やってきた二人は、思いの外若い年齢である。
光彩とあまり変わらないくらい。
職員通用門の外で待ち受け、すぐ側にはメタリックブルーの車。
ぴしりとしたスーツ姿で、一見普通のサラリーマン風だが、妙に緊張感のある雰囲気が奇妙といえば奇妙である。
光彩は遭遇したことはないが、SPなんかがこんな風なんだろうか、と見当をつける。
「塩野谷光彩さんですね?」
黒髪を長めに整えた方が、手に名刺を持って近付いてくる。
「わたくしは、常世田製薬から派遣されてきました。村雲玻琉(むらくもはる)と申します。以後、事案が解決するまであなたの保護に当たりますので、何卒よろしくお願いいたします」
折り目正しく一礼し、名刺を手渡してくる。
名刺には確かに「常世田製薬 諸事対応室 村雲玻琉」と記されている。
くっきりした整った顔立ちは俳優レベルで、正直、光彩はどぎまぎする。
目の光が強く、見据えられると動けなくなりそうな気迫がある。
「あ、続きまして。ドモドモ。石飛央(いしとびひろ)デス。よろしくぅー!! 大変だったッスね!!」
その隣の、淡い髪色に染めたもう一人は、やけに気安い。
こちらも比較的整った目鼻だが、それ以上に表情が豊かで、美形というより雰囲気の陽気さが先に目につく。
もらった名刺には、玻琉と同じく「常世田製薬 諸事対応室 石飛央」と記されている。
「あ、はい、あの、塩野谷光彩です。保護、と仰いますと」
光彩は思わずそう問いかける。
玻琉が口を開く。
「要するに、あなたを狙っている『怪しいモノ』からの警護をさせていただきます。あれは、相当にタチが悪い。そして、はっきり申し上げるなら、普通のやり方では離れないと思います」
光彩はひゅっと息を吸い込む。
普通のやり方では離れない?
この人たちは、何だろう?
どうしてそんなことを言うのだろう?
それが本当なら、どうやってそんなことを知ったのか。
「やー、この人、珍しいくらいに『鍵体質』ッスねえ、先輩」
央がへらへら笑いながら光彩を覗き込み、次いで玻琉を振り返る。
「鍵……体質?」
先ほどの疑問も解消されないまま、急に変な用語らしきものが飛び出し、光彩は目を白黒させるばかりだ。
「うむ。多分、奴らは塩野谷さんのそれ利用しようというのだろう。あいつらにしては分かりやすいかも知れないな。……失礼、塩野谷さん」
玻琉に向き直られ、光彩はぎくりとする。
「子供の頃からおかしなものが見えた、つきまとわれることもあった……そういう、お話でしたね?」
光彩はうなずく。
「打ち明けた友達からは、霊感体質ってやつだろうって。そういうのではないんですか?」
玻琉は、ちらと央と顔を見合せてうなずき合う。
「『鍵体質』は、単なる霊感体質とは違います。『霊的な感覚が人より鋭くて、様々なものを受け止めてしまう』という単純なものではないのです……この続きは、車でしましょう。お家にお送りします」
人が出てきたのを見た玻琉は、光彩を車の後部座席に案内する。
玻琉が運転、央が後部座席で光彩に並ぶ。
車が動き出すと、央が口を開く。
「鍵体質って、でしたっけ? 俺から説明するッスね。これでもこういうこと詳しいんスよ、俺!!」
◇ ◆ ◇
鍵体質っていうのはねえ、なんつうんでしょうねえ。
文字通りちゅううか、そのまんまの意味なんですよ。
本当は、閉じてある世界の扉を開いてしまう……ちゅうんでしょうかね。
開かない、固く閉ざしてあるものを開けちゃうんですよ。
え?
世界ってどういうことだって?
閉じてあるものがひとりでに開くとか、意味わかんない?
はは、そうでしょうね。
でも、数は少ないけど、こういう人はいるんスよね。
まず、鍵がかかった扉が、世界のあちこちにいあるようなもんだって思って下さいッス。
その扉を開けることができる、まさに鍵みたいな性質を持った人間がたまたまその近くに来ると、鍵が外れて扉が開いて、向こう側が見えるんスよ。
場合によっては、向こう側からなんか来ることがあるッス。
最大の問題はソレッスね。
んで、塩野谷さんはこの「鍵」なんスよ。
「鍵」みたいな役割をする体質を持って生まれたから、「鍵体質」。
ここまではいいッスか?
……で、今の問題はッスね。
塩野谷さんは「鍵体質」だけど、金属の塊とかカードとかじゃない訳ッス。
生きてる人間な訳ッスよね?
で、その生きてる人間をモノみたいに扱おうとするのは、悪いことだし、無理な訳ッス。
でも、強引にそれをしようとしている奴がいるんス。
塩野谷さんを怖い目に遭わせてるのは、その連中の手先ッスね。
◇ ◆ ◇
「手先? あれって、誰かが操ってたりするんですか!?」
光彩が声を跳ね上げる。
その時、不意に車が止まる。
「塩野谷さん」
運転席の玻琉が静かに問う。
「は、はい?」
「塩野谷さんを怖がらせてて付け狙っていたのは、アレですね?」
玻琉の視線を辿る。
いつの間にか、そこは、あの光彩のアパートの手前、いつもあの怪物が出るテナントの空いたビルの並ぶ通り。
そこに――いる。
あの灯火のないビルの壁面に、いつものように手足の長さのおかしい奇怪な怪物が……
「塩野谷さん、動かないでいてくださいね。央、ガードを」
「了解!!」
央の声に押されるように、運転席の玻琉の姿が、光に包まれる。
一瞬。
輝く金属のような虹色の影。
それは、獣、だろうか。
見たこともない。
ステンドグラスのような四枚の翅と、棘の生えそろった尻尾を持つ「獣」なんて、見たこともない。
それが、いつの間にか開いていた窓をすり抜けて、表に駆けだす。
宙を踏んだ。
同時に――まるで銃声のような破砕音。
光彩が瞬き一つする間に、何かで撃ち落されたらしいあの怪物が、ビルの壁面に沿って転げ落ちていくところだった。