わたくしは、娘から皆様のことを伺った時点で、奇妙に思っておりました。
レルシェントの母にしてメイダルの大司祭ミスラトネルシェラは、一行にそう告げた。
娘も申しておりましたが、まるで最初から仕組んであったかのように、娘と同じ異世界の記憶を持った方々が五人、娘の旅の道連れになって下さいました。
しかも、全員で神聖六種族からお一人ずつという、絶妙な構成で。
わたくしには、大司祭としての経験から申しましても、これが単なる偶然だとは思えません。
必ず、これには何かの意味があるはずです。
その意味を、恐らく、あなた方はお知りになることになるでしょう……
◇ ◆ ◇
「ああ、あれがそうでやすかねえ」
近付いてきたその島を見て、ジーニックが声を上げた。
久しぶりの、レルシェント操る飛空船の上だ。
二十あまりある天空群島メイダルの島々のうち、外れにぽつりとある、その小島といって良い場所。
何故か虹色の渦巻く霧に包まれた、その不思議な島は、ゆっくりとその両腕を、選ばれた勇士一行六人に広げようとしていた。
「……このまま、着陸できそうですわね」
レルシェントは魔力で船を減速させながら告げた。
「参ります。皆さま、油断なさらぬよう!!」
船は、渦巻く霧の中に突入した。
誰もが一瞬息を止めたが、特に何か衝撃がある訳ではなく、船はごく普通の靄の中を進む漁り船のように、きらきら光るその中を進んでいく。
すぐに、目の前に石畳で固められた地面が見えて来た。
「ここが……」
「『神々の遊戯盤』?」
一行は思い切って船から降り立つ。
霧の中はぽかっと晴れた空間になっており、遠くまでよく見渡せた。
先ほどの虹色の霧は、「神々の遊戯盤」とその外側を隔てる役割だけのようで、内部の視界を妨げることはないようだ。
それどころか霧全体がぼんやり発光しているせいで、島全体がどこが光源なのかよく分からないような不思議な明るさで照らされている。
何だか絵の世界に迷い込んだような、奇妙な非現実感だ。
確かに……
そこは、「遊戯盤」という言葉のイメージに近い光景が広がっていた。
例えるなら、「実物大で本物の材料で作ったボードゲームの世界」だ。
マス目のようにきっちり整えられた、石畳の道。
そこここにある、実用というにはいささか心もとない大きさの塔や、目的不明の建造物。
建造物同士の隙間を埋めたり、あるいは何か視界を遮るような感触の、深い緑の森。
人の気配は、当然ながらなかった。
人以外の気配もだ。
まるで、一番最初にボードゲームの盤を開き、そこにとりあえずコマを並べた時のような……そんな、ぽっかりした空虚感と「隙間の空いている感じ」が、周囲に漂っている。
「んー、なーんか、拍子抜けしたなあ。番人とかがいてよ、ガバッと来るのかと思ってたぜ」
殷応想牙を手にしたままのゼーベルが、片手でぽりぽりと頬を掻いた。
敵意の持っていき場所がないのか何だかうろうろと落ち着かない。
「まーねえ、あの霧をくぐるだけで多分ナニヤラ大事だったとか、そーゆーことなんじゃない?」
こちらも愛用の、魔導銃ダウズールをやる気ない雰囲気で構えながら、マイリーヤはとりあえず推測を述べる。
「うーん、でも、来いって言われたから来たもののさ、出迎えもないって、カミサマ連中愛想悪すぎない? つか、これからどうしろっての?」
こちらに至ってはきっぱり油断しまくってラジオ体操らしきものをしながら、イティキラが身も蓋もない疑問を投げる。
「まさかと思うでやすが、巨大骰子とかが実体化して、チーム代表がそれを振りながら進む……とかじゃないでやすよねえ?」
この分だと、もしかすると、もしかするでやすよ? とジーニックが香砂布陣鞭を腰に括り付けたまま、もにゃもにゃ呟いた。
「ええ……それは勘弁してもらいたい……のですけど……」
困惑しきりのレルシェントも、これ以上どうすればいいのか判断がつかない。
何せ、「神々の遊戯盤」についての情報は、極端に少ない。
内部がどうなっているか、などという情報は、ほぼ皆無。
どうした訳だか、ここに突入して、そして帰還を果たした数少ない者たちは、みな内部の様子やどんなことがあったかなどということに関して、口を閉ざすのだ。
「しかし、こんな空虚な場所が『神々の遊戯盤』などという大層な名で呼ばれ、そして神々の知恵を求める勇者が挑む試練場、といった位置づけになるはずがあるまい。何かがあるはずだ。試練と呼ぶに相応しい、何かが」
まるで自分に言い聞かせるように呟くオディラギアスだが、完全な確信がある訳ではないようだ。
怪訝そうな表情で、しんとした周囲を見回している。
「理論的にはそのはず、だけれども……」
更に何の気配もしないことで困惑を深めたレルシェントが、周囲を見回し。
「……ちょっと、『神託の祈り』をしてみるわ。何かしら……」
メイダルの司祭や巫女特有の、神託を乞う神聖理魔法を行使しようと、彼女が準備を始めたその時。
「我が巫女姫よ!! 道を求める者よ!! 汝の祈りは、天に届いているッ!!」
高らかな、というにはキンキンした有難みのない声が、頭上から轟いた。
思わず頭上を見上げた一行の目に映ったものは。
「巫女姫に導かれし英雄たちよ!! 汝らが時は、ここに満ちる!! いざ!! 神の試練を潜り抜け、我が元に至れ!!」
重力を無視するかのように降り来たったそのほっそりした人影の、あまりに「取って付けたかのようなかっこつけたセリフ」に、一同は面食らった。
それはもう、一瞬、そのいかにも怪しげな少女が何者か、追求するのを忘れそうなくらい。
「この聖なる試練の島は、今ぞ汝らにその身を開く!! いざ進め勇者たちよ、汝が運命の道を見出すのだ!!」
その降りて来た少女は、いかにも「普通の女の子」だった。
元の世界の彼らの故郷で、その辺をほっつき歩いていても、誰も気にしないくらいには普通だ。
どうにか女らしくなってきたくらいの体つき、そしてほっそりした手足。
黒に近い茶色の髪は、ツインテール。
チュニック状の上着にショートパンツの、えらく普通の子供っぽい出で立ち。
活き活きした栗色の目が印象的な目鼻立ちは実に愛らしいといっていいが、しかし。
『中二……』
『『中二だ……』』
『『『『『『……むっちゃ中二だこの娘……』』』』』』
何せ、セリフがセリフなので、一行の頭にはこの二文字しか浮かんでこなかったのである。
実際、中学二年生くらいに見えるし。