10-3 ゼーベルとマイリーヤ

◎ゼーベルの場合

 

「こいつはオディラギアス様に回しておく。それと、ガリディサ王国の第二王子さんは、もうそろそろだな?」

 

「はっ、只今空港に着かれたと」

 

 王宮の事務員からの決裁待ち報告を上に回し、隣国の王族の到着を待ちながら、ゼーベルはめまぐるしくスケジュールをこなしていく。

 

 オディラギアスの執事、裏切り者のマディーラウスに成り代わって第一の執事となったゼーベルは、主ともども、国の最前線に立つ忙しい日々を送っていた。

 

 最近関わることが多いのは、もっぱら顔も覚えていない両親の故郷だった南の隣国ガリディサ王国との関係の調整だ。

 

 ルゼロスがメイダルの援助で発展していくのを見た隣国は、大使を派遣し、ルゼロス王国国王に、メイダル王国との仲介を依頼。

 見返りに比較的安価に、豊富な金属資源の提供を申し出た。

 オディラギアスとしても、神々から「世界の修復」を任された以上、密接な関係にある隣国との文明格差が開くことを望んではいなかった。

 即座に仲介し、ジーニックを付けてメイダル行きの船を手配、ガリディサ王国とメイダル王国の外交の端緒を開いた。

 

 元々、霊宝族を造り出したオルストゥーラ女神と、蛇魅族を造り出したビナトヒラート女神は親友という間柄。

 それぞれが支配する両国の関係改善に、時間は必要なかった。

 今では、ガリディサ王国も遺跡を克服し、以前の十数倍にも当たる希少金属採掘量を確保、現在金属の生産加工では、世界のトップを突っ走る。

 

 手先の不器用な龍震族に求められ、ガリディサ王国の器用な蛇魅族が、魔導具加工などの職を求めてルゼロスに移住してきた。

 前からルゼロス王国でもちらほらと蛇魅族の姿は見られたが、今では数倍の数の蛇魅族が流入している。

 彼らガリディサ由来の蛇魅族の出世頭としてゼーベルは目されており、実際に「オディラギアスを支えた忠臣の同族」ということで、ガリディサ出身蛇魅族は、前以上に友好的に扱われている。

 

 本日は諸々のお礼も兼ねた表敬訪問ということで、ガリディサの経済を取り仕切る第二王子が来朝する。

 恐らく、ルゼロスへの自国移民受け入れの増加、並びに、食料輸入――主に香り小麦――の増加も話し合いたいのだろう。

 

「まー、気持ちは分かるがなー……」

 

 ぽつりと、会見室に向かう途中でゼーベルはこぼす。

 一度ルゼロス産の香り小麦を口にしたら、土地の痩せたガリディサで育った並の品種の小麦は食べられない、とは、よく言われている。

 今のところ、想定の数倍の香り小麦の収穫量なので、外国に売れるのは良いことなのだが、向うの農家の死活問題もある。

 転作の指導などに、メイダルの協力も仰ぎたいところではある。

 

 これが、政治。

 国を、動かすこと。

 世界の一部に責任を持つこと。

 誰かと共に、未来へ向かうこと。

 

 前の国王のあのだらしなさで、よくこの国、瓦解しなかったよなあ、と、内心一人ごちるゼーベルである。

 

 同時に、長年夢見ていた、王器と信じた主を支えて国を動かせる充実感に、たまらない満足を覚える日々でもあった。

 息を吹き返したこの国は、そして修復された世界は、少なくともオディラギアスと自分の目の黒いうちは、決して後戻りすることはないであろう。

 

 ……決して後戻りできない理由が、できたのだし。

 

 

◎マイリーヤの場合

 

「……来週、ガリディサ王国を横切って嵐が来るね。図示した進路の地域に、前言った、嵐の対応を指示して」

 

「はい」

 

 マイリーヤが割り出した嵐の進路と時期に合わせ、即刻農作物への対応が指示された。

 メイダルから派遣されてきた、蒼透石を額に戴いた聖霊族の秘書が、即座に指示をネットで送信する。

 王宮の幾つもある中枢メンバーの執務室では、ある意味最も幻想的な光景に見えるのが、刻一刻と移り変わる気象状況、そして農産物の生育状況を空中投影画像で示したこの部屋かも知れない。

 

 この農業大国ルゼロスでは、気象の変化に対応し、嵐などの異常に適切に備えるのは、ことのほか大事な仕事だ。

 その総責任者であるマイリーヤの仕事は、気が抜けるものではない。

 もし、対応を間違えて農作物の不作などということになれば、自国は勿論、現在通商のある各国の食糧事情も極めて悪くなる。

 責任は、重大だった。

 

「よし……これで大丈夫だと思うけど」

 

「お疲れですね、閣下。この嵐さえ乗り切れば、当分は穏やかな気象状況になると思いますよ」

 

 よく気の付く秘書官が、気を遣ってくれる。

 マイリーヤは、ふふっと笑って返事を返した。

 

「平気。ゼーベルだって頑張ってるんだから、ボクがへこたれる訳にいかないよ。ボクがヘマなんかすれば、ゼーベルだって立場悪くなるからね」

 

「当てられますね、ふふふ……」

 

 オディラギアスとレルシェントが結婚して間もなく、マイリーヤもゼーベルと結婚した。

 屋敷はあるが、二人ともほぼ王宮詰めの毎日だ。

 友達とも毎日会えるし、何より充実感がある。

 自分の手で、刻一刻と国が動き、結果が出ている実感。

 

 何より、同族以外には気難しかったルゼロスの龍震族が、自分のような妖精族始め、他の種族とも友好的にしてくれるようになったのが嬉しい。

 故郷のニレッティアから、グルメ旅行の観光客がよく来るようになったが、彼らが嫌な思いをしたという話は滅多に聞かない。

 

 休憩にしようかという段になって、私用の通信機器がアラーム音を立てた。

 

 見ると母からで、ルゼロスに来た時に覚えた料理を、自宅で再現したという写真付きの話題を送ってきてくれた。

 ルゼロスの肉主体のピザをフォーリューン風にアレンジし、フルーツピザにしてある。

 

 ……これは美味しそうだ。

 王宮の料理人にねだって、作ってもらおうか。

 ちょうど、レシピも送ってきてくれたし。

 

 くう、とお腹が鳴った。

 

「……嵐は来ても、おなかは減る」

 

「栄養不足は妊婦には禁物ですからね。小腹が空いたら、すぐ補給なさった方が良いですよ」

 

 くすくす笑われるのも構わず、マイリーヤは王宮料理人のアドレスに、そのうちでいいからという断り書き付きで、フルーツピザのレシピを転送したのだった。