「だぁぁああああぁあぁぁ、鬱陶しいでやすぅぅぅ!!」
「しっかりしろジーニック!! そなたが頼りなのだぞ!!」
喚き散らすジーニックを、ちらと振り返ったオディラギアスがたしなめた。
かつての水の神殿、ラグゼイの遺跡は、そこここに水と水の女神を象徴する流麗な装飾を施された、古びてはいるが風情のある遺跡だった。
もっとも、それをのんびり味わっているほどの余裕は、一行六人のうちの誰にもない。
何となれば。
そこに出現する機獣と古魔獣が、あまりにも数が多かったからだ。
ラグゼイの遺跡特有の古魔獣「水轟巨人《すいごうきょじん》」を除けば、そいつらはごく弱いと言えた。
魔導武器を持っている一行にとっては、片手間というにも馬鹿らしい相手だ。
ごく普通の武器を持っている探索者でも、少し頑張れば何とかなるだろうというレベル。
しかし、わらわらと通路を埋め尽くすように集まって来る、その数の多さには閉口した。
はて、以前に来た時はこんなにいちどきに大量に出て来たかなと首を傾げたジーニックだが、連戦に次ぐ連戦で、そんなことにも構っていられなくなった。
なにせ弱いが数が多いということは、一対一で強力な攻撃を繰り出すタイプのメンバーは非効率だということ。
まとめてさっくり倒せる、まさに召喚魔神セクメトを擁したジーニックのようなタイプの出番だった。
「はぁっ、もう……勘弁してほしいでやすよ~……」
水轟巨人をオディラギアスが爆砕したのを確認すると、ジーニックはセクメトをひっこめ、両手を膝について溜息を落とした。
確かにうんざりしてはいるのだが、その口調には、以前の特有の陽気さが戻ってきていた。
戦いの興奮の中で、じくじくした気持ちが蒸発したらしい。
どういう結果であれ、前に進むしかないと悟ったようだ。
「まあでもしかし、これでジーニックさんのお兄様が帰って来られなくなった訳が分かりましたわね……」
両手に三日月のような優美な湾曲を描く双刀を保持しながら、レルシェントが溜息をついた。
「恐らくお兄様は、この魔物の数の多さに、帰り道を断たれて遺跡に閉じ込められたのでしょう。どこか、魔物の入ってこない空き部屋にでも、籠城している可能性は、かなり高くなりましたわよ」
この遺跡には、水を生み出すという重要な機能を守るためか、機獣や古魔獣が侵入してこない区画というものが存在する。
多くの場合、水を生み出す魔宝珠などを据え付けられた小部屋だったりするのだが、そういう場所が探索者たちのベースキャンプや避難場所、休憩所などになっている、ということを、ジーニックは仲間たちに教えていた。
かくして、一行は、神殿のそこここにある部屋を一つずつチェックしながらじりじり進むことになった。
もちろん、ついでに機獣の残骸からイージャル鋼をむしり取ることも忘れない。
「しかしなあ。ざっと見積もって五日でやすよ。食料は尽きそうな気がしやすねえ」
ジーニックが、ひゅんと香沙布陣鞭を鳴らした。
「いや、大丈夫じゃないの? ジーニックだって、自分で言ってたじゃん? 釣り糸と釣り針さえあれば何とかなるって」
突っ込んだのはイティキラだ。
この遺跡は、外周部が湖と接している。
遺跡の端に寄り、そこから餌を付けた釣り糸を湖に垂らせば、三千年に渡り人間に捕獲されることの少なかった湖の魚は、比較的容易に釣り上げられる。
そこで、探索者の中には釣り糸と釣り針、餌を持ち込み、外周部の安全な部屋に籠って釣りに励み、釣り上げた魚を食事にしながら遺跡探索に励む者も少なくないという。
「そうだと、いいんでやすが……はあ。どこに行っちまったのかなあ」
ジーニックは彼らしくもない溜息をつく。
「あんまり、長居したくもないんでやすがねえ……」
そのジーニックの言葉に、マイリーヤが怪訝な顔を向けた。
「なに? この遺跡、嫌いなの?」
「と、言いやすか……機獣と古魔獣が」
ゼーベルも振り向く。
「どういうこった? 怖い訳じゃねえんだろ?」
ジーニックはうなずく。
「何て言いやすか、出方がね……」
「出方?」
「……水轟巨人を頂点に、中型機獣、通常型古魔獣と機獣って感じで、ピラミッド型っぽく、出るじゃないでやすか?」
レルシェントはふいっと首を傾げた。
珍しい出方だと、元々遺跡を造り出した霊宝族の一人である彼女も思う。
まるで軍隊のように、司令官として水轟巨人、その下に手強い順に機獣、古魔獣が並び、ピラミッド型の隊列で襲い掛かってくるのだ。
軍隊のように、というのは例えだけではなく、確かにそれに近い感じで、水轟巨人が指示らしきものを出す様子を、一行は目撃していた。
――お前は敵と戦って死ね、という指令を。
輝く蒼い水をゲル状にして、巨人の形に固めたような水轟巨人は、確かに敵軍の司令官として目立っていた。
「いや……つまらないことなんでやすがね。昔を思い出しちまって」
力なく、ジーニックが笑う。
「……上に絶対逆らえない組織に組み込まれちまって、抜けられないっていう状態、昔もあったもんでやすからね」
ふと、イティキラが振り向いた。
「何言ってんだい。しっかりしなよ。あんたが昔いたところの奴が、ここにいる訳」
「いるかも知れねえだろ」
苦い調子で割り込んできたのはゼーベルだ。
「俺の前に柳橋が出たみてえに。あっちの人間、来てるかも知れねえぞ……」
思わず、顔を見合せる一行だった。
「……お気持ちは分かりますが、そんな偶然がそう何度も……」
レルシェントが頭を振る。
「いや」
今度は、オディラギアスが頭を振った。
「あの時から疑問だったのだが。あれは本当に偶然だったのか……?」
レルシェントは何か言いかけ。
ふと、口をつぐんだ。
もし、「あれ」が偶然でなかったのなら?
「あ、ねえ」
レルシェントの思索は、マイリーヤの声に破られた。
「ここ、誰かいるんじゃない?」
この遺跡特有の装飾の付いた入口が開いた、さほど大きくない部屋を、マイリーヤは覗き込んでいた。
入口から少し離れた場所に、何か焚火後のようなものが見える。
真っ先に突き進んだのは、ゼーベルだった。
「……おい。この焚火の跡」
ゼーベルの男臭い顔に、緊張がみなぎる。
その指が、枯れ枝でも燃やしたのであろう灰に触れていた。
「なんだか、ほんのりだがあったけえぞ。誰かが少し前までここにいたんじゃねえか?」
浅黒い指に付けた灰を、彼は仲間の前で空中に落として見せた。
それはさらりと乾いていて、粉雪のようにはらはら舞った。
湿気の充満したこの遺跡の中で乾いた灰、ということは、この灰はほんの少し前まで燃えていたということになる。
「あ、ねえ!!」
マイリーヤがひょいと飛んで焚火跡の向こうに行った。
「これ、誰かが食べた、魚……?」
彼女が華奢な指でつまみ上げたのは、骨だけになった魚だった。
「兄貴……」
ジーニックが瞳を揺らせた。
「探しましょう。近くにおいでなのかも」
レルシェントの言葉に、誰もがうなずいた。