「あ、兄貴……!?」
ジーニックは引きつりつつ、それでも叫んでいた。
「兄貴、どういうことなんだ……!?」
◇ ◆ ◇
ラグゼイの遺跡から外へと足を踏み出した一行が目にしたもの。
それは、湖の岸辺、神殿に繋がる橋のたもとに展開している、無数の軍服の男たちだった。
総勢、百名ほど。
その一部は橋の反対側、つまり遺跡の入口付近に待機し、一行に銃を突き付けていた。
「動くな!!」
遺跡の入口付近に展開していた小部隊――十名あまりの軍人が、銃を向けたまま。
そして、その中の一人、小隊長らしい徽章の違う男が、鋭い声で命令を推し被せる。
その言葉と言いぐさに、特に隣国の王族であるオディラギアスがむっとした。
「無礼な。私が隣国ルゼロス王国第八王子、オディラギアスと知ってのことか?」
じろりと腕組みしたまま、人間族の一団を睥睨すると、小隊長らしき男の目が底光った。
「ルゼロス王国第八王子、オディラギアス存在確認!!」
多分周囲の者に聞かせる手続きだろうとは分かったが、分からないのは、その言葉が含む意味。
「私の存在を確認した、だと……? 私がここにいることを知っていたとでも言うのか……?」
突き刺すようなオディラギアスの視線に、小隊長は一瞬ひるんだ様子だったが、すぐに気を取り直した。
「おい。てめえら、どういう……」
殷応想牙を構えたまま、ずいっと前に出ると、再び「動くな!!」と制止させられた。
実は、魔導武具を所持する者にとって、一般の銃器はあまり怖くない。
魔法的な「緩衝力場」が発生し体を覆うので、火薬爆発式の銃器の弾丸は。ほぼ無効になるのだ。
だが、それを相手に気取られるのはまずいかも知れない。
ゼーベルはオディラギアスと素早く目を見交わし、構えを取ったまま動きを止めた。すぐに動けるように、油断はしないが。
「このまま、我らについてきてもらおう」
小隊長が冷然とそう言い渡してきた。
「さもないと、あの男がどうなるか分かるな?」
その指が、数百m先の岸辺を指さす。
人影が、両腕を交差するように手を振る。
それは「助けてくれ」というようにも、「危ないから来るな」というようにも見えた。
「……あれ」
驚異の視力を持つ獣佳族のイティキラがふと何かに気付いた。
「ジーニック、あれ、あんたの兄さんじゃないの? ご実家で見せてもらった写真に似てるんだけど?」
「ええ!?」
ジーニックはさっと青ざめて、橋のぎりぎりまで歩み寄ると、その向こうの岸辺に目を凝らした。
「……あの、格好……上着……見覚えがあるでやす……そんな」
唇をわななかせるジーニックに小隊長の男が意地悪い笑みを向けた。
「あの男は、確かに間違いなくケイエス・マイラーだ。お前は、弟のジーニック・マイラーだな? 話したいことがあれば我々に同行しろ」
おろおろと岸辺と小隊長の間に視線を行き来させるジーニックに先んじて、イティキラが叫んだ。
「ちょいと!! どういうこと!? あんたら軍部の連中だろ!? あの人にイージャル鋼寄越せっていって、結果として遺跡に潜らせたのあんたらだよね!?」
胸倉を掴み上げかねないイティキラの勢いに、わずかに押された小隊長だったが、それでも気丈に彼女を見返した。
「どういうこと? 何でジーニックの兄さんの身柄を、あんたらが押さえてんの!?」
ふっ、と、不遜な吐息が小隊長の口から吐き出された。
「それは、本人に直接訊くがいい。それにはまず、お前ら全員、武装解除してもらおうか。霊宝族由来の武器を持っているのは知っている。全部、ここに出してもらおう」
こいつらが何故それを!? という不審の念が、全員の脳裏をよぎった。
だが、すぐに。
「……致し方ありません。どうせ、逆らったらケイエスさんのお命はないのでしょう?」
レルシェントが、腰から剣帯ごと双刀を外した。
ぽんと、前の地面に放り投げる。
「でも、あなた方がこれをお持ちになっても、そもそも装備できませんから、そのおつもりで。霊宝族に伝わる、こういった特殊な製法の武器は、持ち主を認識し、それ以外の所持を受け付けませんからね」
ほう、と小隊長が唸り。
「他の者どもも同じようにしろ。ケイエス・マイラーの命が惜しくはないのか!?」
鋭く叫ぶと、一行は視線を交錯させ。
「皆さん、背に腹は代えられません。取り返す方法ならありましょうから、今のところは」
レルシェントに促され、ジーニック、オディラギアス、マイリーヤ、ゼーベル、イティキラと魔導武器を外していった。
がしゃりがしゃりと放り出されたそれらが、輝く小山となる。
「回収しろ!!」
小隊長の声で、隊員が二名ほど進み出てきて、レルシェントたちの魔導武器を取り上げる。あれよという間に、輝く小山は、大きな軍用の袋に詰められた。
◇ ◆ ◇
かくして、湖の岸辺の本隊、つまりケイエスが捕まっている場所に引き出されたが、再会は、彼らが思うようなものとはかけ離れていた。
「兄貴、これは一体、どういうことなんだよ!?」
丸腰にされたジーニックが、思わず兄ケイエスの元に駆け寄ると、周囲の兵から、即座に銃口を向けられた。
「どうもこうもねえよ。こういうこった。お前を探しているお方がいらっしゃるのさ――ああ、お前、みたいなつまらないチビじゃなくて、そちらの霊宝族の別嬪さんと、隣の国の王子様を、だな」
侮蔑を含んだ冷ややかな声に、ジーニックは一瞬固まった。
ケイエスは、一見、ジーニックには似ていない。
濃い茶色の髪に灰色の目、小柄なジーニックに対して正反対に大柄で、がっちりした体格だ。
顔もジーニックに聞いた年齢より、やや老けて見える雰囲気。
何より対照的なのが表情だ。
ジーニックの朗らかな表情に比べ、ケイエスは笑ってはいるが、どこか怒っているようにも見える傲岸な表情を浮かべていた。
その傲岸で、ささくれだった、底意地悪い表情が、今、実弟のジーニックに向けられていた。
「……お見受けする限り」
レルシェントが冷静な声でケイエスに語り掛けた。
「こちらの国の軍部の方々は、あたくしどもがこの遺跡に来ることをご存知でいらした。そして、あたくしが霊宝族であること、そしてあたくしどもが霊宝族の魔導武具を所持していることも」
レルシェントはケイエスの表情を窺ったが、相変わらず怒りながら笑っているという表情で、先を促すだけだった。
「……その理由から、こちらのお国の軍部、もしくは更に上から、我らの身柄確保の指令が下った。それを受けて、あなた様は軍部に協力、身内さえ欺く芝居を打った。そういう解釈でよろしゅうございますか?」
推理を突きつけるにつれ、ジーニックは青ざめ、ケイエスの笑いが濃くなっていった。
「へえ。噂にゃ聞いてたけど、霊宝族の人ってなあ、頭いいなぁ。普通はもっと混乱するとこだろ」
否定しない。
本格的にジーニックが青ざめた。
「……本当なのか、兄貴……軍部の指令で、俺らをハメたのかよ……?」
信じられないという表情でまじまじと見据える弟に、ケイエスの目が炎を噴くかのように閃いた。
「ああ、そうだよ!! バカなお前はハメられたんだよ!! まあ、ご苦労さんとくらいは言ってやるぜ!!」
笑い声を浴びせられて、ジーニックの目から光が失せた。
「……ふざけんなこの!! てめえのせいで、人ひとり死んでるんだぞ!! あたいらを脅すために、一人遺跡に置き去りにしたろ!!」
イティキラが青い目を怒りで煌かせて詰め寄った。
「何でなんだよ? 何でここまでしやがるんだ!? 実の弟をハメて危ない目に遭わせて、護衛は死に追いやるって、狂気の沙汰だろ!! 何でなんだよ!?」
再度、ケイエスは笑い転げた。
彼の背後に、探索者風の男性が二人いるが、多分彼らが「ケイエスと共に遺跡に赴いたことになっている探索者」だろう。彼らは努めてか、無表情を装っていた。
「ああ、あいつ、死んだのか。一緒に出てこないからには、そうだと思ったけどな。あんたらに同行させて、俺を人質に取ってる風で誤魔化しながら、あんたらの目的を探ろうとしたんだが、ま、仕方ねえな?」
けろりと言い放たれたその言葉に、さしものイティキラが唖然とした。
ジーニックに至っては、その目はまるで暗い底なしの穴のようになっている。
「そなたのような男を見たことがある」
苦い声と表情で、オディラギアスが呟いた。
「見下している相手が、自分より優れた才覚を見せた時、まさにそなたのような態度だった……。そなた、このようなことをしでかした理由は、ジーニックへの嫉妬であろう?」
はっと、ジーニックが顔を上げ、思いがけないといった表情を浮かべた。
ギラギラしたケイエスの目の光は更に強くなる。
「ジーニックは若いが優れた商人だ。機を見て敏であり、人の懐に入り込むことが上手く、そしていざとなれば度胸も決断力もある……そなたは、その商人としての才覚に嫉妬したのではないか?」
哀れな者を見るように、オディラギアスはケイエスの目を見詰めた。
彼は――目を逸らした。
「あ、兄貴……俺は」
「黙れ!!!」
何か言いかけたジーニックに、ケイエスは罵声を浴びせた。
「俺は昔からおめえが嫌いなんだよ。いつも調子よくておいしいとこばっかり持っていきやがる。親父もお袋もおめえには甘い。まったく反吐がでるぜ!!」
再度何か言いかけ、ジーニックは口をつぐみ。
そっと溜息をついた。
仲間たちには分かった。
今、ジーニックの中で何かが死んだのだ。
「霊宝族巫女、レルシェント。龍震族国家ルゼロス王国王子オディラギアス。並びにその側近、蛇魅族ゼーベル。マイラー家三男ジーニック。妖精族はフォーリューン村村長の娘、マイリーヤ。並びに同村出身獣佳族イティキラ」
本隊の隊長らしき一際大柄な男が、声を張り上げた。
「ニレッティア帝国女帝、アンネリーゼ陛下の名の元に、帝都ルフィーニルに連行する!! 大人しく従え!!!」
一行は、来るべきものが来たという想いを噛み締めながら、それぞれそっと溜息を落とした。