◎ジーニックの場合
「うーん、だいぶ定着したでやすねえ」
商人公爵として経営している寿司店の第一号店が、いよいよメイダルにも開店するという日になって、ジーニックは地図上で示された自分の経営する各種店舗の分布状況を確認した。
王宮の商業管理執務長官の執務室、様々な光点が、ルゼロスの地図上に散らばっているのを見て、ジーニックは満足を覚える。
単に、自分が儲かるから、というだけではない。
このルゼロス王国は、土地が肥沃で、遺跡の害さえなければ、非常にグルメな土地柄だ。
にも関わらず、料理文化が今まで貧弱だったのは、住人の中心である龍震族が細かな手先の作業――それこそ、料理のような――に向いていないのと、同時に他種族を一部を除いて拒んできたことによる。
しかし、今、である。
ジーニック経営の店舗分布を見れば一目瞭然であるが、他種族、場合によってはサーヴァントを使って、料理文化は花開いた。
ジーニックが持ち込んだ「寿司」は、瞬く間に沿岸地域を中心に店舗を広げた。
最初はおっかなびっくりだった龍震族は、その真新しい料理が極めて美味いと分かると、あっという間に態度を変えた。
仲間たちが元の世界から持ち込んだレシピや、遺跡やメイダルに残っていたレシピを駆使して、ルゼロスでは絢爛たる料理文化の華が咲いた。
沿岸部では、寿司やパエリアなど、魚介類を中心にしたもの。
内陸部では、ピザやロールパリフェ菜など、肉と野菜、小麦を中心としたものなど。
沿岸部でも、シーフードピザなどは広まりつつある。
……料理文化は大事だ。
単に龍震族が食いしん坊でそれを満たしてやるためではなく、人は胃袋が満たされないと、別な方面でいらいらを解消しようと、攻撃的になるものだから。
逆に言えば、美味いものを食べている時、人は他人に対して寛容になる。
一緒に美味い物を食おう、という気になるのだ。
ただでさえ好戦的な気性の龍震族には、この方面を満たしてやることで、いらぬいざこざを避けさせることができる。
国内の空気を平和なものにする、という、政治的な理由が、このルゼロスの美味には存在している。
ジーニックは、この原始的だが生きている以上、常に付きまとう課題に取り組んできたつもりだ。
そして、それは見事な成功を収めている。
ジーニックの忌憚ない性格、下々の者にも、ルゼロスの大事な胃袋を頼む、と、あっけらかんと頼む性格に支持が集まっていた。
海で戦闘としか思えない漁を行う漁師たち、そして、内陸で肉の山と格闘する狩人たちは、よく働いてくれて、ジーニックの店にどんどん食材を持ち込んでくれた。
つまり、それは、ルゼロスの料理文化をより豊かにすることに繋がった。
「……閣下」
不意に、若い霊宝族男性の秘書官に声をかけられ、ジーニックは顔を上げた。
「メイダルの寿司店第一号店なんですが、これ……」
困惑気味の秘書官が送って来た映像を見て、ジーニックは目をぱちくりさせた。
「……並んでやすねえ」
「並んでますよ。二時間待ちだそうです」
「メイダルの人でもこんなに並ぶんでやすねえ」
「普通はここまでしませんよ。寿司だからです」
なるべく早いうちに第二号店を、と真顔で要求され、ジーニックは、訓練中の職人の数を確認したのだった。
頭の片隅で、「生ものが食べられないよ~、寿司~~~……」とごねていた妻を思い起こし、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら。
◎イティキラの場合
「とーーーーちゃん!! ベレッツ樹の葉っぱ、増産できない?」
『森中かけずり回させているけどなあ。いやあ、なかなか厳しいぞ』
今やルゼロスの医療局長官であるイティキラは、執務室で通信の向こうの父のレドアビンにそう要請した。
『なにせ、ニレッティア帝国内でも、消費量が増大してるんだ。特定型の食中毒が流行ってな、解毒に大量に必要とされている……なかなか、国外に回す分はないかも知れん』
「むー。じゃあ、カイジラ草は?」
口を尖らせて、イティキラは別のものを指定する。
父が口にしたような事情なら、ベレッツ樹の確保は難しい。
カイジラ草なら、繁殖力も強い。
『うむ、そっちなら何とかなる。明日の輸出分に上乗せできると思うが、こんなものでどうだ?』
父が送って来た資料を確認し、イティキラはほっと溜息をつく。
「ごめん。すぐにお願い。もー、龍震族の人らって、どうしてこんなに生傷絶えないんだろー」
『まあ、それはあれだ、種族的特性というやつでなあ。ある程度は致し方あるまい。それに、前に比べたら、ましになってるようだが?』
水を向けられ、イティキラはむむぅと唸る。
「まあねー。ちょい前に比べて、いらいらして無謀な突撃とかしなくなったって、旦那も言ってた。うちの陛下もね」
映像の中で、父が大きくうなずく。
『ルゼロスに限らないが、世界はやはり満たされてきている。美味いものも、薬もある。一度失敗したら取り返しがつかないっていうものが、減ってるんだ。お前たちが頑張ったからだぞ、イティキラ』
不意にそんなことを言われて、イティキラは照れて上を向いた。
「んー。なんとなく、成り行きみたいなとこはあるけど」
『いや、お前がそんないい加減な気持ちでなかったことはよく知ってる。……もっと、早くお前たちを信じてやれなかったのは、俺の不覚だ』
イティキラは、不意に優しい目で笑った。
「まだ、前のこと気にしてんの? 普通、親だったら、そんなこと言われたら心配するよ。今度生まれてくる子供が言葉が喋れるようになってそんなこと言いだしたら、あたいだって動転するって」
『……具合はどうだ? 仕事も大事だが、くれぐれも無茶はするなよ?』
忠告され、イティキラはもじもじと後肢をすり合わせた。