メイダルは、幻想的なまでに荒涼とした砂漠と、逆説的に豊かな緑から構成された島々だった。
海のように広がる砂の連なりの一方、人間の居住するような場所は、いわゆるオアシスに当たるようである。豊かな水と緑によって、さながら砂の海に浮かぶ島のように、夜の光の中に、瑞々しい輝きを放って浮かび上がっていた。
そのオアシスも魔法によって生み出されているのだろう。
あのラグゼイの遺跡にも似た轟々と水を生み出す巨大建造物がオアシスの中心にあり、林立する塔のように見える補助施設からは、大量の水が滝となって流れ落ちている。
それらは街のあちこちに据え付けられた発光する照明用の鉱石の光を受けて、ぼんやりと夜の虹を生み出していた。
街は発光石の照明で、さながら細工ランプのように幻妖な光を放っており、それらすべてが、他の場所から来た五人には、まるで夢の世界としか思えないような、幻想的な光景に映っていた。
建造物の一つ一つが、まるで神殿か何かではないかと思わせるような、華麗で曲線豊かな建築様式によって仕立てられており、そこに人類の日常があるということが納得いかないほどに詩的である。
日没を追って昇って来た月と星に照らされ、メイダルの街並みは秘密の物語を囁きかけるかのように輝いていた。
「……これが、メイダルか……。美しいな」
飛空船の上、段々近付いてくる御伽噺の世界のような国を眺めながら、オディラギアスが嘆息した。
あの、薄汚れたバウリの様子を見ていた彼の目には、そのいっそどぎまぎするような美しさは、この上なく新鮮な驚きをもって飛び込んできた。これが現実の風景だなどとは、正直信じがたい程だ。
「嬉しいわ。あなたに気に入ってもらえて」
オディラギアスと並んだレルシェントが、嬉し気に微笑んだ。
「すっごい、御伽噺の国みたいだなあ……綺麗すぎて現実感ないよ……」
イティキラが目をぱちぱちさせた。
「ボクらが元いた世界だと、アラビアンナイトっぽいけど、もっと魔法チックだよねえ。ああ、液タブとパソコンあったらなあ」
絵にするのにぃ~~~、ともにょもにょしているマイリーヤの様子が微笑ましい。
「うん、いいお国でやすね。栄えているのがこうして見ているだけで分かるでやすよ」
ジーニックは、色々思うところがあるようだ。
「……随分あっさり入国許可は下りたが、レルシェがいたからなんだろうな……ここからが本番かも知れねえぞ、おめえら」
ゼーベルは、どことなく緊張している。レルシェントと同等レベルの強者が、無数にいて、そういう連中とトラブルでも起きたら――を警戒するのは、なるほどオディラギアスの護衛らしい。
「これが、伝説の天空島、メイダル……ああ、まさか生きているうちに見ることができるだなんて……!!」
少女のように瞳を煌かせて美しいその光景を見詰めるスリュエルミシェルを、オディラギアス始め一行は微笑ましく見守った。
「ああ、迎えが来ているわね」
レルシェントが、魔法生物が導く石材で護岸された天空島の岸辺を見やった。
どんな原理でか、宙に浮かぶ発光石の街灯らしきものに照らされて、霊宝族の女性らしき人物と、その左右に、一見すると龍震族にしか見えない男性が二人、控えていた。それぞれの背に、恐らく魔導武器であろう大剣が収まっている。
オディラギアスの目は、片方の龍震族男性に引き付けられた。
体色が。
鱗と、翼、髪の色が、純白――オディラギアスと同じ色なのだ。
思わずまじまじと見つめてしまったオディラギアスに、その龍震族男性はにっこりと微笑みかけた。
包容力を感じさせる、大らかな笑みで、オディラギアスは何だか色々と話をしたくなってきた。
更によく見ると――その男性、そしてもう一人の龍震族男性も、「通常の」龍震族ではなかった。
額、そして左右の湾曲しながら伸びた角の先端、もう片方は中ほどに、それぞれ霊宝族と同様の宝珠が嵌め込まれているのだ。
ああ、なるほど、彼らが。
オディラギアスは、しばらく前に、レルシェントに聞かされていた話を反芻する。
霊宝族の中には、少数民族として、他の種族と混血した特殊な霊宝族というのが存在するらしい。
霊宝族の親から魔力の源となる宝珠を、他種族の親から、その種族の形態とその他の長所と言うべき特性を受け継ぎ、彼らは純粋な霊宝族とも他種族とも違った、より強力な種族となるのだという。
霊宝族と龍震族が混血した種族である彼らの名称は――「寿龍族(じゅりゅうぞく)」。
武器戦闘ばかりか、戦闘的な魔法の行使につとに優れ、多くが武威をもって何かを守る職業――軍人や、王宮の衛兵、宗教組織の僧兵から、いわゆる警察官の類まで――に就く場合が多いという。
そんな彼らを擁する、王宮の使いが口を開いた。
「ルゼロス王国のスリュエルミシェル様、並びに王子オディラギアス様。ご来訪を歓迎いたします。王室侍従官シエマローシュ・カイディジニ・アメンジャラート、我が君主、女王アイルレーシャ陛下の命により、お迎えに上がりました」
王宮侍従官の紺碧に金色の刺繍のローブを纏った、霊宝族女性が、二人に一礼した。
その額には、夕映えを閉じ込めたような金色の夕照石が、濃密な光をたたえている。照らされた夜の薄闇の中で発光するような金髪を、同じく金細工の髪飾りで高く結い上げて、その侍従官シエマローシュは高貴で知的な美貌に、暖かな笑みを浮かべた。
「同じくルゼロス王国のゼーベル様。そして、ニレッティア帝国のマイリーヤ様、イティキラ様、ジーニック様。ようこそ、このメイダルへ。そして、巫女姫レルシェント様、ご無事の帰朝をお喜び申し上げます」
仲間たちが挨拶を交わす中、オディラギアスはそれもそこそこに、ちらちらと、その白い寿龍族に目が行きがちだった。
「皆様の護衛を務めさせていただきます、宮廷護衛士のマーゼレラーン・スヴェイク・オジュウルズと申します。どうぞ、よしなに」
額と螺旋の角の中ほどに、きらきらとした金剛石を保持したその白い寿龍族は、穏やかに一礼した。白い髪を鏡銀の髪飾りで幾段にも束ねた、男らしさと優雅さを兼ね備えた美丈夫である。
「オディラギアス殿下。奇しくも同じ色を我らが女神より与えられたことを光栄に思います。道中、何かご命令があれば、どんなことでもご遠慮なく」
オディラギアスはマーゼレラーンの満ち足りた鷹揚さに、密かに感心した。
レルシェントから聞かされてはいたが、このメイダルの寿龍族社会では、白い龍だからといって、差別されるということはないらしい。
何かと荒っぽく刺々しくなりがちな、故郷ルゼロスの龍震族たちの物腰と違って、明らかに武官であるのに悠然と穏やかであるマーゼレラーンの態度に、オディラギアスは自らの目指す龍震族の在り方を見た。
「同じく宮廷護衛士のゼナスフィール・ドモルシェ・オジュウルズと申します。このマーゼレラーンは父になります。そして、レルシェント様の幼馴染でして」
もう一人の寿龍族、玉虫色の鱗や翼の美しい、額と角の先端に月長石を持つ若者がそう告げ、オディラギアスは幾重にも興味を引かれた。ゆるやかに整えた髪と、端正かつ精悍な目鼻に男の色気がある。
まず、どう見ても自分と同年代に見えるマーゼレラーンに、こんな大きな息子がいること。そして、レルシェントの幼馴染だということで。
「ゼナスフィール、よりにもよってあなたに『様』付けで呼ばれるなんてむず痒いわね?」
くすくすと、レルシェントが笑う。
その忌憚ない口調から、確かに彼らは幼馴染と言えるような間柄だと実感できる。
「むず痒いのもしばらく我慢してくれ。何せ、これはメイダル始まって以来の一大事なんだからな? そもそも、君の旅が全ての始まりなんだから、文句は言いっこなしだ。全く、君ときたら、何かとんでもないものの蓋を開けてばかり……」
と言いかけたゼナスフィールの頭を、その父マーゼレラーンの手ががしっと掴んで押さえつけた。
「ちょっ、イタタタタ……」
「お前は!! いつも一言多いんだ!! 申し訳ないね、レルシェント。気にせんでくれ。こいつも、そういうつもりではないのだとは思うが」
その父子の様子に、レルシェントが吹き出したばかりか。
「ああ……癒されるでやす……」
何だかキラキラしているジーニック。
「鱗のあるごつい人たちの、親子の繋がりって、いいよな……」
まるで一服したかのように、ぱふー、と息を吐くイティキラ。
「天国だ……あの地獄のバウリ王宮から引き比べて、ここは天国だ……むっちゃ癒される……!!」
涙を流さんばかりのゼーベル。
「心が洗われるぅ……龍震族系の人たちにも、こんなに和やかな父子関係が……!!」
凄惨とすら言えたルゼロス王族の親子関係を思い出して、目の前の親子関係を拝まんばかりのマイリーヤに、オジュウルズ父子は怪訝な顔を向けた。
「さあ、王宮行きの船にお乗り換え下さい。女王がお待ちです」
シエマローシュがそのコメディ劇にくすくす笑い、そして、近くに停めてある船へと、彼らを案内したのであった。