明らかに動物の蹄が石床を叩く硬くリズミカルな音にかぶさるように、重い二本足の足音が聞こえてきた。
ごつい底の厚いブーツ特有の、ざらついた、重い足音。
ジーニックが今履いている野外探索用のブーツの足音とよく似ているが、それより明らかに「重い」足音だ。
更には、金属同士が触れ合ってカチャカチャ鳴る音まで聞こえてきた。
この時代の神聖六種族なら知っている――銃と予備弾倉の触れ合う音。
「兄貴……!?」
はっとしたように、ジーニックは目を見開いた。
「そうかどうかは分からぬが、人間族の足音ではありそうだな」
オディラギアスは、槍を構えた。
残念ながら、その足音の主がジーニックの兄弟だったとしても、油断はできないのだ。
恐怖に駆られた人間は、思いがけない行動をすることがある。
相手が神聖六種族であろうと、あるいは自分の弟であろうと、生きて動いているものには見境なく銃弾をぶっ放つという精神状態も考えられる。
遺跡に侵入してからこっち、かなりの確率で魔物に遭遇していることを考えると、内部で生き残った人間がそうした追い詰められ方をしている確率は低くない。
「兄貴だ……!!」
しかし、ジーニックは確信を込めて言い募った。
「あの、蹄の音。兄貴の召喚獣だ、ペリュトンだよ……!!」
確かに、この遺跡に蹄を持つ古魔獣は出現しない。
別種類の魔物としか思えないが、しかし。
「ペリュトン……結構、凶暴なの連れてるんだね、兄さん」
マイリーヤの顔は引きつり気味だ。
「アレでしょ、翼のある鹿で、人を殺す宿命にあるっていう呪われた……」
「や、まあ、召喚獣でやすから、誰彼構わず襲うってこたあ」
ジーニックが言いにくそうに弁解したその時、角を曲がって「それ」が姿を見せた。
大きな鹿だ。
人間より大きい。
だが、ただの鹿ではない。
それが証拠に、背中に大きな一対の翼が畳まれていた。カモメか何か、何となく海鳥を思わせる翼だ。
その魔物鹿は――ペリュトンは、一行を見ると、翼を広げて威嚇した。
しかし、他のメンバーはともかく、ジーニックが見据えていたのは。
「兄貴……じゃない……?」
きょとん、とした表情が、ペリュトンの背後にいる男性に向けられた。
人間族の男性ではあった。
まだ若い。二十代半ばであろうか。
だが、赤みがかった金髪といい、顔立ちといい、野卑な出で立ちといい、明らかにジーニックとは似ていない。
別人だ。
「……何者だ?」
オディラギアスがちらとジーニックに視線を走らせて問う。
「いや……初めて見る顔でやすね……あの」
ジーニックは、背後のその人物に声をかけた。
「お宅さんはどちら様でやす? あっしは、ケイエス・マイラーの弟で、ジーニック・マイラーって者でやすが……兄貴とは一緒でないんで?」
普通に考えて、ケイエスがこの場に「いない」ことは不自然だ。
後ろの男性一人だけだったら、はぐれたのだろうとでも考えられるが、実際にはケイエスの召喚獣だというペリュトンを伴っている。ケイエスが、近くにいるはずなのだ。
「動くな」
その赤茶けた金髪の男は、手にした銃を構えた。
ジーニックの知る限り、最新鋭の銃。
元の世界の基準で言えば、百年以上も前の銃と同じような性能だが、この世界においては、極めて強力な兵器だ。
「お前らが来ることは知っていた」
ニヤニヤ不気味な笑いを日焼けした顔に貼り付けた、野卑な印象の男が威圧する。
「ケイエス・マイラーが大事だろ? そうだろ? 後ろのお前、実の弟だもんな?」
ねっとりした笑いが深くなるのを見て、ジーニックにも他の面々にもぞわりとする寒気が走った。
「どういうことでやす? 兄貴は――」
「黙れ」
ずどん、と脅迫が腹に落ちる。
「お前らが何かを探してるのは知っている。それが何か答えろ。答えるなら、ケイエスを無事に返してやる」
全員が、はっとしてジーニックを見た。
「ジーニック……?」
「いや、あっしは何も……!!」
この時代、遠方と通信する手段は機械的方法、魔法的方法と、幾つかある。
しかし。
「あっしは、ルゼロスに入国させていただいてから、実家と連絡取ってないでやんすよ!! だから、実家の事情を知らなかったんでやす!!」
叫ぶようなジーニックの声に、一行はなるほどと納得する。
嘘だとは思えない。
ルゼロス王国とニレッティア帝国の間に電話線は敷設されてないし、今までジーニックが何か魔法的な方法で誰かと通信していたような様子は見られなかった。
「あたくしたちが探しているのは、ジーニックさんのお兄様、ケイエスさんですわ」
レルシェントが声を張り上げる。
この女は、ここ一番の判断力と度胸が凄いな、と、オディラギアスは内心で感心する。
「一体、どちらにいらっしゃいますの?」
男が、ハァハァと息が洩れるような耳障りな笑い声を立てた。
「隠し事なんざ、しても無駄だ。おめえらが、遺跡で何かを探してるこたぁ、俺も俺の主もお見通しなんだよ!!」
「主、だと……?」
真っ先にその言葉に引っ掛かりを感じたのはやはりオディラギアスだ。レルシェントは上手いこと情報を引き出した。
「どういうことだ? そなたには、ケイエスの他に誰か仕えている主がいる、そう聞こえるが?」
金色の目を底光らせたオディラギアスに、男はますます下品な笑いを浴びせた。
「さあ、どうだかな。これからたっぷり知ることになるぜ」
一行は素早く視線を交わした。
何か、自分たちの知らない事態が、この事件の背後で進んでいたのかも知れない。
ジーニックなどは真っ青になっている。
男が、再び声を発しようとした時。
背後に浮かび上がった魔法陣から、巨大な腕が伸びて、男の首根っこをひっ掴んだ。