6-15 悪夢の利用法

 オディラギアスは、爆炎の中でも邪悪な笑みを浮かべるその男の顔を、じっとりした憎悪と共に睨みつけた。

 

『オディラギアス。この出来損ないめ。呪われた息子。我が一族の恥よ』

 

 その男――黒灰色の鱗と頭髪、そして角を持つ龍震族の男が憎々し気に呻いた。

 右腕と胴の半ばが吹き飛んでいるのに、何故か苦痛の色も見せない、その男。

 

 その名は、ローワラクトゥン・アゼンブジェル・セローブルハ。

 オディラギアスにとっては実父、ルゼロス王国の、現国王である男。

 

 彼にとっては認めたくない事実ではあるが、確かにローワラクトゥン王とオディラギアスには、面差しや体格で似通ったところがある。

 顔の輪郭や顎のライン辺り、そして全体的な体格――息子の方が更に一回りたくましいが、確かに直接見れば、誰もが血縁を感じる程度には似ている。

 それが、オディラギアスには忌々しく――そして、この状況ではぞっとした。

 

「あなたがここにいるはずがない」

 

 オディラギアスは日輪白華を構えた。

 並の龍震族なら、一刺しすれば肉体が大破して絶命するほどの威力があるはずの、その武器。

 何故か、その男には効きが悪いような気がする。

 

「あなたは王宮でふんぞり返っているか、誰かが露払いしてお膳立てした戦場にしか現れない男だ。この、本当の冒険の場に現れるはずがない」

 

 辛辣なその一言は、オディラギアスが自身に言い聞かせる言葉であると同時に、紛れもない事実そのものの指摘でもあった。

 

 ここは、どこだ。

 周囲の景色が、何だか虹色の靄がかかったようにぼやけて、どこだかはっきり分からない。

 だが、オディラギアスの記憶が確かならば、眠れる遺跡メロネリの入口であったはず。

 

「貴様が本当は誰か知らないが、どちらにせよ我が道に立ちはだかることは許さない!! 滅せよ!!」

 

 オディラギアスが叫ぶと同時に、そのアンデッドの如き姿となったその王は、喜悦の絶叫を上げて宙に舞った。

 

 鈍く輝く大剣が、実の息子の頭上から打ち下ろされる。

 が、それより速く、太陽の輝きが閃いていた。

 

 爆発音と共に、ローワラクトゥン王の胸の中央が吹っ飛んだ。

 ぼろぼろだった胴体が更に粉々に破壊され、幾つもの肉片となって吹き飛んだ。

 一瞬だけ掠めた大剣の先で、オディラギアスの引き締まった頬から血が流れた。

 だが、オディラギアスは、攻撃に集中した。

 おぞましい光景が一瞬だけ広がり――そして、世界が、暗転した。

 

 

 ◇ ◆ ◇

 

「……ここは?」

 

 オディラギアスは呆然と、その場に立ち尽くした。

 一瞬、意識が揺れ、そこがどこか分からなくなる。

 わずかの間の逡巡、そして、目の前の石の床で溶け行く、奇怪な古魔獣の残骸を目にすることで、どうにか現実感が戻ってくる。

 

 ――ここは、メロネリ遺跡研究所エリアの入口。階段の手前。

 

「皆様!? ご無事ですか?」

 

 聞き覚えのある声で、また更に世界が近くなった。

 

「……レルシェント!? 無事だったか!?」

 

 オディラギアスが振り向くと、彼女の前でも、奇怪な古魔獣が宙に溶けていく途中だった。

 ぼんやりした光でできた巨人のような、何とも言えぬ違和感を覚える古魔獣。

 古魔獣――だろう、戦いが始まる前に、レルシェントがそう言っていたのだから。

 

「ッ!! 思ったよりやりますわね……!!」

 

 レルシェントが手首を返して、叫び声を上げるマイリーヤに迫っていた、古魔獣の胴体を両断する。悲鳴を上げていたマイリーヤの放った弾丸をよける破目になったが。

 

「こっちもか……!! しっかりしろ!!」

 

 オディラギアスは、ゼーベルと相対している古魔獣に、無造作に日輪白華を突き刺した。

 嘘のように呆気なく、古魔獣は二つにちぎれた。

 同時に、虚ろな目で太刀を振り回していたゼーベルが正気に返る。

 

 ジーニックは、召喚獣セクメトの力を借りて。

 イティキラは「うるせぇええぇぇぇーーーー!!」という絶叫と共に拳を振るって。

 それぞれ、悪夢の世界から、現実世界に帰還した。

 

「ああ……ああ、なんだったんです? 兄貴は……?」

 

 ぽかんとした顔のジーニックのその言葉を聞いて、オディラギアスはこの奇妙な古魔獣たちが、どういう仕組みで敵を攻撃するのか、わかる気がした。

 

「……どうも、心の中の傷になっているような出来事や人物の姿形に自分を見せかけて、そして同時に精神に影響を与えるような何らかの術を使って、この古魔獣どもは侵入者を攻撃するのだな?」

 

 そうすることで、現実感を失わせ、悪夢の中であがくような無力感と絶望を感じさせて、この古魔獣は侵入者をゆっくり「料理」するのだろう。

 オディラギアスがその推測を述べると、レルシェントは頷いた。

 

「精神攻撃を中心とする、霊宝族の間では悪夢(ナイトメア)タイプと呼ばれる種類の古魔獣ですわ。あまりに危険なので、一部例外を除いて、現在のメイダルでは製造が禁止されている種類なのですが……」

 

「……この遺跡、三千年前のもの。つまり、そういう規制が存在する前に、兵器としてブリバリに現役だったやつ。つうこと?」

 

 ゼイゼイ言いながらイティキラが問うと、レルシェントは更にうなずいた。

 

「普通に火力頼りの攻撃を中心に据えると、森の植物を傷つける恐れがあるから。ここの古魔獣は、そうしないように、自身の火力を上げるよりも、相手を無力化する方向に特化した種類なのよ」

 

「じょ、冗談じゃねえぞ……!!」

 

 ほとんど顔が土気色になったゼーベルが、こちらも荒い息のままこぼした。

 

「あんな昔の嫌なこと全般、古魔獣だの機獣に出くわすたびに見せられるのかよ……!! ツライんだが!! 何とかならねえか……!!」

 

 レルシェントは同情の溜息をこぼした。

 ゼーベルは、この世界では孤児だったという。実の親の顔も覚えていない。

 その後、どうにか気の荒い職人に弟子として引き取られたが、心を健やかに成長させる要素の著しく欠けた環境しか与えられなかった。

 ひょんな偶然から、冷や飯食いのオディラギアスの従者という立場に採り立てられたが、それまでの環境から比べると、天国かと思ったという。

 

「ううう~~~……レルシェ、どうにかならない……?」

 

 涙の跡のまだ乾いていないマイリーヤが、切々と訴えかけた。

 レルシェントは、彼女の涙を拭ってやる。

 

「精神障壁(サイコウォール)の術を三倍掛けしましょう。時間制限ありだけど、制限時間内に目いっぱい進んで、後はまた休んでまた掛けて……を繰り返して進めば何とかなると思うわ」

 

 ほんと、とマイリーヤが目を輝かせる。

 

「幸い、この研究所エリアの実質的な探索区域はさほど広くないわ。この階段を登りつめて、あの最上段の上にある建物を探索すればすぐにコアルームに辿り着けるはずよ」

 

 レルシェントに釣られて上を見上げた一行の目には、ピラミッド型の全体から比べれば、大きいとは言えない四角い建物。元の世界で言えば、街のささやかな個人病院くらいの大きさの建造物だ。

 

「あーーーー!! レルシェ!! そのサイコナントカ、早く掛けて!! 掛けて!! 掛けてーーー!!」

 

 イティキラが肉球でぷにぷにとレルシェントの脇腹あたりを押し始めた。

 

「掛けてくれないと、もう肉球触らせてやんないぞーーー!!」

 

 はいはい、と返事して、とりあえず肉球をぷにぷにしてから。

 レルシェントは、精神障壁の術の詠唱を始めたのだった。