「うらぁああぁあぁっ!!」
雄たけびと共に振り下ろされた幅広の太刀が、その古魔獣の首と胴を両断した。
氷山を刻んだような見た目の、その青い巨大な獣は、瞬時に絶命し、石床の上に地響きと共に崩れ落ちる。七つあったオレンジ色の目から光が消え、肉体からもうもうと煙が上がり、空気中に全身が融解を始める。
「はっ……あっ……!! やった……!!」
返り血を浴びながらも距離を取り、身構えた赤錆色の鱗の龍震族の男性は、自分のしたことがにわかに信じられないようだった。
「ほう、やるな。地上の武器で、今の一撃は見事だ」
オディラギアスは相変わらずドライアイスのような音と煙を立てて消えて行く古魔獣と討ち果たした青年を見比べながら、しっかとうなずいた。
呆然とする青年の周りには、分厚い石壁、その向こうには天井までびっしり彫刻を施された、精緻な壁がそそり立っている。
その道なりに視線を奥へと向ければ、淡く輝く不思議な金属の扉が、まるで昨日据え付けられたばかりのように輝いている。
遺跡の最奥部。
取り立てて説明されなくとも、その扉の向こうがコアルームだと、ここまで進んできた者なら理解できる。
「……俺が、とどめを刺したのか……?」
赤錆色の龍震族青年は、呆然と自分の武器と手を見下ろした。
遺跡攻略に加わるに当たって、新しく支給されたその地上では最上質の武器を。
「今のが、守護者ってやつ……なのか? これで、遺跡の攻略は……」
まるで自分に説明するかのようにぶつぶつ言っていた彼に、オディラギアスが近付いた。
「功労者の名前は記憶されねばならぬ。そなた、名前はなんという?」
唐突に王族に問われて、青年は背筋を伸ばした。
「は……ファディルジーズ・カウルイドゥと申します」
「そうか、ファディルジーズ。そなたは強い龍震族だ。そなたのような者の力は、野盗のような行いに費やされるべきではない。これからのクジャバリの行く末にこそ、役立たせて欲しいのだ」
そして、オディラギアスは、今の今まで守護者とそれを取り囲む魔物たちとの戦いに入れ込んできたクジャバリ突撃部隊の面々の顔を見回した。
「そなたらも、御苦労であった。そなたらの力で、今ぞ、遺跡の最奥に辿り着いた。後は我が妃が、遺跡を本来の機能に戻し、この大地を汝らに相応しい富の源とするであろう!! これはそなたら全員の功績である!! よくやってくれた!!」
歓喜の叫びが、突撃部隊の者たちから湧き上がった。
本来なら、このレベルの遺跡なら、オディラギアスたち四人が揃っていれば攻略可能であっただろう。
だが、あえて地元の龍震族たちに手を下させた。
これは、彼らに「自分たちが己の力でこの遺跡を解き放ち、未来を切り開いた。誰かに一方的に与えられたものではない」ということを実感させる手段でもあった。
無論、オディラギアスたちが一方的に守護者や機獣古魔獣を蹂躙した方が簡単ではある。
しかし、あえて手間をかけさせて、クジャバリの住人たちに手を下させることは、未来の礎として、この上なく重要だ。
人は、パンと「効率」だけでは、大局に際して動けない。
「己とのつながり」があるものにこそ、人は手を伸ばそうとするのだから。
まして。
戦いを自らの本義と定める龍震族に、他人の戦いの結果だけ啜って生きるような生き方を強いれば、あっという間に歪んでしまう。
身体ばかりでなく、精神的な健康、そして未来への健全な志向を彼らに与えてやることこそが、オディラギアスが主に立てた作戦だった。
「はいはーい、怪我した人、集まって!! まとめてぱぱっと回復魔法かけるから!!」
イティキラが声をかけると、大部分の突撃部隊の者が集まった。
守護者及びその配下たちとの戦闘で、誰もが傷付いている。
それでも、彼らの表情には満足感があった。
よし、いいぞ、とオディラギアスは満足した。
今までの鬱屈した凶暴さではなく、彼らは龍震族本来の健全な闘争心と自尊心を取り戻そうとしている。
これなら、いける。
未来を、彼らの手で掴ませられる。
「さあ、皆さま、お集りになって下さい。いよいよ、コアルームの扉を開けますわよ!!」
レルシェントが、皆を促した。
固唾を呑んだ表情の面々が集まる。
「ふう、いつもながら、この瞬間はどきどきするでやすねえ」
楽しそうに、ジーニックが近付いてきた。
「楽しみでやすよ。実際に遺跡に制圧されている農地を解放したら、どのくらいの農業生産性がもたらされるのかでやすとか、機獣や古魔獣はどんな風に使われるのかでやすとか。多分、フォーリューンの時ともまた違うでやすよね」
レルシェントが振り返った。
「多分、主要な作物は結果が出るまで時間がかかるけど、一週間くらいで育てられる即席的な野菜もあったはずよ。そういうものの種も多数保管してあるはず。食用魔物を狩りとって食肉として加えられれば、食生活は一気に豊かになるでしょうね」
今は夏、農地整備に一か月弱を見るとして、冬小麦に相当する作物の種まきには間に合うはず、とレルシェは付け加えた。
「来年春には、収穫ができるでしょう。ここの辺りで、星暦時代に作られていた作物と言えば、香り小麦かしらね?」
聞き慣れぬ名称に、ジーニックばかりか、突撃部隊の面々が首を傾げた。
「名前の通り、甘く食欲をそそる香りの強い小麦ですの。栄養価も高くて、美味しいのですわ。パンや麺にすると至高と言えるくらいに美味だそうですけれど、お酒――麦酒にしても最高だそうですわ」
むむっ、と、突撃部隊面々からの熱気が伝わってくる。
そもそも体が資本の龍震族は、その肉体を動かすエネルギーを供給してくれる食べ物にも、本来関心が高い。
にも関わらず料理文化がいまいち発達していないのは、彼らの手の形が料理のような繊細な手先の作業に向いていないのと、何より食材が不足し続けるのが常であったからだ。
この先、料理を担当する従僕型魔法生物(サーヴァント)を使役でき、更に食材が溢れるようになれば、かつてこの地で霊宝族が享受していたという、グルメな生活も夢ではなくなる。
「サトウキビも、果物なんかも採れますかしらね? お菓子も美味しかったと、ものの本に書いてありましたわ。半年も待てば、嫌というほど美味しいものが召し上がれますわ。ちょっとお待ち下さいませ。今、その鍵を開けますから」
無言の、「早く!!」という圧力に背中を押され、レルシェントはコアルームの扉の前に立った。
「私はアジェクルジット司祭家の当主の次女、レルシェント・ハウナ・アジェクルジット!! この扉を開けなさい!!」
わずかなタイムラグがあって、扉はあっさりと開いた。
魔力光の満ちるコアルーム室内が、全員の前に晒された。
そのすぐ手前に、小さな影。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
小さな子供のような影は、丁寧に一礼した。
淡いオレンジの肌に、濃いオレンジの宝珠を額に戴いた、この遺跡のコアのアバターであろうと、推測できる存在。
幼女の姿をしたその存在は、古めかしい貫頭衣型の衣装をまとってレルシェントの側に近付いた。
「オーダーをお受けいたします。いかがいたしましょう?」
「戦時モードをただちに解除なさい」
レルシェントは、前もって用意していた指令をてきぱき下した。
「そして、全種族への敵対モードも解除。管理権限者に、こちらのオディラギアス様を加えてちょうだい。そして、周辺をただちに計測し、最適な再開拓、及び農業実施計画を提出、承認後に実行なさい。農産物の種子は、全種類保全してあるわね?」
「はい、ご主人様。問題ございません」
「それと、居住区を、近隣にお住いの龍震族の方々にお譲りします。ただちに、必要な補修と最適化を」
「ただちに行います」
その会話を背後で聞いていた突撃部隊の面々は、不思議そうな顔を見せた。
「ええっと……つまり? どうなったの、これ?」
一瞬だけレルシェントと目配せしたオディラギアスが説明を買って出た。
「喜べ、我が民よ。この遺跡の所有者は、今から汝らである。すでに、機獣と古魔獣は無害化された。もう、戦わなくていいのだ、使役すればいい。そして、あの広々した居住地は、整備が終わればすぐに引っ越せる」
寒さも熱さも無縁の快適な住居だ、従僕も付くぞ、と付け加えると、どよめきが湧き上がった。
「すぐに農地は開拓されよう。汝らは気が向いた時に周囲の魔物でも狩りながら、ゆっくり待てばいい。それぞれに相応の農地が与えられ、汝らは収穫を受け取れば、それでいい」
歓喜の声は、いっそ戸惑いに似ていた。
今までの苦労に比べて、そんなに急に生活が楽になるのか。
正直、狐につままれた、という感覚なのだ。
「嘘みたいだけどね!! 遺跡って通常モード起動するとそうなるんだよ!! あたい、自分の地元で経験済みだよ!!」
イティキラが口を挟んだ。
「ある程度作物が育てば、あっしが仲介させていただいて、先物取引もできると思うでやすよ!!」
ジーニックが囁いた。
「お隣の国と取引するなら、略奪なんかより、まっとうなお客になってもらった方がいいでやす!! 隣は鉄鋼業で潤ってやすからね、農作物は高く売れるでやすよ!!」
あまりのことに認識が追い付かない様子で、誰かが声を上げた。
「ええっと、じゃあ、次に俺らってどうすりゃいいんだ!?」
オディラギアスが笑い声を上げる。
「帰って、クジャバリ防衛に努めていたサイクゥゼルス殿始め皆に作戦成功を伝えればいい!!」
大きな仕草で、オディラギアスは皆を促した。
「さあ、クジャバリに凱旋するぞ!!」