを軽く叩いた。
「でも……すいやせん」
ジーニックの声は、車体を震わせるエンジン音にかき消されそうなほどか細い。
「無理もないよ。ジーニックだろうと誰であろうと、あんな無茶苦茶なこと、普通予想なんかできないって!!」
鬱陶しそうに手錠をかちゃかちゃ言わせながら、マイリーヤが嘆息する。
「しっかし、あのジーニックの兄貴って奴には血の気が引いたよね。自分の親まで騙して弟とその仲間をハメるってさ……」
もうすぐ、あのまともそうなジーニックの父ちゃん母ちゃんも卒倒することになるのか、気の毒にさぁ……と、苦い顔でイティキラが呟く。
軍部に協力したジーニックの兄ケイエスは、護送車ではなく普通の軍用車両に同乗させてもらって、一行を護送するガソリンエンジン車と並行して走っているはずである。恐らく礼金でももらって、後はのんびりと自宅に帰るのであろう――その後、彼ではなく彼の両親が心配だが。
「しかし、どうしても例のことが気になりますわ……」
レルシェントが、相変わらず何かを考え込む様子を見せた。
「あの、遺跡で出会った彼の言葉や、遺跡の外で待ち伏せしていたニレッティア軍の方々の言動から見て、間違いなくあたくしどもの情報は、ニレッティア側に洩れていたとしか思えませんわ。そうなりますと……」
「……どいつが、俺たちをニレッティアに売ったのかってことだよな?」
ゼーベルが、周囲の面々をぐるりと見回した。
「まさか、信じたくねえが、この中に……」
一行は、不穏な視線を交わす。
「さもなくば」
きゅっと表情を引き締めて、レルシェントは言葉を発した。
「あたくしどもの周囲のどなたか――例えば、太守様の身辺にいたどなたかが、ニレッティアと通じていたのかも。どうも、あの方々の口ぶりから考えると、その可能性が高いのではないかと思われますわ」
オディラギアスは、じっとレルシェントを見た。
「……何故、そう思う……?」
レルシェントは、真正面からオディラギアスを見返した。
「まず、ニレッティア側は、あたくしどもが『何を探しているか』は具体的に把握していなかったとしか思えませんわ。あの遺跡で出会った方は、『何を探しているか答えろ』と仰っておられましたわよね?」
ふむ、とオディラギアスは鼻を鳴らす。
「……あ、確かにそうだよね。ボクらの中に内通者がいたら、『何を探しているか』なんて、いの一番に帝国に報告するよね!?」
マイリーヤが声を跳ね上げる。
レルシェントはうなずいた。
「ええ。もし、ニレッティアと通じているのがあたくしどもの誰かではなく、太守様の身辺の方々だとするなら、『何を探しているか』を知らなかったのも当然ですわ。あのことをお話ししたのは、スフェイバの遺跡に入ってからですもの」
オディラギアスの目が、珍しく揺れた。
「いや、しかし……スフェイバに連れて来たのは、私が幼いころから身辺を固めている、いわば子飼いの者ばかりだ。そのようなことを今更するとは思えないのだが……」
そう口にはしても、オディラギアスの理性は、それが一番可能性のあることだと認めていた。
レルシェントたちとの会見の席にいたのは、まさにバウリから連れて来た古株の臣下たち。ある程度の情報を仕入れることができるのは、彼ら彼女らしかいない。
「お言葉ですが、オディラギアス様。いわゆるスパイなんてものは、そういう連中の中から選ばれるもんじゃありませんかね。俺としても信じたくねえが、筋道立てて考えるなら、レルシェの言った通りとしか思えねえ……」
ゼーベルが呻き、オディラギアスは溜息を漏らした。
「しかし、一つちょっと納得のいかないところもございますの」
レルシェントがそう言葉を重ねた。
「大変失礼ながら、オディラギアス様は、あちらの王家の中では、あまり地位がお高くはなかったように伺っているのですわ」
ああ、とオディラギアスはうなずいた。
「母は身分の高くない妾姫で、しかも私自身が見ての通りの白い鱗だからな。冷遇などというものではなかった。重要な地位など夢のまた夢。スフェイバ行きだとて、実質王都から追い払うために突然決まったことなのだ」
確かに、そんな者の身辺に、わざわざスパイなど送り込むだろうか、とオディラギアスは渋面を作る。
「皇太子である長兄や、他の重要な地位にある兄弟たちならともかく、私の身辺にスパイ……というのは、納得しがたいところではあるな……」
ふぅ、と、レルシェントが溜息を洩らす。
「太守様の身辺の方々は、スパイになる必然性も時間もなかったということですわね……? しかし、あたくしどものうちのどなたかでもない、太守様の身辺のどなたかでもない、ということになりますと……他の可能性は……」
「どっちにせよ、事情を分かっている奴に訊くしかないんじゃない?」
マイリーヤが勢い込んだ。
「このさ、軍事作戦? っていうの? こいつの指揮取ってる奴に会えないのかな?」
オディラギアスは考え込む。
「軍の最高位は、獣佳族のモアゼ・ジュクル・パイラッテ将軍と聞いているが、情報局まで噛んでいるとなると、少し厄介だ」
「情報局……ですか?」
レルシェントは説明を求める目を、オディラギアスに向けた。
「要するに、諜報活動を専門に行う部署だ。軍部始め他の部署とも、柔軟に連携を行うと言われている。そこの長官は、まだ若い人間族の男で、シエノン・ゼダル・ミーカルという名だと聞いているな」
オディラギアスの言葉に、全員が考え込んだ。
「軍部としては、レルシェの作り出す魔導武器は、なんとしても欲しいものであろう。情報局はそれに加えて、レルシェント自身――霊宝族との接触について興味があろうな?」
人間族中心のこのニレッティア帝国は、科学技術を中心に据えて、飛躍的に発展してきた。
この上更に、霊宝族の技術を取り入れられる機会があれば、それはもう飛躍どころの騒ぎではない。
文明を根底から作り変えられるということを意味する――他国に対する優位性は、現在の比ではなくなるのだ。
「んっ!? ちょっと待って!?」
マイリーヤが再び声を張り上げた。
「それってもしかして、レルシェは霊宝族だってことだけで危ないってこと!?」
オディラギアスが苦々しくうなずく。
「そうだ。まして、レルシェはメイダルの社会に影響力著しい司祭の家の出身。更には王家と類縁まである。メイダルとの交渉に当たって、人質にするのにうってつけ、という訳だ……」
ぎくっとした顔の仲間たちに振り向かれるのに、レルシェントはさらりと笑って見せた。
「大丈夫ですわ。そんな原始的な方法で脅せるほど、今のメイダルの体制は甘くありませんわよ。私が人質に取られたところで、無傷で奪い返す方法など、ざっと考えただけでも二十通りも思い付きますわ」
メイダルの魔法科学力を舐めないで下さいまし、とレルシェントが微笑むと、わずかな安堵の気配が仲間内から洩れた。
「……どうやら、ルフィーニルに入ったようだな」
オディラギアスは、詰め込まれている護送車の走行音から、路面の変化に気付いた。
「とにかく、情報局なり軍部なりがあたくしどもを尋問するはずですわ」
レルシェントが言葉を継ぐ。
「何をしていたか訊かれたら、霊宝族の伝説に残っていた、星暦時代の秘宝を探していた、と答えて下さいまし。魔導武器はあたくしがどこからともなく持ってきた、と。例の夢のことは伏せて、他はある程度だけ本当のことを言うのですわ」
声を低めて、慎重に口裏を合わせて。
一行は、そのまま王宮へと運ばれていった。