「すいやせん、本当に……すいやせん」
「気にするな。こういう事情なら当然だ。それに、どのみち遺跡には行くつもりだったのだ。同じことだろう」
遺跡の側に開けたささやかな街、フル。
その只中で、ジーニックは数時間前とは立場が逆転したように、ひたすら仲間に謝っていた。
それをなだめるのは、オディラギアス。
彼らがいるのは、街の中心部近く、遺跡由来素材の買い取りを行っている仲介業者の店舗だった。
この仲介業者が街に集まっている探索者から遺跡由来素材を買い取り、まとめて街の外から来る商人に売っていた。
その「商人」の中に、マイラー商会のケイエス・マイラーがいたとは、今の今聞き出したことである。
仲介業者のトップ、うっすらとつやのある灰青色の鱗の蛇魅族の男性は、同じ色の目を煌かせて、この辺りでは見かけない六人を見回していた。
石の床のそこここに木箱が積まれた、広いホールが彼とその一族の仕事場だ。
空気中に漂う匂いから、その木箱の中身が金属、それも遺跡由来素材であろうことが察せられる。
「遺跡に探索者を三人雇って行った、んだから、ジーニックのお兄さんも入れて四人かあ。……ちょっと、少ないよね?」
マイリーヤが周囲の煤けた街並みを見やりながら呟いた。
昼下がりの濃い光を含んだ風は、土の匂いと共に緑と、すっきりした水の香りを運んでくる。
この辺りの気候はどちらかと言えば乾燥しているはずなのに空気がしっとりしているのは、近くに大きな水の溜まりがあるからだと、マイリーヤは察知していた。確かに彼女の妖精族特有の「原素」を感じ取る魔的感覚には、「水」の原素が強く反応していた。
「しっかし、無茶だよねえ。ニレッティアの軍部って人らもさ。急に大量に遺跡由来素材を納入しろだなんて、ご無体な命令をジーニックの実家に出すなんて。そのせいで、ジーニックの兄さんて人、こんなことしたんだろ?」
納得いかない表情を浮かべるのはイティキラだ。
すんなりした健康的な腕をむむっと組む。
「お嬢さん。大の大人が何を子供みたいな無茶を、って思うだろうが、これは仕方ないよ。相手があの軍部じゃあねえ」
仲介業者の蛇魅族男性がふうっと重い息を吐いた。
「あそこの頭、今の将軍様ってのはキッツイ方だって、聞いたことあるだろ? できません、なんて返事したらあんた、財産没収くらいで済むかどうか。そりゃ、死に物狂いで遺跡にも潜ろうってもんだよ、マイラー商会の跡取りさんだろ、あの人」
お得意さんだから、一応は止めたけど……と、彼は再度溜息をついた。
ある日突然、マイラー商会にニレッティア帝国軍部から、厳命が下った。
遺跡由来素材の一つであるイージャル鋼を、大量に納入しろ、と。
マイラー商会は、伝ての全てを駆使してそれらをかき集めたが、それでも足りず。
とうとう、マイラー商会の跡取り――つまり、ジーニックにとっては一番上の兄であるケイエスが、素材回収効率の良いこのラグゼイの遺跡に自ら出向くことになったのである。
「事情を聞いて、気の毒になってね。ありったけのイージャル鋼をお売りしたんだが。それでも足りないって、あの人はさ。ついに、自ら探索者を雇って素材回収に行くって言いだして」
大店の跡取りが、まさかこんなことまでしなきゃならないとはねえ、と仲介業者は呟く。
周りの木箱に詰め込まれているイージャル鋼は、全てケイエス・マイラーが買い押さえ済みだとも、付け加えた。
「全く、帝都での商売は話に聞くより恐ろしいらしいねえ。マイラー商会さんみたいに、軍部と直接取引してたりすると猶更だ」
その話を、ジーニックは何か後悔するような顔で聞いていた。
◇ ◆ ◇
話は、数時間前。
帝都ルフィーニルのマイラー商会本店兼住居で、ジーニックの両親に打ち明けられた話。
――実は、ケイエスが軍部からの急な注文に応じるため、ラグゼイの遺跡に向かった。
――もう、一週間ばかり経つが、まだ帰ってくる気配がない。
――電話でフルの街の仲介業者に問い合わせたが、五日前に探索者を三人ほど雇って遺跡に向かったきり、帰って来ない。
沈痛な表情の父親、つまりマイラー家の現当主に、ここに来るまでに、ケイエスに会わなかったかと切実な声で訊かれ、ジーニックは青ざめた。
会っていないと震えながら答えると、横にいた母親が顔を覆った。
『まあ、偶然ですわね。あたくしどもも、少しばかり用事でラグゼイの遺跡には向かうつもりでいたのですわ』
今まで黙って話を聞いていたレルシェントが、いきなりこう言い出した。
はっとして振り向く仲間にうなずいて見せると、
『遺跡のどこかでお怪我をなさって、動けなくでもなっておられるのかも知れません。あたくしどもで良ければ、ジーニックさんとご一緒にケイエスさんを探させていただきたいのですが、いかがですかしら』
ジーニックの両親は、感謝したなどというものではなかった。
どういう結果であれ、あの子がどうなったのか、確認さえして下さったら、皆さまには御礼をいたします。
そう一行に告げ、必要な物資を融通してくれて、遺跡へと送り出してくれた。
帝都ルフィーニルから、ラグゼイの遺跡の側のフルの街まで、馬車で一日半程度。
しかし、もちろん、一行はレルシェントの操る飛空船で、一時間とかからずにフルに到着した。
以前にここに来たことのあるジーニックに案内されて、仲介業者の取引場にやってきて、ようやく彼らは、マイラー家長男・ケイエスがどのような行動の後に消息を絶ったのか、知ることができたのだ。
「この遺跡は一部機能が死んでいて、造り出される機獣や古魔獣は比較的狩りやすいレベルだと聞いておりますけど、しかし、それでも四人で潜るのは無謀すぎますわね……」
レルシェントは仲介業者の仕事場を辞去して後、街の外に向かう道すがら、仲間たちに向かって見解を述べた。
何か、腑に落ちないことがあるのだろう。
秀麗な眉がひそめられ、何か考え込む様子だ。
通常、遺跡探索は最低でも6~7人程度の人数で行われる。遺跡の規模や機能、生み出される機獣、古魔獣の水準によっては、10人以上の大所帯になることも珍しくはない。
レルシェントはメイダルから降りて来た後、しばらく地上の様子を観察していたことから、その事実を知っていた。
「それだけ焦ってたってことでやしょう。……馬鹿兄貴、死に急ぎやがって……!!」
ジーニックが荒い息を吐いた。
「おい!!」
どん、と、ゼーベルがジーニックの腕を突いた。
「身内がそんなこと言うもんじゃねえ!! 死んだ証拠がある訳じゃねえだろ!! 身内が最初に諦めてどうする!!」
強い口調で言われても、ジーニックはじっと唇を噛んだまま。
「だが、客観的に言って、極めて厳しい状況が予想されるのも事実だ。生存しているとしても、無傷ではなかろう」
オディラギアスは重々しく口にする。
「だが、先ほどの業者殿の話では、遺跡内部には比較的安全に過ごせる空き部屋のようなものもあるという。そういう場所に逃げ込んで、動けなくなっているというのが、生存していた場合に一番考えられるパターンだな」
「つまり、ジーニックの兄さんが動かないで救助を待ってくれれば、あたいらで連れ出せるってことだやね。簡単簡単」
殊更軽い口調でその後を受けたのはイティキラ。ジーニックの気持ちを解きほぐそうというのだろう。
健康的な眩しい腕を頭の後ろに組んで、うーんと伸びをする。
「何だか元の世界の話みたいだねー」
「でも、急いだ方がいいのは変わらないよ。怪我して動けないなら、時間が経てば経つだけ悪化するだろうしね」
マイリーヤはそこまで楽観的にはなれないようだ。
彼女にしては珍しいかも知れない。
「……ねえ。お兄さんてさ、ジーニックみたく召喚術とか使えるの? 傷を治すような魔物、呼べる?」
ジーニックはマイリーヤのその問いに、一応はうなずいた。
だが、表情は険しい。
「傷を治せるようなやつは、あっしの知る限り呼べなかったと思いやすが、その代わりにかなり強力な攻撃力を持った魔物を呼べたはずでやすよ。それでも歯が立たなかったってこたぁ……」
「こうしていても仕方ありませんわ。遺跡に急ぎましょう。一刻を争う可能性がありますわ」
レルシェントが足を速めた。
「……遺跡内部に侵入して戦うついでに、イージャル鋼も集めましょうか。ジーニックさんのお兄様を無事救出したとしても、ご実家がお取り潰しになったりしてはあまり意味がございませんもの」
その提案に、ジーニックを除く全員が一も二もなく賛成した。
「……申し訳ありやせん、あっしん家のごたごたで、余計な迷惑掛けちまって」
ジーニックが身を縮めると、オディラギアスがぽんとその肩を叩いた。
「そなたは、優秀な召喚師であり、我らの仲間だ。仲間の状態を万全にしておくのも、集団戦の基本だ。余計な気は遣う必要はない」
断言されて、ジーニックは黙って頭を下げた。
かくして、一行はラグゼイの遺跡に乗り込むことになった。
そこで待つものの正体を、知らないままに。